ギルドマスターが追放されたが、私・ボク・自分だけは彼の良い所を知っている

ショーン田中

プロローグ『世界の果てまで逃げろ』

「アーレ様。これが、『エルディアノ』の議会が下した最終決定です。受け入れてくださいますね?」


 探索者統括ギルド、エルディアノのギルドハウス。そのマスタールームで突きつけられた書状には間違いなく僕、アーレ=ラックの名前が刻まれている。


 内容は処分通告。――ギルドマスターたる僕の除籍を示すもの。


「ギルド除籍、つまりは言い方を変えた追放処分か」


 書状から目をあげて、手渡してきた連中の顔を見る。


 エルディアノはギルドの方針を定めるために、少数からなる議会を設置している。大規模になりすぎた図体の中、少しでも構成員の希望をくみ取るため。


 そうして、ギルドの要石である『勇者』不在の中で、ギルドマスターと言えど勝手な判断が出来ないようにと僕自らが設置したのだが。こうした使われ方をするとは思わなかった。


 書状を突きつけて来たのは、議員連中。中心となっているのは、茶色の頭髪に爽やかな笑みを浮かべた男だった。


「そうかい。これが議会の総意だと言いたいわけだな、ルッツ」


「ええ、その通りです」


 ルッツ=バーナー。一年ほど前からエルディアノに所属している、新進気鋭の探索者だ。確かな実力と魔力行使の才能。主に新人どもの支持を得て、議会入りしたのは知っていたが。こうも派手に動き出すとはな。


 軽く瞳を動かして他の議員を見るが、押し黙ったまま動こうとしない。


「とりあえず理由を聞いておこうか。正直、僕は特に身に覚えが無くてね。これでも清廉潔白な身だろう?」


「アーレ様もご存じの通り、先の事件が発端ではありますが」


「ああ、まだ王女殿下が暴走されてると」


 ゆっくりと口を動かしながらルッツは口にした。


「――他にも、新人たちの不満が募っております。どうして、ろくに力もない貴方が我らのマスターなのかと」


「ハッ。君達も同じ意見か?」


 鮮やかに見えたルッツの笑みに、嘲りが含まれた。付き従う議員連中を見渡したが、どいつも目を逸らしやがる。


 椅子から立ち上がり、ルッツと対面する。


「承知しております。確かにアーレ様は、エルディアノ設立と興隆の功績者。しかし、廃魔現象によって、今やその力は失われた。もはや、後継に座を譲るべきでは?」


 要はそういった口実で、議会によるギルド運営の邪魔になった僕を追い出したいと。


 おおよその絵図は見えた。勿論、誰が描いたのかも。


「だから力ずくで追い出すってわけか。ギルドメンバーと議員を丸め込んだのは君だな。全く、嫌になるほど有能だな。どうせならもっと違う方向で活かして欲しかったが」


「恐縮です」


 ルッツが慇懃に頭を下げた。別に褒めてないがな。


 反射的に、腰元の装備に手を伸ばす。もう暫くは使っていないが、整備だけは欠かしてない。五年前にエルディアノを設立した時から愛用している銀剣だ。


「アーレ様、御止めになった方がよろしいかと」


「昔の癖だ。咄嗟に手が伸びちまう。で、聞いておきたいんだが、この決定には彼女らも同意してるのか?」


 彼女ら。エルディアノにおいて、その言葉が指し示す所は一つしかない。


 設立時から僕とともにあった仲間達。即ち、勇者殿、竜騎士殿、魔導師殿。


 僕よりも、議会よりも、実質的なギルドの決定権を握っているのは彼女らだ。探索者は力を貴ぶなればこそ、王都有数の探索者であり、ギルドを象徴する彼女らの影響は大きい。


 今、勇者は王室の勅命を受けて単独行動中。竜騎士は遠征、魔導師は魔法都市に滞在と、遠く離れているはずだが。


 ルッツはゆっくりと、しかし勝利を確信した笑みで言った。


「少なくとも、勇者様の承認は受けております。他のお二方も、勇者様の方針に異を唱えられる事はないかと」


「……そいつはショックだな。勇者が僕を見限る日が来るとは」


 軽口を言いながらも、心臓が強く脈打つ。馬鹿な。本気で言ってるのかこいつ。


 勇者はギルド設立時以前からの、僕のパーティメンバーだ。まさかあいつが僕の追放に賛成した?


 血流が逆流する思いがあった。今回の議会決定など、ルッツや取り巻きの連中が勝手に動いたものに過ぎないと断じていた。


 だが、勇者がルッツの後ろについてるなら話は違う。もはやこのギルドは彼女のもの。彼女が肯定するならば、ギルド全ては僕の敵に回る。僕の支持者だった奴らも、事態から眼を逸らすだろう。他の議員連中が、ルッツに付いたのも当然だ。


「お分かりいただけたのなら、どうか武器からお手を離しください」


「最後に一つ。僕の除籍を最初に口に出したのは誰だ」


 武器から手を離し、落ち着かない心のまま言うと、ルッツが苦笑する。


「ガッ!?」


 そうして瞬くと同時――腹部に重い衝撃が走った。吐息が漏れ出す。唾液に血が混じっている。猛烈な痛みに声さえ出ない。


 ルッツが得意とする長剣が、鞘に収まったまま僕の鳩尾に突き刺さっていた。骨が軋む音さえ聞こえる。


「無論、私ですとも。最初から気に入りませんでした。魔境を征く探索者にとっては、力こそ正義。力無き者はただ去るのみ。だというのに、力を失って尚、惨めにもギルドマスターという地位に拘泥するとは!」


「が、ぁ――お、前っ!」


 ルッツの腕が魔力を帯びながら、僕の頬を殴り飛ばす。


 強かに床に叩きつけられると同時、口から血が噴き出た。もはや僕の両腕に力が籠らないのは周知の事実だ。抵抗なんて出来るわけがない。


「もはや貴方には、小娘ほどの力しかない!」


 ルッツと議員連中は、せせら笑うようにしてこちらを見ていた。屈辱よりも、もはやこの程度の相手にさえ手も足もでないのか、という衝撃が大きい。


 心臓と脳に、無形の罅が入っていく。自然と吐息が荒くなる。


「――良いですか。貴方の時代は終わったのです。元ギルドマスター、もはや貴方は何者でもない。アーレ=ラック、早々にギルドハウスからの退出を命じる。命だけは助けるようにとのご要望なので」


 但し、とルッツは付け加えた。


「貴方がギルドにて蓄えたものは、全てギルドの共有財産。装備も同じです。持ち出す事は許しません。どうかお気をつけて、外には貴方を恨むものも多いでしょうから。貴方の信望者も、もはや貴方を助けられない」


 *


 エルディアノの門前。紛れもなく着の身着のまま、愛用していた装備さえ奪われて外へと突き出された。通りを行く連中の冷ややかな視線が身体を突き刺す。


 クソ。まさか本当にこんなハメに陥るとは。


「しかもよりによって、僕の追放にあいつが賛成するのかよ!」


 愚痴を言っても、返ってくるものは何もなし。冷たく閉ざされた門はもう僕相手には開かない。


 あいつ――即ち僕とともにギルド設立を担った勇者。恐らくは竜騎士、魔導師も同じ思いなのだろう。


「覚えてろよ、あいつら……」


 言ったものの、すぐに目を細める。ルッツに殴られた身体がずきりずきりと痛んでくる。


 いいや、やめよう。虚しいだけだ。


 勇者、竜騎士、魔導師。五年前は、僕を含め全員が駆け出しの探索者だった。全員が同列、肩を並べて夢を語ったもの。


 しかし今は違う。彼女らは単なる探索者ではなく、勇者殿、竜騎士殿、魔導師殿だ。


 全員が全員、自分達の道を見出している。エルディアノもまた、彼女らの活躍をもって王都有数の一大ギルドにのし上がった。


 反面、僕は彼女らのおこぼれにあずかり、地位だけを貰って何者にもなれなかった。探索者としてもはや活躍は出来なくなり、今ではギルドの交渉役。功績らしい功績といえば、不慣れだった彼女らを多少導いてやっただけ。家柄だって並み以下だ。


 むしろ、偉大な方々の軌跡に五年間も付き合えた事を幸運と思うべきか。


 それに目下、問題なのは過去よりもこれからの事だ。最近は他ギルドや後援者、商家との交渉だけで飯を食ってた。今すぐ他の職を手に付けるのも不可能。お先は大分暗い。


「不味い、実に不味いぞ」


 考えれば考えるほど、駄目な方向へと思考が回ってしまう。


 知らず知らずの内に、足は行きつけの店へと向かっていた。時折顔を出していた酒場だ。人間、冷静になるにはまず一杯の酒と古人も言っている。


「ちょ、ちょっと、アーレ。あんたギルドを除籍されたんじゃないの。昼間からのんびり飲んでて大丈夫なわけ」


「何で早速知ってるんだよサシャ」


「何でって、ギルドから通達が出回ってるもの」


 店は大通りに面しているが、昼間なだけあって客は少ない。こんな時間にいるのは仕事にあぶれた探索者か、後は酒を飲んで死ぬだけの爺さんたち。傷心を癒すにはうってつけの場所だというのに、無粋な真似をしやがって。


 濃い酒が入ったグラスを掴み一息に呑み込む。


「良いんだよ。こんな時くらい飲まないとやっていけないだろ」


「そりゃまぁ、私は良いけど。ツケ払いは認めないからね。もうギルドは払ってくれないんでしょ」


「厳しいな。さっき除籍になったばかりだ。今日までならギルド付けにしても疑われないぞ」


「駄目。変に目をつけられたくないの。エルディアノはもう王都で一、二を争うギルドなのよ」


 店主であり、看板娘も兼任しているサシャに窘められて、酒のお替りは控えておく事にした。主に金銭面の心配から。


 サシャは色気が眩しいうなじを見せながら言った。


「そういう所が、除籍された原因なんじゃないの」


「いや、発端は全く別だよ」


 これでもギルドマスターだ。力を失い、多少金使いが荒い程度で除籍されはしない。


 発端は、ルッツも言っていた例の事件。


「今度の探索に向けて交渉をしてたんだが、先方の怒りを買ったらしい」


「は……? 確か、あんた達が次行く予定だった探索って」


「そ。旧王都深層の探索だ、相手は王室だよ」


 探索者。王都に限らず、都市には必ずそう名乗る輩がわいて出て来る。理由は一つ、需要があるからだ。


 魔性が統べる世界において、人類が生存圏の確立、即ち自らの王国を持ったのがつい三百年ほど前の話。そこから多くの開拓と、新たな国家の勃興といった歴史があったらしいが、確かなのは未だ大陸の多くは魔性の土地――『魔境』であり、人間が安全に暮らせる地域はごく僅かだという事だ。


 人類はまだ多くにおいて無知であり、大陸の全貌さえ把握出来ていない。


 そこで、更なる知識を得るためには、魔性の土地や、魔性と化した迷宮、いわゆるダンジョンに自ら足を踏み入れる人材が必要になった。


 それこそ、探索者とそう呼ばれる職業だ。実質的には、ただの荒くれや犯罪者みたいなのも多いがね。多少魔力を行使できる才能があればどこかのギルドには所属できるし、食いっぱぐれがないのが良い所だ。勿論、次の日には死体で挨拶ってのも少なくない。


 探索範囲は魔境全てと広範だが、それでも主要なポイントは限られてくる。特にこのメイヤ北方王国においては、旧王都――二百年前、魔性どもに奪われ、未だ奪還ならない地こそ最大の探索目標になっている。


「王室の連中、まともな探索権を与えようとしないんでね。ちょっと契約内容に物申したのさ」


 ルッツや議員連中は、その諍いにまんまと付け込んだわけだ。


「……その結果がこれと。アーレ、悪いけど今日はもうお酒が切れたわ。早く帰ってくれない?」


「まだ昼だぞ」


「流石に、王室に目を付けられてる人を置いておきたくないのよ」


 サシャはきっと大物になるな。合理的な判断ってのが出来てるじゃないか。金がなくなった途端、お得意様を切り捨てるのもポイントが高い。きっと交渉役にも向いてるだろう。


 探索者を統括するギルドは、探索地にそれぞれの縄張りを持っている。無論、非合法だが。武力と組織力があれば法なんてものは幾らでも無視できる。王室も大して問題視はしていないしな。


 縄張りを持っていない新興ギルドは、既存のギルドと交渉をして探索をさせてもらったり、時には新たな探索地の利権を巡って相争う事になる。


 そんな時に必要になるのが、僕のような口先だけは立派な交渉役というわけだ。


 旧王都の最深部、宮殿の探索には王室の許可が必須。困難な交渉相手だが、探索が認められさえすれば他のギルドを出し抜ける。実際、仮契約までは話が進んだ。


 だが、


「王女様がどうにも僕が嫌いらしくてね。僕がいるなら契約は履行しないとまで言ったらしい。まさか、本当に追放されるとは思ってなかったけどね。それならサシャの所に暫く御厄介になるかなって思ったんだけど」


「うん、私もそうするわ。アーレ、出て行って?」


 凄く良い笑顔でいうなこいつ。分かった、出て行きますよ。僕が野垂れ地ぬ時は、こいつの店の前で死んでやる。


 良いさ、これでも交渉役をやってただけあって顔は広いんだ。転がり込む当ては幾らでもある。商家か後援者の家を十数件も回れば、受け入れてくれる所もあるはずだ。


 よし。――結論から言おう。


 無かった。


 どいつもこいつも、エルディアノという後ろ盾を失った僕を相手にしない、というよりも、どうやらギルドは次から次に伝達を回していたらしい。内容は知らないが、王室の不興を買った事をおおっぴらにしてくれたのだろう。


 御立派、王室忠義の鑑。全員くたばれ。


 昼を迎えた大通りは賑やかだというのに、僕の何と孤独なことか。綺麗なお姉さんにでも癒して貰いたい。


「おい、昼間から顔を赤くしてご機嫌じゃねぇか」


 唐突に、後ろから呼び止められる。声は決して艶のあるものではなく、むしろ荒っぽいものだ。


 嫌な予感がするな。僕は直感だけは良いんだ。弱い奴は勘を鈍らせてはいけない。


 振り返らずに、息を整える。そうして、脱兎の如く正面を駆けた。途端、背後からは怒声が飛んできた。


「待ちやがれ! テメェ! 逃げられると思うなよアーレ!」


「悪いが付き合ってくれって言われても無理だ! 他所を当たってくれ!」


「そこを動くな! おい、お前らも回れ!」


 人込みをかきわけながら、ちらりと背後を垣間見る。


 顔の真ん中に大きな傷を付けた巨漢。


 ギルド『三本斧』のマスターだ。片手にはトレードマークの斧まで持ち出してきてやがる。


 思惑はおおよそ分かってる。エルディアノを追放され、守る者のいない僕へのお礼参りって所だろう。


「ハッ! 精々ギルドが半壊しただけだろうに。器の小さい奴だな!」


 第一、悪いのはあちら側だ。対抗する二大ギルドの縄張り、その境界線上で探索をして利益を掠め取るなんてあこぎな真似をしてやがった。両ギルドとも、対抗ギルドの仕業と思って対立は増すばかり。


 だから僕が物証を揃えて、二大ギルド勢ぞろいで叩きのめしてやった。無論、片方はエルディアノだ。


「ここを通れると思うなよ、口だけ野郎」


 正面に立ちふさがったのは、『猛毒蜥蜴』の看板探索者。小柄だが動きが素早く、魔性との戦いでも執拗に相手を追い立てるのが得意と聞く。


 彼はなんだっけか。確かそう、マスターを失って混乱が続く弱小ギルドから縄張りを奪い取ろうとしていたから、公平に仲介に入ってやったんだ。未だに根に持ってくれているらしい。素晴らしい記憶力だ、褒めてあげよう。


「口が回るのは、頭が回るって事なんだけどなぁ!」


 大通りの人垣を盾にして、くるりと半回転。そのまま裏路地へと突っ込む。


 さて参った。もう流石に気づき始めたが、経路を誘導されている。連中、人の嫌がる事こそ得意なタイプだ。弱った相手を叩き潰すのは大得意だろう。


 反面僕は純粋な悪知恵比べならともかく、体力を使った勝負は苦手だ。このままじゃ遠からずあいつらに掴まって、動けなくなるまで骨をへし折られるに違いない。いいやそれだけならまだマシ。あいつら、僕の舌を切り刻みかねない。そうなればとうとう終わりだ。


「っ! やっぱり、そうなるよな」


 裏路地を数度曲がらされた正面に、今度はどのギルドの奴だったか――ええい、キリがない! 過去の僕よ、どれだけ恨みを買えば気が済むんだ。流石に昨日までの自分を殴りたくなってきた。


 さて前には進めない、しかし後ろには蜥蜴野郎。左手にはとても登り切れない壁。


 ならば、進む道は右手下方に見える、泥が溜まった排水路しかない。


 はい。呼吸を整えて、一つ、二つ、三つ。心に誓おう。


「僕は、恨みは忘れないタイプだからなぁ!?」


 口元を抑えて、泥の中へと突っ込んだ。身体の半分以上を泥に塗れさせながら、強引に排水路の中を進む。王都シヴィの中には、無計画に張り巡らされた排水路が満載だ。入り込んだまま、迷って出てこれない奴らも多い。まさかここまでは追ってこないはず。


「アーレてめぇ! 覚えてろよ! お前が行く場所なんてもうねぇんだ!」


 後ろから怒声と、哄笑するような声が聞こえる。昨日までは大手を振って街を歩いていた僕が、泥塗れになっている姿を笑っていやがるのだろう。


 暫く歩けば、ようやく泥が足元程度までしかない場所に出た。薄っすらとした明かりしかないお陰で、自分の惨めな姿を見ずに済む。軽く指先で纏わりつく泥を落としたが、酷い姿なのは変わらない。


 指先で懐を探る。金は多少残っているが、それでも切り詰めて一か月暮らせるかどうかくらい。後は泥だらけの服が僕の財産だ。


 周囲の静けさにあわせて、思考がどんどんと冷静になっていく。自分の境遇がどういうものか、思い知らされた。


 もう王都で仕事にはありつけない。敵を作り過ぎた。例え貧民が済む裏通りに暮らそうと、いいやそういう場所だからこそあいつらは嗅ぎ付けて来る。後ろ盾を持たない僕じゃあ逃げ回るのが精一杯だ。


 僕の武器は舌だけ。口先だけ。それをよく知っているからこそ、頭に浮かんでくる可能性は次々と漂白され、失われていく。


 考え、考え、そうして答えは一つ。


「……出るしかないか、王都を」


 呟く。心の内側に穴が開いた感触があった。そこにある感情は恨みでも、屈辱でもない。


 自分への失望だ。ギルドを設立して、仲間を作り、ここまでようやくたどり着いたと思っていたが。最終的にはこんな泥にまみれた姿で追い出されるのか。こんな事なら、何処かで野垂れ死んでいた方がマシだったな。


 数度、下水道内の分かれ道に遭遇しながらも、何とか明かりの差す方へと辿り着く。王都に来た頃には後ろ暗い仕事も多く、下水道の地理も把握していたのだが。最近はめっきり逃げ回る機会を失っていたため、うろ覚えになっていた。


 泥を軽く払いながら、下水道を脱出する。王都外へと通じている出口にまで、僕を待ち伏せする奴は流石にいそうにない。


 さて、ここからは地方に隠れるか、もしくは東方征国や南方列国へ向かうかの選択になるが。


 頭の中で、そう計算を回していたと同時だった。影が、足元に忍び寄って来る。


「はい。それで何処へ行く気なんですか、先輩?」


 待ち伏せが、いた。そう考える暇さえなかった。そいつは当然のように、澄まし顔で僕に呼び掛けている。


 不覚にも、一瞬思考が停止する。心が完全に空白になった。


 当然だ。そこにいるはずのない人間がいたのだから。胸騒ぎと、極度の警戒心が血を沸き立たせる。


「……君がどうして、ここにいる。ルヴィ」


「はい。従順な後輩がお答えします先輩。不肖ルヴィ。先輩の危機とお伺いして推参しました」


 エルディアノがギルドメンバーの一人。ルヴィ=スチュアートがそこにいた。

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