ドリル無双。

十八万十

第1話

『こんにちは』


耳元で響く声が、ゆっくりと私の意識を引き戻していく。そこは真っ白な空間。まるで終わりのない無限の空のように、何もない広がりが視界を覆っていた。足元には雲のような柔らかいものが感じられるが、実際に地面があるわけではない。


「……ここは、どこ……?」


ぼんやりとした意識の中で、私が発した声は自分でも驚くほど冷静だった。目の前には何もなく、ただどこまでも続く白一色。まるで夢の中にいるかのような感覚に包まれる。


『ここは天界です』


突然、ふわりとした声が再び耳に届いた。冷たさも温かさも感じさせない、どこか無機質なその声が、私の頭の中に直接響くような感覚を覚える。


「天界……?」


その言葉に、私はようやく自分が何者かによって呼び出されたのだということを理解した。けれども、その理由はまったくわからない。


「そうだ……私、トラックに轢かれて……」


思い出した。私が最後に見たのは、目の前に迫る巨大なトラックの車体。そして、視界が真っ暗になり、その後に訪れたのがこの場所だ。


『貴方は”異世界転生”することになりました』


その一言が、私の心臓を跳ね上げた。異世界転生? それは、最近人気のジャンルだ。小説やアニメでよくある設定で、普通の人間が異世界で新しい人生をやり直すという物語。しかし、それが実際に自分の身に起こるとは思ってもみなかった。


「本当に……異世界に……?」


混乱と興奮が交錯する中、私は神という存在が告げる次の言葉に耳を傾けるしかなかった。


『貴方の輝かしい未来を信じ、これを授けましょう』


そう言いながら、目の前に浮かび上がったのは――


「もしかして……私チートスキル貰える…!?」


私は期待に胸を膨らませた。異世界転生の定番として、転生者には強力なスキルや道具が与えられるのが通例だ。普通の人間では成し得ないような魔法や技、それが私にも授けられるのではないかと期待した。

だが、神が私に与えたものは――


――ドリル――


「……え?」


目の前に現れたのは、金属の光沢を放つ巨大なドリルだった。私の手に収まるようなサイズではなく、むしろ両手でやっと持ち上げられるほどの大きさだ。しかも、異世界転生者に与えられる「チートスキル」などとはかけ離れた代物だ。


『このドリルを使って、貴方は新しい世界で冒険し、強くなるでしょう』


「ちょ、ちょっと待って! ドリルって……魔法とか、剣とか、そういうのじゃないの?」


私は思わず神に問いかけた。魔法や技、異常な身体能力など、異世界で生き抜くための力が欲しい。だが、神は静かに微笑んでいた(ように感じた)。


『いいえ。ドリルのことを信じて進んでください』


その言葉に抵抗する間もなく、私の体は光に包まれていった。光が強まり、視界が次第にぼやけていく。そして、意識が遠のく中で私は最後に手に握られたドリルを感じながら、新しい世界へと旅立つことになった――。



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