妖怪オタクの転生ギルド生活

音喜多子平

第1話

「人間一つくらい取り柄があるもんだ」


 これは俺が中学生の頃に死んだ爺ちゃんの言葉だ。


 その言葉は此の世の真理だと思う。


 問題はその取り柄を、取り柄だと言える環境に恵まれるか否かという事だろう。


 江戸時代の人間にパソコンの才能があったとしても、そいつは役立たずとして一生終えただろうし、反対に今の世の中で剣術の才能があったところでそれで暮らしを成り立てることなどは難しい。


 そして俺の唯一、他の誰にも負けないと自負する取り柄というのは現代社会では到底役に立たない無用の長物だった。


 そんな俺こと、清水山秋生しみずやまあきおの取り柄というのは『妖怪の知識が豊富』というその一点だけだった。


 俺は妖怪が好きだ。何よりも好きだ。物心がついたころから、俺は妖怪の魅力に取りつかれていた。


 子供の頃は、妖怪が少しでも出てくるような漫画やアニメの情報を仕入れると徹夜してでも全て網羅した。やがてそういった創作物に満足すると、実際の歴史に残っている伝承に興味を持った。


 高校時代は部活も勉強もそっちのけでアルバイトに明け暮れ、まとまった金が入るとその類の文献書類を集めに集めては、ほくそ笑んで読み耽っていた。


 大学では民俗学や神学にアプローチをかけて、学生ローンを組んででも日本各地の伝説の残る地や寺社仏閣に残る文献を見るために旅行に出かけていた。


 気が付けば友達と呼べるような奴は一人もいなく、就職活動も失敗し、それでも懲りずにアルバイトで食いつなぎながらも、古本屋で妖怪文書を買いあさる三十路過ぎの男が出来上がっていたという訳だ。


 世間一般に言わせれば、俺は立派な負け組になるだろう。


 だが、そんな俺には幸運と思えることが二つある。


 一つは当然、妖怪という存在を知り人生のほとんどを自分の心の声が求めるがままに費やすことができた事。


 もう一つは、そんな素晴らしい人生を三十年そこらで終えられるという事だ。


 …。


 薄れいく意識の中、俺はそんな事を考えている。


 だってそうでも考えないと、流石の俺でも惨めすぎるかなと思えてくるのだ。


 身体に残った衝撃の余韻は俺が交通事故に巻き込まれたことを物言わずに語っている。痛みがないのはきっともう助からないからだろう。


 不思議と死の恐怖はなかった。


 腐っても人生の大半を目に見えない存在のために費やしてきたのだ。魂がどうなるとか、死後の世界があるのかないのかとか。そう…これは答え合わせのようなものだ。もしかしたら怨念みたいなものが残って、妖怪になれるかも知れない。


 いよいよ視界がぼやけてきた。頭に酸素が回っていないのが実感できる。


 …。


 これは…あれだな。


 高校生の時に丸四日間徹夜して古文書を読んだ後に襲われた睡魔に似てる気がする。


 ともすれば、あとは眠ってしまうほかない。


 中有の世界に妖怪は居るのかどうか、そんなことに胸馳せながら。俺の眼は光を失った。


 ◆


 ◇


 ◆


(…どこだ、ここ?)


 俺は生まれて初めて目が覚めた事に疑問を感じるという経験をした。


 見知らぬ白い天井をただ見つめる事しかできない。


(ひょっとして、アレか。病院か?)


 頭は冷静に事故の記憶を引き出してきてそう結論付けた。すると今度は怒涛の心配事に襲われる。


 え?


 ちょっと待て。今、何日の何時だ?

 

 俺が事故ったことってバイト先に伝わってんの?


 てか、入院費ってどうなるの? 貯金ねーぞ、俺。


 色々な事が頭の中を駆けまわっていったが、いずれにしてもベットの上にいたのではどうにもならない事だと思い諦めた。その内に看護師の人が様子を見に来るだろう。


 しかし、結構重症なのかもしれない。なぜなら、身体が思うように動かないからだ。顔が痒いっていうのに満足に腕を動かすことができないでいる。それがもどかしい。それでも意識を集中させて右手を顔へと持ってくる。


 すると。そこにはやけに小さい手があった。


 …は?


 思考が止まった。神経を通して脳みそが感じ取っている以上、証拠を提示する必要もなく、これは俺の腕なのだが、理解は追いついていない。


 ひょっとして腕が千切れてていて、子供の腕しか移植できなかった・・・とか? いや、そんな事ある訳ないか。じゃあ、アレだ。デット・プールみたいに驚異的な再生能力が身について、千切れた手が新しく生えてきている最中なんだ・・・みたいな? もっとあり得ないだろう、それ。


 けど、そうでも考えないと思い付く限りの発想の中で最もあり得ない答えを出すしかない。


 …生まれ変わった、のか?


 今の状況と頭の中の記憶をそのまま足し算してしまうと、実に説得力のある結論に至る。


 俺は交通事故に遭った。

  ↓

 死んだ。

  ↓

 新しい人間として生まれ変わった。

  ↓

 以上。


 自分で自分にツッコミたくなる論だったが、状況証拠が揃い過ぎている。


 ふわふわのベットと枕に預かられた体をもぞもぞと必死に動かす。部屋は石の天井に木の床が窓から入ってくる光に映えていた。ここから見える範囲で、窓は三つ。テーブルや本棚は整頓されており、花瓶の花が部屋の雰囲気をより柔らかくしている。


 掃除も行き届いている様だが、あちこちが過度なほどに整理されている印象をうけたので、きっちりとした性分の人が住んでいるかも知れない。


 生まれ変わりだとすると真っ先に考えるべきは、どんな世界に生まれたのか、これに尽きる。


 …くそっ。これは、アレか。


 昨今のWeb上で散見される異世界転生ものの小説のニアピン賞といったところだろうか。あの手のものは事前にどんな世界に生まれ変われるか教えてくれる神様が居たり、都合のいいスキルとかをくれたりするのが大半だと思っていたはずだが、俺にはそのいずれもない。


 部屋の様相だけしか今のところ情報はないが、察すると案の定どうやら中世ヨーロッパ的な世界のようだ。


 この分だとひょっとしたら魔法やモンスターなどは存在しているかも知れないが、妖怪は名前すら存在していないだろう。


 とことんニアピンだ。


 色々な考えが頭を巡り、期待と不安に胸が膨らみ、結局は落胆で終わってしまった。


 その落胆ぶりは疲労感に変わる。俺の意識は再び夢中に到達していった。

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