第3話 7月7日

ワタシは日々の生活に追われ、気がつけば、大きな夢は遠くに行きかけていた。

フィガロは、中古車として、日本では勿論、イギリスなどヨーロッパでかなりの人気車だった。

そのため、価格は年々上がり、今では状態の良いものは300万円近いモノもある。

実は、誰にも内緒にしていたが、フィガロは2台欲しかった。

1台は、ワタシ。

もう1台はカノジョのためだった。というより、ワタシのためだった。

ワタシの本当の夢は大好きなフィガロで、憧れのカノジョと2台、横並びでドライブすることだった。

海岸沿いをただひた走り、海辺の小洒落たカフェに色違いの2台を停めて、その2台を眺めながら一息お茶をする。

 これこそが、ワタシの本当の夢だった。

勿論、時にはワタシのフィガロでカノジョと2人、旅行にも。

発売当時からすると、2台買いは、夢のまた夢、夢で、終わってしまうのか。

 相変わらず、有名になればお金持ちになれて、お金持ちになれれば、車の2台くらいラクに買って維持して生活できる。そんな安易な考えでなんとか有名になろうと、あらゆる懸賞、公募、賞レースに応募していた。

 フィガロは2台ともワタシが買って、ワタシが持って、勿論1台はカノジョが毎日自由に乗ってくれてもかまわない。でも、あくまでワタシのモチモノとしてのフィガロだった。

そんなお金もちに憧れる日々。

 でも、現実はかろうじて専門学校を卒業したものの、就職活動は最終選考にも行けずに就職浪人。

あれから何年もの間、ひたすらに懸賞生活が続いていた。

 生活は、アルバイトを転々として、なんとかどうにか綱渡り状態だった。

 【高級割烹和装見習い】これは着物を着て食事やお酒を振る舞う様な高級な類のお店だった。一見、時給もいいし、お着物も着て、優雅そうに見えるが、現実は甘くなかった。

おじさんたちに触られ放題。

「おねぇちゃん、おねぇちゃん、いいお尻だねぇ。」

酔ったおじさんは、タチが悪い。なんであんなにも気軽に触ってくるのか気がしれない。中には上手く立ち振る舞って、セクハラも受けずにスルリとこなす後輩もいたが、ワタシは、というと髪やお尻や、それはそれは、どこかお店を間違えているんじゃないか。と言わんばかりの触られよう。

 「すみません。お客様、お酒がすすんでいるようで。」

見かねた支配人が声をかけるほどだった。

 そんななかでも唯一良かったのは、まかない飯。飲食店ならではの特権で、毎日の夕食には困らなかった。味も栄養も申し分ない。和食の出汁の効いた数々の小皿料理は、日常では滅多にお目にかかれないのでありがたかった。

「はぁ。疲れたぁ。もう、いい。」

相変わらずのセクハラには耐えられず、半年ももたずに辞めてしまった。

 どこへ行っても、相変わらずのワタシ。きっとカノジョだったら、そんなセクハラもさらりとこなして優雅に、華麗に、お着物姿で、1番人気間違いなし。きっと指名もつくだろう。

 次はコールセンターで働いてみることにした。キッカケはテレビの通販番組。

「今から30分はオペレーター増員してお電話お待ちいたしております。」のひと言だった。本当に増員しているの?まったく繋がらない。そのまま残酷にも30分が経ち、お目当ての痩せるサプリメントは買えなかった。その後、そのことでクレームを入れると、これが、まぁ見事な対応で圧巻。この対応に惚れ惚れした惚れっぽいワタシは、そのまま働きたい旨を電話口で熱弁。オペレーターの方から上司に電話は引き継がれ、なんとか面接に漕ぎ着けた。

 最初は受付窓口担当だった。これが、意外と向いていた。コールセンター業務に対して一切のイメージはなかったが、それが良かったのかもしれない。何の先入観もなく、真っ新な状態だからこそ、吸収するばかり。素直に育っていった。

 業務もシフト制だったので、勿論朝には働かず、夕方から夜。1番時給の良い時間帯に短時間でけっこう稼げた。そのおかげで週2~5日と不規則ながらも、1年以上が経っていた。ところが、ある日、突然、その日はやって来た。

 人事異動だった。大きな会社ではごくごく当たり前の事だった。そこそこ働けていたワタシは、そのおかげで、なんとクレーム処理係に推薦された。

最悪だ。不安だったクレーム処理。これは、かつてのワタシが電話した、ああいうコトだったからだ。

 結果は自ずと現れた。最初はまだ、1次対応と言って、クレーム窓口だったが、数ヶ月もすると、その1時対応ではご納得いかないお客様への対応、2次対応係に、これまた大抜擢。

 これは、さすがにきつかった。気がつくと数週間で胃がキリキリしていた。

そんな胃痛を胃薬で誤魔化しながらなんとかつとめていたが、ある日の勤務中、激しい腹痛、続く過呼吸、「バタンッ。」救急車で運ばれた。結果は胃潰瘍寸前のビランセイ胃炎。しばらくの間休暇をいただく事になったが、モチベーションは戻るはずもなく、休暇中に退職願いを書いていた。それでも、10日間のお休みをいただくと、持ち場は1次対応に変わっていて、しばらく様子見。会社とは本当に上手くできている。とココロのソコから関心した。

 ただ、ワタシのココロとカラダはすでにボロボロで、業務に耐えうるものではなかったようだった。ほどなくして、やはり退職願を上司に提出するコトとなった。

【コールセンターのクレーム処理】やっかいで、ストレスの多いイメージ通り。

安易な考えで仕事を決めるのはやめよう。

 ただ、生活するには仕事が必要で、朝に弱いワタシは仕事も限られていた。それで、次は【大手アート系イベント会社の受付業務】こちらは最初から分かっていたはずなのに、やっぱり安易なワタシは、イベントという電話業務とは対極の接客の仕事だから良いかも。という発想で入社。結局、朝が早くて、夜も遅くまで、向いていなかった。

すっかり自信を失い、引きこもっていたところに、電話が鳴った。

 カノジョからだった。

久しぶりに聞くカノジョの声は、やっぱりどこかホッとして、やわらかくて、心地良かった。しばらくはお互いの近況報告をすると、急に、

「話たいことがあるの。」

とあらたまった。

 それは、ちょうど、ワタシの誕生日前の6月下旬のことだった。

話はなんと、顔の広いカノジョの紹介で、契約社員のくちが1つあるとのことだった。

ひたすら続けてきた公募のキャッチコピーも書いていたおかげで、デザイン事務所のライターアシスタントの仕事につけそうだった。

 東京に出てきて4年。2kのアパート暮らしも悪くない。と思っていたところ。

それでも、生活はカツカツで、なんとか家賃を払っていた。

 この日のカノジョは、いつもよりさらに頼もしく、というのはワタシの勝手な意見けれど、これまたカノジョの家の部屋が一部屋余っているということで、居候させてもうことになった。

まさに、カノジョなしでは成り立たない暮らし。であり、ワタシの人生。

 今年の7月7日。

ワタシの誕生日は、落ち着いた心地の1日を過ごせそうだった。

これが、果たしてだが、

今のワタシが選ぶ、最大限に良いはずの暮らしのはずだった。

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