第5話 初めて(表)

 入学したのは四月一日。中間テストは五月九日に行われ、今日は七月一日。あと二週間で期末テストが始まる。

 中間テストは、国語、英語、数学、理科、社会と五科目だったが、期末テストではさらに家庭科、保健体育、美術、音楽の四教科が加わり,二日間にわたって実施される。中間の範囲も含まれるため、勉強時間はさらに必要だ。

 みんなはどんな気持ちでこの時期を過ごしているのだろう。『まだ二週間ある』と余裕を感じているのか、それとも『もう二週間しかない』と焦っているのか。あるいは、ぎりぎりまで遊び、直前に本気を出すつもりの人もいるかもしれない。

 そんなことを考えながら教室に入り、読書をして朝の会を迎えた。


「おはようございます。期末テストまで二週間しかありませんが、みんな、勉強はしっかりとしていますか?」


 この質問に対して手を挙げて答えるのはせいぜい小学校低学年までだろう。案の定、誰も反応する気配はない。みんなは、いつも通り眠たそうな顔で先生の言葉を聞き流している。

 そんな中俺は、きちんと心の中で返事をしていた。


「してない」


「中間テストでは、中学校に入って初めてのテストで緊張したかもしれませんが、点数が低かったり、赤点を取った人は今回で挽回するようにしましょう」


 俺は心の中で余裕を装って見せる。


「全て六十点に近い点数だから問題ないだろう」


 しかし、次の言葉が俺の気を引いた。


「それから、今回のテストで赤点を取った人は、一か月後の林間合宿に行けませんよ」


「はいわかりました・・・聞き間違いか?」


 眠り姫の発言にクラスが騒ぎ出し、俺も驚いた。


「知っていると思いますが、中間テストの平均点は、国語(30)、数学(35)、英語(28)、理科(23)、社会(34)と非常に低いものでした。そして、赤点の基準はその平均点から半分以下。赤点を取る生徒が多いことが、先生たちの間でも話題になりました」


 いつも眠たそうな顔をしている先生は、真剣な表情で俺たちを見渡しながら話を続ける。


「学生の本分は勉強です。それを怠っている生徒を合宿には連れて行かないというのが、私たちの判断です」


 普段とは違う先生の雰囲気に、この話は本当なんだと、一部の生徒は焦りを感じ始めていた。そのギャップが、生徒たちの心を揺さぶった。


「次の期末テスト、各教科で一つでも赤点を取ったものは合宿期間中、学校に残って体育教師の中田先生と補修を受けることになります」


 突然の知らせに朝から賑やかだったクラスの雰囲気は、一瞬にして静かになった。まるで眠り姫ではなく氷の女王が教室を凍りつかせたようだった。


「今のことを聞いて、少しでも危機感を持った人は勉強を頑張ってください。私からの連絡は以上です」


 連絡が終わると、先生は学年委員に合図を送り、起立、気を付け、礼、ありがとうございました、という一連の流れを経て、朝の会は終了した。

 その後、授業中に騒がしかった生徒たちも、次第に静まり返り、真面目に授業に集中し始めた。中にはこっそりとテスト勉強を始める生徒も見かけるようになった。

 授業が終わるたびに訪れる10分休み、クラスメイトは仲の良い友達同士で集まり『テストやばいよね』『今日、一緒に勉強をしようよ』『さすがに厳しくない?』と、テストについて話し合っている。

 その間、俺は机に両腕をこうさせて寝たふりをしていた。

 クラスメイトたちの会話が耳に入ってくる。みんな、テストのことで焦っているようだ。

 そうやって授業と休み時間を繰り返しているうちに、昼休みになった。

 昼食を済ませ、トイレに寄った後、俺はいつものように図書室に向かって歩き始めた。

 面白そうな本がないかと探しながら図書室を歩いていると、いつも俺が座っている席に、千明が腕を組んで待ち構えていた。

 俺と目が合うと、彼女は眉間にしわを寄せ、無言で『こっち来い』と合図を送ってきた。


「遅刻!」


「いや、待ち合わせしていないだろ。トイレくらい行かせてくれ」


「なるほ・・・いや、それよりテストどうしよう。もし赤点取ったら合宿に行けなくなるんだよ?そうなったら元も子もないじゃん」


 千明は両手で頭を抱え、机に肘をついて悩んでいる様子を見せた。


「そうだな。九教科もあって、一つでも赤点がついたら合宿に行けないのは確かに厳しい」


 俺は心の中で、なるほどの「ど」が抜けていることに突っ込みたい気持ちを抑えつつ、千明の気持ちに共感した。


「だよね!厳しすぎるよ!でも、決まったことだから勉強頑張らなきゃ。うん、そうと決まったら、ねぇ、金星さん、頭いいんだから勉強教えてよ」


 千明は塾に通っておらず、中間テストで赤点ギリギリだったと聞いている。ここで俺が千明の頼みを断れば、赤点を取る可能性は高まるかもしれない。千明の告白の一環として、頼みを受け入れることにした。


「仕方ない。いいよ」


「だよねー・・・ん?手伝ってくれるの!?」


 千明は頭を抱えるのをやめ、勢いよく椅子から立ち上がった。


「合宿に行けないと告白できないだろ。だから手伝うよ」


「うれしいけど、拓海ってそんなにノリ良かったっけ?小学生の頃誘っても大体断られた記憶しかないんだけど」


「まぁ、習い事で忙しかったからな。今は部活が日曜日以外あるけど、五時半には終わるから、手伝える」


「助かるよ!私も大体その時間に終わるから、ちょうどいいね。場所とかどうする?良かったら、うちで勉強する?」


「親に言わなくて平気か?泊まった時も突然だっただろ」


「平気平気!歓迎するよー」


 お前は逆にノリが良すぎるんじゃないか?


「わかった。何時くらいに行けばいい?」


「六時以降ならいつでもいいよー」


「了解」


 午後は五、六時間目が終わり、帰りの会、掃除の時間、最後は部活、そして集団下校という流れだ。


 この学校で面倒なルールの二つ目は、生徒全員が何かしらの部活に所属しないといけないということだ。

 ほとんどの部活は五時半に終わりその後、集団下校が義務付けられている。

 俺はある事情から陸上部に所属していて、種目は100メートルと走り幅跳びだ。

 初めての記録会で100メートルは12秒30(追い風0.3m)、走り幅跳びは5m30(向かい風0.2m)を記録した。陸上経験がない俺にしてはいい記録だと思った。

 基本的に部活は、部長が顧問の机からメニューを取り、部室に置いて、来た人から順番に練習を始めるという流れだ。

 今日のメニューは比較的緩めで、走り幅跳びの練習に時間を多く割けて、有意義な時間を過ごした。

 部活が終わるとすぐに家に帰り、勉強道具を鞄に詰めて、千明の家に向かった。

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