アルガナイ

TT

第1話 私と世界

 かつて日本は、一つの国だった。

 人々は長い歴史の中で育まれた文化や伝統を誇りとし、それを未来へと受け継ぐことを当然の使命と考えていた。

 その風景や文化は、世界中から称賛され、観光地としても名を馳せていた。

 四季折々の美しい自然、独自の芸術や食文化は、訪れる人々に感動を与えた。

 しかし、時代は変わり、世界は急速な技術革新の波に飲まれ始めた。

 科学技術や産業が飛躍的に発展する中、他国は新しい技術を次々に取り入れ、人々の暮らしを便利で豊かなものへと変わっていった。高層ビルが立ち並び、交通や通信技術が劇的に進化する様子がニュースで報じられるたびに、日本がその波に乗り遅れている現実が浮き彫りになった。

 観光客たちも次第に新たな文化や技術を楽しめる国々へと興味を移し、日本の観光地はかつての輝きを失いつつあった。そんな状況に危機感を抱いた日本国内では、二つの価値観が衝突を始めた。

 一方では、古き伝統を守り続けるべきだと考える者たち。

彼らは『純日本』と呼ばれ、長き年月をかけて形づけられた日本の文化こそがこの国の誇りであり、進化を急ぐことは日本人の魂を失うことだと主張した。地方を中心にこの考え方が広まり、特に高齢者たちがこの思想を支えた。

 もう一方は、新たな時代に適応し、進化するべきだと主張する者たち

『新日本』と呼ばれる彼らは『このままでは日本は世界に取り残される』と訴え、革新こそが未来の繁栄をもたらすと信じていた。都市部では特にこの考えが支持され、若者たちを中心に変革を求める声が高まっていった。

 二つの価値観の対立は次第に深まり、やがて修復不能な溝を生み出した。

 議論の果てに国は二つに分裂した。

 西側を『純日本』、東側を『新日本』が領土として持ち、互いに干渉せず、それぞれが進むべき道を選ぶことで形だけの平和が保たれることとなった。

その境界を象徴するのが、長野、山梨、静岡を貫くようにそびえ立つ巨大な壁だ。

 石造りの壁と鋼鉄の補強材を融合させたその構造は、技術的にも美術的にも高い完成度を誇り、世界中から注目を集めた。

しかし、その建造目的や背景は歴史の闇に埋もれ、記録はほとんど残されていない。正式な名前すらないその壁は、『そこにあるが何もない』という意味を込めて、人々から『アルガナイ』と呼ばれるようになった。

 この要塞は、後に世界で唯一無二の存在として世界文化遺産に登録されるが、その輝かしい評価とは裏腹に、日本の東西分裂を象徴するものとして語られる存在となった。



 私がまだ六歳の頃、世界各地で戦争が勃発し始めた。

 国境を越えた争いは激しさを増し、無数の命が犠牲となった。

 日本もその戦火に巻き込まれたが、純日本と新日本は協力せず、互いに独立した軍事行動を取った。その結果、国としての連携を欠いた日本は、戦局を悪化させるばかりだった。

 戦争の影響は次第に深刻化し、ある日、純日本の主要都市である福岡が敵軍の攻撃によって陥落した。そこを足掛かりに、敵軍は純日本の領土を次々に侵食していった。

 追い詰められた純日本の主導者は命を落とし、その知らせが西側の領土全土に広がった時、残された西軍の人々は絶望の淵に立たされた。純日本はもはや国家としての機能を失いつつあった。

 そんな中、新日本の軍隊が圧倒的な兵力と最新鋭の武器をもって西側の領土に足を踏み入れた。そして、純日本の民衆に向けこう命令をしてきた。

「生き残った30歳以上の大人は我々と共に戦え。それを拒むのでならば、この場で処刑する」

 その命令は、純日本の民衆にとって避けようのない現実を突きつけるものだった。すでに希望を失いかけていた彼らに、わずかに残っていた抵抗心すら打ち砕かれたのだ。

 家族を守るために抗おうとする者たちもいたが、目の前で実際に処刑される仲間の姿を見せつけられると、その意思もなくなった。結果、人々はこの命令に従わざるを得なかった。

 私の両親も例外ではなかった。

 父も母も、その命令に従い、新日本の軍隊に組み込まれる形で戦地へと駆り出されることになった。

 両親は『少し旅行に行ってくる』とだけ私に告げ、私を祖父母の家に預けた。

当時、まだ幼かった私には、日本で何が起きているのか全く理解していなかった。ただ、両親が帰って来ると信じ、良い子にしていなければと思っていた。

 しかし、両親の様子がどこか普段と違っていたことだけは感じ取っていた。

 戦地へと向かう前夜、母は私を強く抱きしめながら、優しく言った。

「すぐに帰るからね」

 その声は、どこか震えていたように思う。

 父は少し離れたところから微笑みながら言った。

「いい子で待っているんだぞ」

 その笑顔はいつもと同じで優しいものだったが、目には消せない悲しみの影が宿っていった。

 私は両親の手をしっかり握り答えた。

「うん。絶対に帰ってきてね」

 母は一瞬何かを言いかけたが、言葉を飲み込むように小さく頷いた。

 出発の朝、二人が家を出る姿を見送った私の胸には、なぜだか説明のつかない不安が渦巻いていた。それでも、二人の「すぐ帰る」という言葉を信じようと決めた。

 それが、私が両親を見た最後の記憶だった。

 その後、純日本の民を編成に加えた新日本の軍隊は膨大な人数を動員して戦争に挑んだという。しかし、数年が経過しても戦局は全く変わらず、最終的に日本は敗北した。

 純日本の主導者は敵国に降伏し、戦争から脱退。結果として、日本の領土の三分の一が奪われ、大勢の国民が命を落とした。

 その中に両親の名前もあった。

 調べて分かったことだが、この戦争で亡くなった人々の九割が、純日本の民だった。

 まるで、純日本が壊滅するのを待ってから降伏したかのように見える。その偏った犠牲の比率は、私に消えない疑念を抱かせた。

 確証はないが、どんな理由があろうとも、私の両親を死に追いやった事実に変わりはない。

「私の大切な父と母を奪ったように、次は私がお前たちの大切なものを奪ってやる」

 私はその誓いを胸に、長い年月をかけて復習の計画を練り上げた。

 すべてを捧げた計画はついに成功し、私は世界の支配者として君臨するに至った。

 私が築き上げた計画は、現在の世界を形作っている。

 だが、数秒後には私はこの世を立ち、再び人々は自らの意思で動き続けるだろう。自分自身の選択肢に迷い、そして何かを選び取るのだろう。

 まだやり残したことはあるが、私は次の者たちにそれを託した。

 いつか、全てが完成した時、私の世界はもう一度再構築されるだろう。

 その時が訪れたなら、私はどこかで喜ぶことだろう。この世ではないどこかで・・・。

 さらば、私の世界よ・・・・・・。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る