竜宮の遣い

美崎あらた

第1話

 小学五年生の夏休み初日。野川探検隊のミーティングに参加したのは、隊長の私だけだった。隊長が一声かければ、深大寺自然公園かに山キャンプ場入口に自転車で集合するというのが、我らが野川探検隊のルールだったはずだ。


 仕方ない。一人で探検にいくとしよう。


 私は緩慢な動きで自転車にまたがる。ブレーキをいっぱいにかけて、坂道を下る。はじめは急こう配だから気を付けなくてはならない。野草園の谷間を抜けて、小山を下りきると、東京とは思えない光景。田んぼと畑が広がっている。


 しっかり一時停止して、車に注意しつつ佐須街道を渡る。再び里山の風情。用水路沿いを走ると風が気持ちいい。蓋のない開渠を辿っていくと、水の流れはやがて野川に注ぎ込むのだ。


 みんなそれぞれ大人になっていって、地元の川のことなんて忘れてしまう。学校裏の水路が野川に注ぐのを発見したり、そもそもその水が深大寺の湧水から来ているのだということを発見したり……


 みんなはあの感動を忘れてしまったのか。それとも感動していたのはそもそも私だけだったのか。


 自転車を降り、そんなことを考えながら堤防沿いをブラブラ歩いていると、一人の少年と目が合った。


 浅葱色の甚平を来た黒髪の少年が、川に脛のあたりまで入って、土手にいる私を見上げていた。水草が、女の子みたいに真っ白な素足にまとわりついていて、どうしてだか、その映像が私の脳裏に貼りついてしまって剥がれない。


「ボクのこと、見えるのかい?」


 少年は驚いたように言う。そりゃ目が合っているのだから、見えているに決まっている。


「そうすると君は、ボクにとってのレイキなのかもしれない」


 などという彼はいつの間にか、私の隣に立っている。間近で見る彼の横顔は何と言うか、日本人じゃないみたいだった。


「私の名前はレイキなんかじゃない。木嶋きじまミサ。野川探検隊の隊長よ」


 と言ってから、後悔する。探検隊なんて、子どもっぽいと思われただろうか。そもそも、隊員もいないのに隊長を名乗るなんて、なんだか馬鹿げている。ところが少年は


「そうか、ミサは探検隊の隊長なんだね。探検隊というのは、何かを探すんだろう?」


そう言って目を輝かせるのだ。


「ボクの名前はフク。ボクには探している場所があるんだ」

「探している……場所?」

「そう。ボクは寅月寅日、寅の刻までに、ガンザヤトを見つけないといけないんだ」

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