企画参加

@musasabi3912

スライディング土下座、おめでとう、金管楽器

私はヨータが嫌いだった。


いつもへらへらしてて、

求められたら土下座でもなんでもするような、

プライドもへったくれもない奴。

でも、

トランペットだけは本当に上手くて、

いつも私よりちょっとだけ先を行く。

そんなヨータが嫌いだった。


「サキ~部活行こうぜ~」

今日もヨータは呑気な声で呼びかけてくる。

断る理由もないから一緒に行く。

うちの吹奏楽部は結構すごくて、

コンクールの賞の常連だった。

そんな部活もあと一年もしないうちに終わる。

次が私たち三年生にとって最後のコンクールだった。

果たしてヨータはそのことをちゃんと理解しているのだろうか。

みんなは少し緊張しているような寂しいような、

不思議な空気の中で練習する中、

ヨータはいつも呑気な様子だった。

そんなヨータが嫌いだった。


私とヨータは同じトランペット隊。

トランペットには誰か一人ソロパートを任される。

やっぱり選ばれたい。

それはみんなも同じだった。

全体のバランスを崩さないように。

でも音が粒立つように。

練習に熱が入る。

ヨータを除いては。

そんなヨータが嫌いだった。


先生はヨータをよく褒めていた。

全体が見えているだの、心地よい音を出すだの、

他の人が褒められているのを聞いているのは苦痛だ。

顔が熱くなるのを感じながらただ楽譜とにらめっこをしていた。

どれだけ私が練習しても、

いつも私よりちょっとだけ先を行く。

そんなヨータが嫌いだった。


ソロパートはヨータが選ばれた。

もう少し嬉しそうにしたらどうなんだ。

もう少し意気込みを見せたらどうなんだ。

みんなが色んな言葉をヨータにかける中、

私も必死に「おめでとう」の言葉を絞り出した。

大役を任されても謙虚に頭を下げるだけの、

そんなヨータが嫌いだった。


翌日、

ソロパートに私が選ばれた。

どういうことか先生にしつこく聞いたら、

ヨータが辞退して、

代わりに私を推薦したらしい。

それを聞いてからしばらく何も頭に入ってこなかった。

アイツ、私に譲りやがった。

憐れみのつもりか。

そんなヨータが大嫌いだった。


翌日、

ヨータを問い詰めた。

ずっともにょもにょ何かを言っていたが、

私の耳には届かない。

だけど「ソロパートはお前がやれ」と言うと、

「サキがやるべきだ」と絶対に譲らなかった。

そんなヨータが嫌いだった。


それ以降ヨータとは話していない。






あれだけ部活に力を入れていたのが噓みたいだけど本当の今。

いつの間にか社会人になっていた。

毎日があっという間に過ぎていく中、

同窓会の招待が来た。

社会人になってから最初の同窓会だから、

みんなどんな風に変わったのかが楽しみだ。

ヨータのことはすっかり忘れていた。


懐かしい面々と話が弾む。

そんな折、

「サキ~」と呑気に呼びかける声がした。

ヨータだった。

普通に話そうとして思い出した。

そういえば嫌な思い出がある。

もう怒りの感情はないけど気まずいものがある。

「あ~...久しぶり」

どれくらいのトーンで話せばいいのか分からない。

でもヨータはあの頃と変わらず呑気に話してきた。

きっとそんなヨータが嫌いだったのだろう。



「ヨータ今何してるの?」

「トランペット吹いてるよ。」

あ、そうだったんだ。

私は部活を辞めてからトランペットには何も触れなくなった。

でもヨータは続けていた。

「じゃあプロなんだヨータって。」

「そういうことでやらせてもらってます。」

こういう言い回しが実にヨータらしい。

「サキってもうトランペットやってないの?」

少しぎくりとしてしまった。

「やってないなあ。なんで?」

ヨータは少し黙っていた。

そして、

「あの時俺が余計な事したからさあ。

それでやめてたら申し訳ないなって。」

「でも俺、サキのトランペットすごいなあって思ってたよ。」

「...そっかあ。」

今更許すも何もないから特に言葉も出てこない。

「だから俺トランペット続けたんだ。

サキみたいに吹けるようになりたかった。」

「それで俺プロになっちゃったよ。」

ヨータが私みたいになりたかったように、

きっと私もヨータみたいになりたかったんだな。

へらへらしてて、

プライドなくて、

優しくて、

素直な、

そんなヨータになりたかった。

だからあんなに敵対視してたんだろう。

だからあの時あんなに嚙み合わなかったんだろう。

「おめでとう。」

あの時の絞り出した言葉とは違う、

自分でも驚くくらい素直な言葉だった。

ヨータみたいになれただろうか。


そのあと席に戻ったヨータは、

男子たちから「いつもやってた土下座見せてくれ」と言われて、

一発芸のスライディング土下座をやってた。

やっぱりそんなヨータが嫌いだった。

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