国道沿い書店、アダルト売り場②
✴︎
あの後。困惑の表情のまま固まっていた優子さんを見かねた美咲がは「私たちでよければ話を聞きますよ」などと言い、彼女の手を引きながらお目当てのアダルトグッズやエロ漫画を買った(そんなことを言いながら美咲は優子さんのAVもしっかり購入している)。それから俺たちは優子さんも連れて美咲の車で、近くのファミレスまで来ていた。優子さんを呆然とした状態にしやがったのは美咲なので、話を聞きますよも何もないし放っといてあげようよ、と思わなくもなかったが、俺も美咲に引っ張られるままに同席した形だ。美咲と俺はそれぞれドリンクバーを頼んで珈琲を淹れ、裕子さんはイチゴオレを頼んでいた。夜も遅くなってきたので、食事はやめとこうかと思ったが、美咲が遠慮なくハンバーグを頼んだので、俺もそれに倣って同じものを頼んだ。ここで摂取した分は明日しっかり筋トレして消費しよう……。
書店からファミレスまでは車で五分もかからない距離だったが、俺の運転でここまで向かう道中、優子さんがAVに出演したのはあの作品を入れても片手で数える程だということは優子さんと一緒に後部座席に隣で座っていた美咲が聞き出していた。
「あの本屋がウチから一番近いの。だから、とりあえず見に行って……」
「本屋で手に取らずとも、ネットでも確認できてしまうのでは」
「それはわかってるんだけどー」
理屈とは別に気になってしまう、という気持ち自体は分かる。俺も以前、自分が脚本を手掛けた音声作品がパッケージ化されて売られることになった時、本屋に見に行ったことを思い出す。
――優子さんの場合はそういうのとも少し違ったらしいが。
「幼馴染に見つからないように、ですか」
優子さんは俺の言葉に、コクリと頷いた。この辺りの事情の大枠もまた、ファミレスに向かう道中に彼女が話してくれていた。
「あいつに好きだって言われた時はびっくりしたけど、悪い気はしなかった。あたしもね、割とあいつのことはずっと、頼ってたから」
優子さんは先日、幼馴染でこの歳になるまでずっと友人関係を続けてきた男性から、告白されたのだそうだ。プライベートでの付き合いも長く、ずっと変わらないと考えていた関係に、その彼がメスを入れた。優子さんの幼馴染がどの程度の熱量でそうしたのかは分からないが、その話を聞いて顔も知らない彼に共感してしまう俺だった。俺は美咲と今の関係になる前に、一度告白してフラれている。固まってしまった人間関係を崩してしまうかもしれない恐怖と、実際にそうなってしまった時の辛さを俺も知っている。
「オーケーはしなかったんですね?」
美咲がそう尋ねると、優子さんはまた首を縦に振った。
「ちょっと考えさせてほしいって言ってその場は別れた。でも、正直あたしはあいつなら別に良いと思ってるんだよね」
「おお」
優子さんの言葉に俺は思わず感嘆の声をあげた。そしてチラリと、俺の隣に座る美咲を見下ろす。
「なんですか」
美咲はその視線に気付いて、怪訝そうに俺を睨んだ。
「なんでもない」
俺は今の美咲との関係に満足している。だから、優子さんの話を聞いて羨ましいとは思わないけれど、何故だか心のどこかが浮き立つ気持ちがあるのも確かなのだった。
「でも返事する前に、ビデオ出演のことが頭を過ぎって……」
優子さんは言いながら、きつく両目を瞑った。そう語る彼女の口元も歪んでいて、色々と複雑な心境が漏れ出ているのが見て取れる。
「今は法律も変わって、出演者の方が申し出れば、過去の作品の販売や配信をストップできるように働きかけられると聞きましたが」
小さく唸り声も漏らす優子さんに、美咲がそう話す。いわゆるAV新法についての話は、SNSでも話題をよく見る。AV出演する女優の契約書の効能等を細かく定めたあの法律の施行は、現場では大きくデメリットも叫ばれているのが実情だ。俺も風俗店のカメラマンや音声作品の脚本担当として仕事をもらっている伝手の中でAV監督と知り合ったりしているので、そうした話を直接聞いたこともある。法律の施行で事務が煩雑になった結果、女優の仕事が減ったり新作の販売に影響することもあり、現場のことを考えていない悪法だと彼も愚痴っていた。とは言え、優子さんのように過去の作品出演に対して思うところのある人間にとって、法の整備がされていくこと自体は、悪いことばかりではない。
「出演自体は後悔してないからね」
美咲の言葉を聞いて、優子さんは悩んだ顔を崩さないまでも、そう応えた。
「ただ、その、あいつには風俗関係の仕事してたこととかも言ってないから……」
「別に隠すこともないのでは」
「そうもいかねえだろよ」
あっけらかんとする美咲の言葉に被せるように、俺は言う。単純に、自分の好きな人が他の人間に見せる痴態を想像したり見たくない、というのは当然の感情だ。好きな人や恋人、パートナーが性風俗に関わっていたことを知って気持ちが冷めたり、拒絶してしまう気持ちは分かる。
「そういうものですか」
「そういうもんだよ」
「先輩は私の寝取られビデオ観ても平気なのに」
「んなわけなくない!?」
大学生の頃、美咲が別の男とヤってる時の音声を部室で俺に聞かせてきた時はマジで頭ぶっ壊れそうになったんだが?
俺と美咲のやり取りを見て、優子さんがふっと小さく笑みを溢した。
「羨ましいな。先輩さんとありさちゃん──美咲ちゃんか──付き合うことになったんだね。おめでとう」
「ありがとうございます」
優子さんの祝福の言葉を受け、美咲は素直に頭を下げた。俺と美咲が恋人関係を受諾した頃には優子さんはリフレ店で働いていたし、俺も何度か彼女の送迎をしたことがあったけれど、美咲とのことは特段話したことがなかった。だから、彼女は車内で俺たちの関係を美咲から聞いた時は驚きながらも、納得した様子で頷いていた。俺としては今のやり取りを羨ましいで片して良いかには、議論の余地を主張したいが。
「ありがとうございます。とは言え色々ありますが」
「そりゃ当人同士は色々あるでしょ。そこは詮索しないよ」
優子さんは困り顔のまま笑う。俺と美咲は改めてそれぞれ優子さんに感謝の言葉を述べた。その後はAVと優子さんの幼馴染の話は一旦置いて、適当な世間話やお互いの近況の話題で盛り上がった。俺が大学を卒業して就職したことや、それでも未だに見学店の片桐オーナーの店でも依頼を受けていることも話した。
「優子さん元気にしてましたよって片桐オーナーに言っときますよ」
俺が優子さんにそう言うと、彼女はまた複雑な表情を浮かべた。
「片桐さんかあ。あたしが別の店に移った時に半ばギスギスしたまま辞めちゃったからなあ」
「そうだったんです?」
美咲が、注文したハンバーグの皿にあるグリーンピースをぱくぱくと口に運びながら首を傾げた。
「あの頃は……ちょうど元カレに貢いだ借金に追われてた時期で。もっと稼ごうと思って別の店に移ったから。AVの話が最初にきたのもその頃」
「ああ、そんな感じだったんですね。なるほど」
「その元カレは──」
「その辺はまたな」
美咲が優子さんに更に突っ込んで話をしようとしたので、俺が美咲を止めた。優子さんが俺と美咲のことを無理に詮索しないと言ってくれているのだから、こちらも話しにくそうなことを突っつくべきじゃない。ただでさえ強引に連れてきちゃったんだから。
そんな風に話をしているうちに三人とも自分の注文した分を平らげ、この場はお開きということになった。優子さんは、今住んでいるところまでは歩いてすぐなので一人で帰ると言っていたけれど、俺たちが無理言って連れてきたのだから、と家の近くまで車で送った。そんなわけだから、会計も俺持ちにした。最終的には再会を楽しんだものの、元々は本意でなかった優子さんにも、まだ大学生である美咲の手前、そう多く注文したわけでもなし。さすがに俺が奢るのが筋だろう。ただ、俺も美咲に付き合わされたみたいなもんではあるし、美咲には今度なんかやってもらうけど。
「優子さん。それじゃあ、また」
「うん。先輩さんと美咲ちゃんも仲良くねー」
そうして優子さんを車から下ろした後、俺と美咲は国道沿いをUターンして、美咲の家に戻った。思っていたよりも遅くなったので、美咲の家に泊まらせてもらうことにした。宿泊が決まるや否や、美咲は早速、書店で買ったアダルトグッズとエロ漫画、AVを取り出して「どれからにします?」と尋ねてきた。
「なんで今日、ずっとそんなノリ気なの?」
「私だってそういう日もあります。あ、これ使います?」
美咲は俺に、購入したオナホをパッケージごと渡した。パッケージには、どこかで見たことのあるようなキャラが、絶対にその作品内ではしないような赤面を浮かべており、その横に“キツキツ!”などといった文句と共に、オナホの断面図が描かれている。
「使います? って聞かれて、よし分かったって言うような神経持ち合わせてないんだけど、俺」
「私が使えと?」
「ちげぇ」
「買ってきたものどれでも、使うのを見せろと言われればやぶさかではありませんが」
そうは言ってねえだろ、アホ。
「全く、仕方ないですね。奥手の先輩の為に、今日はAV鑑賞にしておきましょう」
「だからな? それ、お前が観たいだけだよな?」
美咲は俺の言葉もどこ吹く風、AVのディスクを取り出すと、再生機器に入れた。優子さんの出演ビデオだった。
「あれ? そう言えば先輩と私でAV鑑賞って、古宮先輩の家で三人でして以来ですか?」
「あー、そうかも?」
俺は記憶を辿る。まだ俺も大学生の頃、俺と美咲、それに美咲の中学時代の先輩で、俺の塾のバイト先の同僚でもあった古宮さんと、自宅でAV鑑賞会をしたことがあった。あの後、色々あり過ぎたのですぐに断言できなかったものの、確かその筈だ。
「私、あの時に古宮先輩が入ってたAVサブスク入りましたからね」
「そうだったんだ……」
突っ込みを放棄する俺だった。これに関しては詮索しないとかじゃなく、めんどくさい。再生されたビデオは、オーソドックスな素人モノといった作品で、女優である優子さんへのインタビューから始まり、部屋の中で優子さんの服がゆっくり脱がされていった。それから男優とのキス、愛撫を経て、お互いに完全に裸になると、腰と腰を重ね合わせる。優子さんの喘ぎ声が部屋に響く。おそらくAV出演一発目のビデオなのだろうが、流石に慣れている様子が見える。見学店で働いていた頃も、優子さんはエロい喘ぎ声の演技上手だったな、と俺は思い出す。優子さんの宣伝写真を撮る時も、彼女の声が聞こえてくるような、口を大きく開けた写真をこちらから要求したのを覚えている。
──そして当然だが、書店の18禁コーナーで美咲が商品を選ぶ様子を見ていた時からずっと落ち着かない。流石に俺も観ているうちに気持ちの行き所を失ってきて、黙って席をたとうと立ち上がったが、美咲がそんな俺の腕をギュッと強く掴んだ。
「今日は私、良いですよ」
「……無理すんなよ」
「あ、桔梗エリカのエロ本も読みます?」
「それは絶対に読まない」
俺は大きく溜息をつく。
「先輩の頭ガチガチヘタレ」
「言ってろ」
画面の向こうでは、優子さんがより大きな嬌声をあげて、体をブルブルと震わせるところだった。ちょうど一区切りでもあるところで、美咲はビデオを停止する。俺と美咲はそのまま二人、同じ布団で横になった。
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