国道沿い書店、アダルト売り場
宮塚恵一
国道沿い書店、アダルト売り場①
「先輩、アダルトグッズ買いに行きましょう」
「なんでだよ」
仕事終わりに美咲の家により、俺がソファに座った後に開口一番に美咲がそんなことを言うので、俺は即座に突っ込みを入れた。
「マンネリ化防止にカップルでアダルトグッズを買う、という方は多いと聞きます」
美咲は自分のスマホの画面を俺に見せた。そこには“カップルで行くアダルトショップ7選”だとか、“アダルトショップで恋人との絆UP!”などといった記事の検索結果が並んでいた。
「マンネリ化してんの? 俺と美咲」
「いえ、特にそういったものを感じるということはありませんが」
じゃあ尚更なんなんだよ。
「美咲が興味あるだけだろ」
「そうですね。以前、先輩の家にあったものも興味深かったですし」
「あれは……」
俺のアパートの押入れの中にしまっていた大量のアダルトグッズを美咲が勝手に見つけてしまった時の話だ。あの時もオナホやらディルドやらのグッズに目を輝かせていたから、いつかこんなことを言い出すような気はしていた。
「あれ、先輩がエリちゃんとお付き合いしていた時に一緒に買ったものですよね?」
「そうだけど……」
「つまり、先輩は既に恋人と一緒にアダルトグッズを買って、使用するという過去の経験があるわけであって、私の申し出がダメということもないはず」
それを言われると弱い。っていうか、元カノの話持ち出すのズルだろ。あの子とは良いのに私とはダメなんだ、というやつだ。──美咲はそういうつもりで言ってるわけじゃないのはわかっているが。
「わかった! 行こう!」
というわけで半ば以上ヤケクソで美咲の申し出を受け、早速その足で、美咲が行きたがっていた古本屋に向かうことにした。俺も就職してから暫く経つが、未だ移動はもっぱら美咲の車だ。今回は美咲の運転だが、最近はじゃんけんで運転手を決めている。
「古本屋?」
「ウチのすぐ近くの国道沿いの本屋さんです。中古本とかゲームとか売ってるとこ」
「ああ、あそこか。微妙にアクセスが悪いから最近行ってないな」
あの店は国道沿いの一方通行道路に面しているので、一々どこかでUターンしないと行けないのだ。それに今のご時世、古本でも何でもネットで買い物ができる時代だ。古本屋に限らず、近くの馴染みの本屋はほとんど消えてしまったし、そうなってくると俺も本屋に通う頻度は少なくなり、本は大抵、ネットで注文するか電子書籍で読むのが大半である。
「で、なんでそこ?」
「今あそこ、店舗の半分以上が18禁コーナーなんですよ」
「そうなの?」
俺が最後にあの店に行ったのは、一年くらい前か。勿論、普通に18禁コーナーに向かう為の暖簾はあったけれど、その時にはそんなことはなかった筈だ。
「元々、古本屋でアダルトグッズを扱うのは当たり前ですし、何々書店と名乗っているアダルトショップは少なくないですからね」
「それも知らないけど……でもあの店は違くない?」
俺の場合は昔は主に、読み終わった漫画を売りに行ったり、その代わりに目についた本を買いに行ったりしていた。記憶では、18禁コーナーは店の隅にちょっとあっただけだ。
「行ってみればわかりますから」
と、言っているうちに目的の書店に到着し、美咲も慣れた様子で車を駐車場に入れた。車を降りて、書店入り口に向かう。特に店の様子は変わりないと思ったが、のぼりに“TENGAあります。”とデカデカと書かれた旗がはためいていた。俺はその旗を見上げ、眉を顰める。
「露骨……」
「私もこの旗が気になって入ったんですよね」
まあこれだけデカデカと、しかも複数のぼりが立てられていれば気にはなるわ。一応この辺、小学校の通学路でもあるんじゃなかった?
美咲の先導で店に入る。すると早速、18禁の文字が書かれた暖簾が入ってすぐ左にあったので面食らった。早すぎない? 流石に奥の方にあるんだと思ってたんだけど。美咲は躊躇うことなく、その暖簾を潜って先に進んだ。おい、ちょっとは躊躇え。恥を見せろ。俺はと言うと、実はこの暖簾を潜ったことは数えるくらいしかないのであり、しかも美咲と一緒に来ているというのもあり、妙に緊張してしまう。心臓の鼓動が高鳴っているのを感じる。
「先輩、どうしました? 行きましょ?」
暖簾の向こうから、美咲が顔だけこちらに出した。その格好もやめろよ、お前。俺は小さく深呼吸をして、大股で暖簾を潜った。
「お、おお」
暖簾を潜るや否や、目に入ってくるのはエロ漫画の平積みだった。すげぇ、こんなん大学の近くのアニメイトでしか見たことないわ。右を見ると、エロゲの棚。左を見ると、TENGAがまるで塔みたいに積み上げられているアダルトグッズコーナーがある。エロ漫画の平積みの向こうには、AVの棚が大量にあり、棚それぞれに妹物だとかハーレムだとか寝取られだとか、ジャンルの名称がスーパーの売り場みたいに天井から看板でぶら下げられている。確かにこれ、店の半分以上の区画は使ってるな……。あんまり広いから、俺たちが入ってきたのとは別のところにも入り口がある。俺が見たことのない光景に呆けていると、美咲は平積みされているエロ漫画のある本棚から、一冊の同人誌を抜き出して、楽しそうな面持ちで目を輝かせ、表紙を自分の顔の横に掲げて見せてきた。
「見てください、先輩。桔梗エリカのエロ本です!」
「……お前な」
俺は紡ぐ言葉を失い、左手で顔を覆った。確かに美咲の手にしている本の表紙には、桔梗エリカが赤面で裸になって、触手に絡まれている絵が描かれている。桔梗エリカの属するアットシグマは、ネット上では
「参考までにお聞きしますが、元カノのエロ本って先輩的にはどうですか?」
「聞くな。そしてあんま声に出してそういうことを言うな」
俺は目だけ動かして周りを見渡す。客の入りはあまり多くはないが、AV棚やアダルトグッズを物色している一人男性客が数人おり、こちらをチラチラと見ているのがわかる。美咲は、カップルでアダルトグッズを買うのは珍しいことではないと言っていたが、この店に関してはやはり男女で喋って商品を見ている客は目立ってしまうんじゃなかろうか。
「最近人気だし、そりゃあるだろ」
「先輩はエリちゃんのこういうの検索したりとかは?」
「ねえよ?」
しようとしたこともないわ。
「ではとりあえずこれは買いで」
「買うんかよ」
美咲は、いつの間にか腕に提げていた買物カゴに桔梗エリカの同人誌を入れた。美咲はまた平積みコーナーをじっくりと見始める。俺はソワソワしながら、さっき美咲が同人誌を引き抜いた辺りの棚から同人誌を一冊抜き出した。
「まあ、あるよな……」
俺が手に取ったのは、桔梗エリカと同じくアットシグマに所属している烏京すずめのエロ漫画だった。桔梗エリカとは、別れた後、出来るだけ距離を置くことにしているが、同グループの烏京すずめとは別に友人関係を続けている。烏京すずめは今、桔梗エリカと同棲しているので、彼女から間接的に元カノの話を聞くこともある。俺が手に取ったエロ漫画は、いわゆる陵辱系だった。烏京すずめはサバサバギャルのキャラで売っているので、特にこういうのに需要があるのかもしれない。
「買います?」
ぬ、と美咲が俺の肩越しに俺の手に持っている同人誌の表紙を見にきた。
「うわっ」
俺は咄嗟のことで声を上げる。その瞬間、他の客の視線が一斉にこちらに向くのがわかり、俺は思わずペコペコと頭を下げた。
「買わん」
「参考までに聞きますが、知り合いの……」
「だから聞くな」
正直、内容は気になるが、俺が彼女を題材にしているエロ本に興味があった事実を作りたくない。
「先輩は仕事で風俗嬢のえっちな写真は撮り慣れてるんですから、今更そう硬派ぶられても」
「本人から出してるものと、本人の許可なくでてる二次創作はまた別だろ……」
「でもアバターですし」
「俺の心の問題なのでこれはなしです」
俺はスッと烏京すずめのエロ漫画を元あった場所に戻したが、美咲がすぐにまた抜き取って買物カゴの中に入れた。結局お前が買うんかよ。
美咲は次に、アダルトグッズのコーナーに早足で向かった。近くに来て見ると、美咲と同じくらいの背丈まで積み上げられたTENGAの塔は圧巻で、正直少し面食らう。その塔の向こう側にある壁伝いの棚には、何種類ものオナホやらディルドやらが並んでおり、見るだけでなんか心臓がドキドキする。怖い。
「あ、これ私知ってるやつ」
美咲は棚の前でしゃがみ込み、棚の下の方にある女性用セルフプレジャーアイテムを手に取った。見た目はおしゃれなインテリアのようにも見え、知らなければアダルトグッズとは分からないと思う。
「先輩が私をほったらかしてた時に使った」
言い方ァァ!
「ちょっと懐かしいのでこれも買います」
さっきからカゴに商品を入れる仕草に躊躇がない。俺はあまり馴染みのない空間に、ずっとソワソワしてんだけど。店内のAVコーナーにはモニターが設置されていて、そこでサンプルとしてAVが流れており、店のどこにいても女性の嬌声が聞こえてくるものだから、それもあって気が気でない。お前、責任取ってくれるんだろうな、なんてことを口走りそうになって、俺は首をブンブンと横に振った。危ねえ。
「……あれ?」
首を振って、アダルトグッズコーナーから目線を離した先にいる、一人の客が目に入った。他の客の中では──俺たち程ではなかろうが──浮いている女性客だ。俺は人の顔を覚える能力には自信がある。あの顔は確実に知っている顔だ。
「どうしました?」
俺の様子に気がついて、美咲もしゃがんだまま、俺が見ている方向へと目線をズラす。それから俺の方を見上げた。
「知り合いです?」
「多分」
「私もちょっと見覚えある気がしますね」
「気のせいかもしれないし」
たとえ知り合いだったとしても、18禁コーナーで知り合いに声は掛けられたくないだろう。俺は美咲に倣ってアダルトグッズを物色しようとしたが、美咲はいきなり立ち上がる。
「おい──」
「すみませーん」
美咲はAV棚にいた女性客の方へと歩みを進めた。お前さあ、ホントそういうのやめた方が良いって。これでも昔よりは丸くなったのだが、まだまだ性根の部分は健在であり、美咲の行動には未だに頭を抱えることが多い。
「え、あれ? 先輩さん? ──と、えっと、ありさちゃん?」
女性客は驚いた顔で、目の前に来た美咲と俺とを見比べる。こうして正面から顔を見ると誰かすぐに分かった。俺が今でもカメラマンのバイトで顔を出しているリフレ店に昔在籍していた、優子さんだ。
「優子さん、ご無沙汰しています」
美咲の方も、彼女のことは覚えていたらしく、ペコリと頭を下げた。俺は溜息をついて、美咲と優子さんの元へと歩いた。
まだ優子さんがリフレに在籍する前、そのリフレと同じオーナーが経営していた見学店に、美咲もキャストとして在籍していたことがある。その頃に美咲も、キャストのありさとして、彼女と何度か顔を合わせて話をしたことがある筈だった。見学店というのは、マジックミラー越しに女性キャストが客に対して、服までは脱がない程度の性的なパフォーマンスを見せる店だ。大学生の頃、例によって美咲の引き起こすトラブルに巻き込まれる形で、俺はそこでカメラマン兼雑用係としてバイトをしており、その頃の知り合いは結構多い。
「あはは、びっくり。こんなところで奇遇ー」
優子さんは、明らかに挙動不審な様子できょろきょろと目線を動かしていた。そりゃそうなるよ。いくら仕事ではエロいことに慣れてるといっても、俺もあんまりこんなところで知り合いに声かけられたくないし。しょうこさんは、AVが並ぶ棚に背を向けて密着していた。彼女の、まるで何かを隠すかのような仕草に目を光らせる。美咲は興味のおもむくまま、優子さんの最後にある棚を見た。
「あ」
と、優子さんは、美咲の咄嗟の行動に短く声をあげる。優子さんの股の間から、美咲が一本のAVを抜き取っていた。俺も美咲の後ろから、その表紙を見る。
──ああ。
表紙に写っていたのは、今俺たちの目の前にいるのと同じ女性だった。胸から下半身までの肌を露わにして、パッケージの中で扇情的な表情をしている。
「なるほど」
美咲は納得するように首を縦に振ると、恥ずかしそうに顔を紅潮させる優子さんをよそに、そのパッケージを自分の持つ買物カゴの中に入れた。人の心とかないんか、お前。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます