5回目のおめでとう

ツチノコのお口

本文

 えっ

 

 言葉が漏れてから、凡そ1分。その間、一言も喋ることが出来なかった。動くことさえも、できなかった。

 身体中の神経がピリついている。目線は、どうしてもテレビ画面から話すことが出来なかった。

 

 テレビの画面は、宝くじの当選結果を発表している。

 『1等』と書かれたパネルには、間違いなく私の手元にある『それ』と同じ数列が並べられていた。

 当ててしまった……当ててしまった……!!!

 

「…………これで、5回目なのに!」


『当選者の方……いらっしゃるみたいですよ!!!』

『うおおお!!!本当ですか!?おめでとうございます!!!』

 

 やめて!!!こんな大金、どうしろっていうの!?


 †


 私は、宝くじで40億円ほどを稼いだ。

 一般人、年収240万、社会人2年目。何ひとつ特徴なんてない、平凡な人生……。

 そんなある日、私の会社で少し嫌なことがあって、それを忘れるために飲みまくった。その時ノリで買った1枚の紙切れが、私の人生を変えてしまったんだ……。


「ねぇ、道谷さん!最近顔色いいよね?なんかあった?」

「え?あー、まぁ、少しね〜」

 嘘だ。めちゃくちゃ嬉しいことがあった。これが、一回目の1等当選だ。

 7億円。到底信じられない額が銀行口座に記されていたときは、舞い踊りそうな気分だった。

 

『仕事、やめちゃう?』

 頭には過ぎったが、思い直した自分の判断は流石だった。

 1等当選者の周りには金目当ての虫が集まる、それを危惧して、なるべく金持ちアピールをしないようにしながら生活を送った。


「もしかして、人生ってちょろいのでは?」

 察知した私は、有り余る金の捌け口として宝くじを10枚くらい買った。「運良く、もっかい2~3等くらい当たらないかな〜?」みたいな、軽い気持ちで。


 

『おめでとうございまーす!!!』

 


 それから、当てては何枚か買い、全てが高額当選というルーティンが続いた。

 そう、今回が5回目のルーティンである。

 

「マズイマズイマズイマズイ……」

 マズイマズイマズイマズイマズイマズイ。

 何がマズイって、そろそろ同僚にバレそうなんだ。私が、超がつくほどの金持ちであることが。


「どうにか、どうにかして、金を消費しないと!」

 じゃあなんで宝くじ買ったのか……と聞かれれば、その通りですとしか言いようがない。けれど、一般人のような生活を心がける上で、唯一の安息が宝くじを買う時なんだ。

 その安息で、私は今自分の首を絞めているのだが……。


「金……捌け口……そういうアプリってなかったっけ?」

 そして、狂った私の行き着いた先は、『無意味すぎるアルバイトを雇う』だった。

『寄付しろよ!!!』そういう話ではないのだ。

 金は使いたい。でも、自分のために使いたい。何か自分の得になることをしたい。

 貧乏時代を経験した私の貧乏くさいところは、そう簡単には治らない。


 そこで、私の考えたことはこうだ。

『なんか、面白いことが提案できる人募集!報酬は高めにつきます!』

 芸能関係のベンチャー企業の募集みたいだが、そんな事はない。ただ、金がばら撒きたいだけの一般人の趣味だ。


「まぁ、こんなアホみたいな求人、誰も応募しな」

 来た。

 はやっ。

『大学生です!金に困ってます!スライディング土下座できます!』

 何を言っているんだこの人は。最高。

「100万はらいます」

 この文章で送信するか5分ほど迷ったのち、0をひとつ消すことにした。


 †

 

 

『失礼しますうううううううう!!!!!!』


 

 スライディングしながら土下座する大学生がそこに居た。

 

「あー、うん。おもしろいね、はい、報酬」

「ほんとにこれでいいんすか!?!?!?!?」

「うん、おもしろかったしー」

 嘘。勢いは凄かったけど、こう見るとたいしたこと無かった。

 スライディング土下座は、相手が悪いことをした上で成り立つものなんだな。ほんっっっっとうに将来一生使わない学びを得た。


「さーせん、なんか、こんなんで大金貰っちゃって……他になんかできる事ありますか?」

 大学生の彼は腰を下げながら聞いてきた。そりゃまぁ、怖いもんね……こんなんで10万とか……。

「そうだなぁ……SNSで拡散とかしてよ!こんなやばくて良さげな求人があるよ〜って!それだけでいいから」

「マジすか!?それだけで!?まぁ……はい、わかりゃした」


 この投稿が、後々バズることを一切考慮しなかった私が悪かった。


 †


「すいませんでしった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 すっごい綺麗なビブラートと共に、全ての楽器が音を奏で、「ジャーーン」というハーモニーが形成された。

 それと同時に、コンサートホールの中央ではスライディング土下座が繰り広げられる。

  

 なにこれ。それに、こんなアホなことに私が金を払っているということも衝撃な事実である。


『スライディング土下座するだけで金くれる、ヤバいバイト見つけた!』

 という投稿がバズりにバズり、『面白いことすれば金払う』という内容は、いつしかスライディング土下座専用バイトに変貌してしまったのだ。


 結果、コンサートホールを貸切にして、こんな豪華すぎるスライディング土下座をひとりで観覧させられる地獄を味わうこととなった。


「え、えーと、美しい……ですね?」

 なんと言えばいいのか、正解が分からなかった。


 そんなことより、楽器が気になる。コンサートどころか、リコーダーとピアノ以外の楽器と全く触れてこない人生だったから、主役の土下ザーよりも、楽器が気になった。

 

「すいません、せっかくですし、楽器とか間近で見させていただけますか?」

「構いません!いくらでもご鑑賞を!また、好きな時にスライディング土下座をさせますので」

「あ、それは結構ですー」


 金管楽器って、光るんだなー。初めて知った。

 音のなる部分はまるで鏡のように使えそう。


 穴に顔を突っ込むような形で、楽器鑑賞を楽しんでいた。


 ポーーーーーーー


 …………いま、何が起きた?

 

「すいません!!!まさか、この中に顔を突っ込んでいるなんて思わず、音を鳴らしてしまいました!少し、楽しませてあげようかと思って!大丈夫でしたか?」

 大丈夫……大丈夫なのか?たぶん、違う。

 右耳が、聞こえない。

 鼓膜が破れた。あ、そうだ。破れたんだ。謎の頭痛も、変な違和感も、鼓膜が破れたということなら説明がつく。


「…………いいね」

「…………いいね、とは?」

 つい、口から思考が漏れ出てしまった。

 私は、感動したのだ。

 世の中に、お金の使い方はふたつしかないと思っていた。

 自分を豊かにするために使うか、他人を豊かにするために使うか。

 しかし、今ここに、第3の使い方を発明したのだ!


 自分を苦しめる為に使う。


 金をわざわざ払って、自分を痛めつけてもらう。なんと幸せなことだ!!!


 ああ!!!なんと!!!

 なんと幸せなんだ!!!



 †



「君、クビだよ。何があったか知らないけど、使い物にならないよ」



 所持金はもう、そこを付いた。

 傷つけて貰うため、一度に何億とつぎ込みすぎた。

 けれど、私は今幸せだ。

 わざわざ金をばらまいて不幸な目にあう。今、まさにこの状況ではないか。

 お金は失ったが、私は本当の幸せを見つけたのだ。あぁ、宝くじよ、ありがとう!


「なんだこれ」

 片方は使い物にならない目で捉えたそれは、少しくしゃくしゃの宝くじだった。

 

『おめでとうございまーーーーす!』

 ビルに張り付いた、やたら大きなテレビの画面を見て、私は頭を抱えるしかなかった。

 あぁ……またか……。

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