非公開領域
姫路 りしゅう
第1話
「言わば、闇オークション!」
「闇鍋みたいに言うな」
両手を広げて堂々と宣言した
昨晩彼から「集まってくれ」と連絡を受けた僕たちは、その理由もわからないまま指定された貸会議室へ向かった。普段は黒田の家に集まることが多かったので、珍しいなと思いながら集まった僕たちに説明されたのは訳の分からないオリジナルの遊びだった。
てっきりいつものようにボードゲーム会でも行うのかと思っていたが、黒田は時々こういうことをする。
「だいたいそれ、成り立ってるんスか? もう一回ルールを教えてほしいッス」
いつメン五人組の中で唯一後輩の
黒田は柔らかい態度を崩さずに、「とりあえず具体的にやってみようか」と言いながらサラサラと紙に文字を書いて、裏向きにして伏せた。背面には大きく『商品』と書かれている。
「闇鍋みたいっていうキミたちのツッコミは的を射ている。今からみんなで競りをするんだけど、出品物は出品者以外知らないんだ。非公開領域のブラックを競り合うというのがこのゲームの肝になる部分」
「でもさ、何が出品されているかわかんないのに、金なんて出さないでしょ普通」
僕が口を挟むと、黒田は両手を下に向けて「まあやってみせるから見てろって」と言った。
「出品者は商品を用意したら、金額を宣言する。自分がそれにいくら出せるかの金額」
彼はゆっくりと息を吸い込んでから、宣言した。
「千円」
「……えーと、つまり黒田さんはその商品に千円なら出せるってことっスね?」
「とりあえず現段階ではね。これは競りだから当然金額は上がっていく可能性がある。金額の宣言後、時計回りで順番がキミたちに回る。ターン中にできることは、出品者に質問を一回行うことと、百円刻みでのレイズか、ドロップかの選択。質問はYES/NOで答えられるもののみ受け付けられる。そして提示された最新の金額より高い金額を宣言するか、競りから降りるかを選ぶ」
「……レイズする意味がないんだよな」
この後全員がドロップを選んだら、出品者の黒田が商品を千円で購入することになる――ということは、何も起きない。ただ黒田が黒田に千円を支払うだけだ。
ブラックの出品物に金を出すのも怖いし、誰もレイズしないだろう。
そう思っていたら黒田が追加のルールを提示した。
「当然のルールを言っておくんだけど、この闇オークション、購入するのは一番低い金額をつけた人間だから。欲しくなかったら一番低い金額をつけてはいけない」
「だったら、出品者以外が全員ドロップしたらどうなる?」
「ドロップ=0と判断するので、ドロップした人間の中からランダムに選ばれた一人に配布される。でもこのゲーム、初手ドロップはあまりお勧めしないよ」
「……どうして?」
「毎ターン質問が可能ということは、だんだん出品物が特定できるようになる。一度ドロップした人間はその競りには参加できないから、商品が何かわかってきた頃にはもう遅い。だったら初手はドロップしない方がいい」
「なんか詐欺師と相対してる気持ちになってきた」
白石が頭を抱えた。僕も同じ気持ちだ。だって、一度金額を宣言したら最悪買わなきゃいけないんでしょ?
「……
緑川が僕の名前を呼んだ。
「たぶん、俺わかったっス。赤坂さんはこのゲームを勘違いしてそうです」
「えぇ?」
「まずは黒田さん、ルールについての質問が二つあるっス」
緑川は相変わらずこめかみを指でトントン叩きながら黒田を鋭い目つきで見つめた。
「出品者が最低金額となった場合――つまり出品者が落札者になった場合、その金額は誰に支払われるんスか?」
「まず、出品者以外が落札した場合は当然出品者にその金額を支払う。そして出品者本人が落札した場合、その金額を等分して参加者に配布する。端数は、百円切り捨てにしよう」
「じゃあ今黒田さんが千円で落札したら、僕と赤坂さんと白石さんに三百円ずつ支払われる」
「その通り」
この部屋には僕と黒田、緑川と白石の四人がいた。
「ちなみに今日、
こういうゲームを一緒にやりがちないつメン五人のうち、青山だけが欠席だった。
「さあ、なんか用事じゃない?」
「黒田、昨日の夜青山と飲んでなかった?」
「うちで飲んでたけど、帰った後に集合かけたからね」
今朝僕が送ったグループLINEのメッセージは既読3だった。青山はまだ寝ているのだろう。
「質問がもう一つ、これは当然俺たちも出品者になれるんスよね?」
「チュートリアルをやった上で、このゲームが面白いと思ってくれたらもちろんやろう。これは例題だから、これを除いて一人一回ずつ親番をやろう」
それを聞いた緑川は満足げに微笑んだ。
「黒田さん――出品者に質問です」
「どうぞ」
「その出品物は、黒田さんが処分に困っているものですか?」
「YES!」
「レイズ、千百円」
「マジか」
「赤坂さん、これは出品物を買わなきゃいけないなんて甘いゲームじゃないっす。いらないものを押し付け合う、誰かに買わせるゲームなんスよ!」
状況がいまいち飲み込めないままターンが回ってきた。
レイズするとしたら千二百円。千二百円もあったら漫画が二冊買える。得体の知れないものに宣言するのはバカらしい。
もしこのまま僕と白石がドロップしたら、僕か白石がランダムにモノを受け取ることになる。
そしてそれは、黒田が処分に困っているものだ。
だったら聞くことはひとつか。
僕は人差し指を立てて唇にあてる。考えるときのルーティーンポーズ。
「……質問。それは、処分するのにお金がかかるものですか?」
「ふふ、やっぱり緑川も赤坂も頭がいい。答えは、YESだよ」
「レイズ、千五百円」
少し上乗せをして即答をした。
大学生が保有する、処分するのにお金がかかるもの。
黒田が出品したもの、それは恐らく粗大ゴミだ。
うちの市は粗大ゴミの回収にお金がかかる。
小さいものだったら数百円程度だが、タンスや冷蔵庫などの大きいものだと千五百円から三千円くらいかかった記憶がある。
つまり、ドロップして二分の一の確率で商品を受け取ってしまった場合、不要な家具が増える上に、処分するなら二千円程度の負債を背負ってしまう。
処分する手間賃も考えると、最悪千五百円くらいまでなら出せる。というかここが限界金額。
僕のその意図を察したのか、次のターンプレイヤーである白石は苦虫を噛み潰したような顔で「ちょっと考えさせてくれ」と言った。
「質問。それは電化製品か?」
「NOだね」
「……赤坂の千五百円、マジでめんどくせえところついてきやがって。しゃーない。レイズで千六百円だ」
白石がそう言うと、出品者の黒田は手を叩いて笑った。
「呑み込みが早くて助かる。これはチュートリアルだし、さすがにチュートリアルでゴミを押し付けるのも悪い。俺はここでドロップするよ」
いや絶対黒田の野郎、僕たちが考え無しにドロップしていたら押し付けていただろう。
僕たちはもう数年の付き合いになるし、何百、何千とボードゲームなどの頭脳ゲームに興じてきたので、彼の頭の中は大体読めていた。
黒田は時々こういう突拍子もないゲームを思いついて、僕たちはそれに突然巻き込まれる。
でも僕たちは、彼がゲームにはフェアであることと、彼の発言全部に意味があって、きちんと考えれば理不尽なことはひとつもないことを知っていた。
そして何より彼と遊ぶのは楽しいということをわかっていた。
僕たちはみんな、考えることが大好きで、いかなる時でも考え続けることが僕たちの共通点だった。
だから今日もこうして集まっている。
緑川が口を開いた。
「最低金額を提示した人がドロップをしたということは、俺たちがこれ以上レイズすることに意味はないっスよね? ドロップします」
全員がドロップをして競りが終わると、現在最低金額を提示している黒田が千円で商品を購入することになる。
黒田が購入することは確定しているため、僕たちがこれ以上金額を釣り上げることに意味はない。
「僕もドロップで」
「俺も」
「了解した。これで全員がドロップしたので競りは終了! 商品が開示されて支払いに入る。今回の落札者は俺で、商品はこちら」
黒田が伏せられた紙をオープンにする。
『本棚付きテレビ台(ジャンク品)』
「どさくさに紛れてそんなの押し付けようとするな!」
思わず叫んだ。
「ははっ、まあキミたちの頭の回転が速くて良かった。出品者が落札した場合、この千円を三分割してキミたちに配る。ほれ。施しじゃ」
「うざ」
三百円を受け取ってポケットにしまう。
「じゃあそんなわけで闇オークションをやっていきたいんだけど、キミたちは出品したいものあるかな? 急に振って悪いね」
黒田が振ると、緑川が早速手をあげた。
「いいっスか?」
「はやいね」
緑川と黒田が席を交代し、全員が緑川と向き合う就活の面接のような形になる。彼はさらさらと紙に文字を書いて、それを伏せた。
「じゃあまずは小手調べに……500円から!」
順番は黒田、僕、白石。
「じゃあ質問。それはメルカリとかで売ったら値打ちがつくものか?」
「……ルール作っただけあって鋭い質問っスね、黒田さん。NOっス。誰も買わないんじゃないかなさすがに。変な需要はあるかもしれないっスけど」
「ふむ。まあ俺はさっき損してるから手堅くいこうかな、六百円」
「チキンがよぉ!」
僕は黒田に雑な煽りをかましてからターンを貰う。
「それは処分するのに何らかの手続きがかかるものか?」
「う~ん、手続きはかからないっスよ」
「だったらなんか別に貰ってもいい気がするな……」
「じゃあ赤坂さんドロップします?」
「そうは言うてない! 七百円ッ!」
「お前も大概チキンじゃねえか」
白石が突っ込んでから、口元を片手で覆う。彼が本気で考えるときの思考ポーズだ。
「捨てるのに手続きはいらないのに闇オークションへ出品した。緑川にとっていらないものだってことだ。でも捨てていない。つまり、捨てることに何か心理的なハードルがある。俺にとってそれはなんだ。……冷蔵庫の中の、半年放置した牛乳パック」
「きたねぇ」
「あとは……」
じっくり十五秒。白石が首をぐるりと回してから質問をした。
「それは、貰い物か?」
「…………この卓、マジで嫌っスね。YES。貰いものっスよ」
「正直者は好きだぜ、二千円」
白石が一気に金額を釣り上げて、緑川が苦い顔をした。
これで質問が一巡したことになり、二周目に入る。
「じゃあ出品者の俺のターンっス。俺は俺に質問する必要はないですよね?」
「ああ、出品者はレイズかドロップだけ言えばいい」
「ふむん。ここで俺がドロップを宣言したら、一番低い金額を提示している俺が買い戻さなきゃいけないっスね。でも俺はこれをできれば手放したい。じゃあレイズするか? でも二千百円って宣言したら、みんなに足元を見られて金額をもっと吊り上げられる可能性があって、お金を配った上で出品物が返ってくる。ううん。なんだこれ。クソゲーには違いないのに、絶妙にゲーム性あるじゃないっスか」
それを聞いて黒田が満足げに頷いた。
数分考えこんだ結果、緑川は「二千五百円」と絞り出した。
「ま、この緑川の表情が見られただけで十分とするか。俺はドロップするよ。六百円で落札で」
黒田が財布から六百円を出して緑川に渡した。
緑川のオープンした紙には『元カノから貰った手紙』と書かれていた。
僕たちは意外と繊細な緑川の一面を知って、爆笑した。
「でもさ黒田。これ、例えば誰かが『五万!』とか言い出した瞬間にゲーム性が崩壊しないか?」
「するよ? するけど、キミたちはそういうのをしないやつらだから提案したんだよ。何年も一緒にいるんだ、それくらいはわかる。事実まだしてない。白石の二千円も、最悪払う覚悟あっただろ」
「もちろん」
「まあ、それはそうだね」
この後、僕は『ブックオフで買った後に中身がパリパリしてたことに気づいてそれ以来袋から一度も出していないエロ漫画』を、白石は『実家から送られてきたけど数か月開けてないみかんの段ボール』を出品した。
質問も競りも大いに盛り上がり、渋い顔をする落札者を見て僕たちはゲラゲラ笑った。
しかし、最後のゲームで唐突にそれは起こった。
最後のゲームの出品者であり、主催である黒田の一言で、場の雰囲気が一変する。
彼は出品物を書いた紙を伏せて、鞄から分厚い封筒を取り出した。
中から溢れたのは封筒と同じ色の紙束。
「……それは……札束?」
黒田は数秒間目を閉じて、ゆっくりと目を開いた。
「最後の出品。開始金額は、百万」
「――は?」
「本気度を示すために、ここに現金百万ある。キミたちの支払いは即金じゃなくても構わない」
状況が飲み込めないまま、黒田は僕たち一人ずつとゆっくり目を合わせた。
「競りを開始する」
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