File.2 怪異と玄次の力
首に巻き付く物体は、冷たくも熱くもなく。かといって俺の体温と同じ温度でもない、なんとも不可思議な感覚だった。苦しくも痛くも無いのだが、心地よくはないし、気持ち悪くもない。要は今までに感じたことがない感覚だ。
眼の前に仁王立ちしている迫田の異常な様子が視界に入る。背後から縄状の物体を生やしている、ねぇちゃんも異常だが、一応人間に見える。
迫田はもはや人間と言うより獣人というか、憑かれて正気を失っているとしか形容できない。
「コロ殺すスス、食うぅ、ムサ
「玄次! そのまま動くなよ」
「え? あんた、俺の名前知ってるのか?」
女はもう一方の手から数本の黒い縄を出すと、迫田に巻き付き動きを取れないように捕縛した。
黒い靄を吹き出し続ける迫田を引きずり、俺の方へと近づける。
「おい、何しやがる。やめ――」
「うるさい、玄次! 右手でそいつの頭を掴みな!」
「何言ってやがんだ! 嫌だってんだよ。きもち
「いいから早く。死ぬわよ!」
どうにでもなりやがれ。
迫田の頭をめがけて右手を伸ばしがっしりと掴む。
視界に映る俺の腕は、自分の腕とは思えないほど禍々しい完全な黒色。
その様は迫田から吹き出る靄より遥かに濃い黒色で光を微塵も反射していない。
断言する。世界で一番黒いと言っても過言でない。
一体どうしちまったんだ、俺の腕は……。
「よし。いいぞ。そのまま剥ぎ取れ!」俺は命令通りに、掴んだ頭を壁紙を剥がすように力いっぱい
人間らしい人相の迫田がズルっと顔を出し、俺の手には彼を覆っていた黒い物体が纏わりついている。
瞬間――。
꧁◇◇◇◇◆◇◇◇◇꧂
暗い――。いや、明るいのか。
わからない。とにかく今までいた場所ではない何処かに場面が切り替わったような、そんな感覚だ。
『陽一。陽一……』
「陽一! パパ、またしばらくお仕事で帰れないから。ほら! ハグだ!」
「パパ、おヒゲがジョリジョリするー」
「ははは。そのうち陽一にもおヒゲが生えてくるんだぞー」
「えー。ヤダぁ」
「パパがお仕事に行ってる間、ママと仲良くしてるんだぞ」
「はーい。次はいつ帰ってくる?」
「3日後の陽一のお誕生日に帰ってくるぞ。プレゼントを持ってな」
「やったー。やすそく、やすそく」
「ああ。約束だ」
――これは、誰だ? 陽一……迫田。小さい頃の迫田か?
場面が切替わり、夜中の高速道路を走るトラックの中。
助手席には包装したプレゼントが置いてある。
東京まで650kmと表示されるナビ。
――迫田の父親は長距離トラックの運転手だったのか。
トラックが直線が続く区間に入ってしばらく時間が経つ。
社内のエアコンが暑い。
運転席側の窓を開けると、目が覚めるような冷たい風が車内に吹き込む。
――寒っ。冬なのか。マジで寒いぞ……現実か?
車の窓が閉まると、迫田の父親はラジオを流す。
「『あっという間に年末、2010年も終わっちゃうんですねぇ。
それにしてもね! クリスマスを過ぎた瞬間ですよ。
一気に正月ムードって言うのでしょうか。
最近までロマンチックな雰囲気だった街並みがですよ?
いきなり正月の雰囲気なんかだしちゃってね』」
陽気なラジオパーソナリティの一人語りが流れてくる。
――2013年? 12年前じゃねぇか!
――というか、なんだか暑いな。エアコン効き過ぎだな。
虚ろな目で前方を見つめる迫田の父親の首がこくりこくりとしている。
――眠いのか! あぶねぇぞ。おい、おっさん!
迫田の父親遂には目を閉じてしまった。
――おい! 起きろ! おっさん! マジであぶねえぞ!
ガジャーーン。
トラックは中央分離帯にぶつかり、反動で左車線の壁に横転しながら激突した。
トラックの中には頭から血を流している迫田の父親がいる。
意識はない。
横転したトラックを見つめる迫田の父親がいた。
脇には包装されたプレゼントを抱えている。
――え? 父親が2人いる。こっちは幽霊……か?
場面が切り替わる。
迫田の家には、喪服を着た母親。訪問客は父親の遺影と棺桶を見つめ手を合わせている。
涙を流す母親。幼い迫田は父親の死を理解していないのか、部屋の中を走り回っていた。
その様子を見つめる幽霊になった父親の優しい目には涙が浮かんでいる。
葬儀が終わり、迫田と母親は布団を並べて寝ている。
父親は寝ている迫田の横に座り、寝顔を見つめている。
しばらく見つめた後、脇に抱えていたプレゼントを枕元へと置いた。
『陽一、約束だ。帰ってきたぞ
陽一……欲しがっていたトラックのおもちゃだ
陽一……すまんなぁ
陽一、お前の欲しいものを、もっとあげたかったんだけどなぁ
陽一、お前のやりたいことを、もっと叶えてやりたかったんだけどなぁ』
そう言うとプレゼントと父親は真っ黒な靄となって迫田の体の中へと入っていく。
『ようイち……おま、オマおま……エノ望みはパパが叶えカナエてヤル』
꧁◇◇◇◇◆◇◇◇◇꧂
俺は空き地に立っていた。
迫田は気を失って、前のめりに倒れている。
何だったんだ。今の映像? は……
頬が冷たい。俺は自分の顔を手で触って確かめる。
「涙……?」
俺、めちゃくちゃ泣いてるじゃねぇか。迫田の父親の感情が流れ込んできたのか……
「コイツに憑いてた怪異は、コイツの父親だったみたいね」
黒い縄で俺と迫田のを縛っていたねぇちゃんが呟く。
「って、誰なんだよお前! 説明しろ」
意味がわからねぇ。急に出てきて訳の分からねぇ超常現象をぶちかましやがって。
「玄次! ついて来な。めんどくさいけど説明してあげるから」
謎のねぇちゃんは駅に向かって走り出す。
「ちょ、まってくれよ、走るの
俺は走って彼女を追いかけた。
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