カラスの祓い屋〜爺さんのシワシワな腕と目を移植された高校生は巨乳女子大生と怪異を退治する〜

いぬがみとうま

File.1 怪異と女子大生

 都内。とあるマンションの一室に、不動産業者らしき中年の男と女子大生が入っていく。ドアを開けた風圧が、女子大生の長い栗色の髪を揺らし、天使の輪のような艶がきらめく。


「うん。この部屋の隅に居ますね」

「やっぱり。加茂かもさん、これって、本当にはらえるのでしょうか?」

「ええ。ただ、ちょっと強力な霊なので……。二十六万円で」

「え、見積もりの倍の金額じゃないですか! さすがに暴利じゃ……」

「この部屋の家賃の二ヶ月分。二ヶ月以上入居者が居ないよりマシですよね?」

「え、ええ。ではお願いします」

 

 不動産屋とはらの相性は良い。心霊現象が頻繁に起きる物件は半年と経たずに引っ越す居住者が多い。それが続くと「あのマンションには幽霊が出る」という噂が出始めて、幽霊マンションのレッテルを貼られる。オーナーから一括借上げで管理を請け負っている不動産屋からしたら、大きな痛手なのだ。だから、足元を見ることができる。相性が良いというのはこういう事だ。


 加茂が祓いの態勢に入る。胸に右手を当てると、黒いもやが湧いてくる。それは、霊感の無い不動産業者には見ていないようだ。黒い靄は毒々しいうごめき方で数本の縄に姿を変えて、幽霊が居るという場所に絡みつく。数分――。


「終わりました」

「え? もう? 本当にもう終わったんですか?」

「ええ、再発したら全額返金しますよ」

「ならば良いのですが……。こちら謝礼です」


「また怪異が現れましたら『祓い屋〝カラス〟』へご連絡を。毎度」


 ◇◆◇


 俺の通っている八王子学院高等学校は、生徒数1500名を超えるマンモス校だ。俺みたいなヤツはその他大勢の一人に過ぎない。はずだった。


 一年前の交通事故で右手と右目を失った俺には、一緒に事故に遭って亡くなった爺ちゃんの腕と目を移植された。

 一年近く入院とリハビリを続け、ようやく二学期から高校へ復帰したわけだ。腕が千切れるほどの重体から復帰した留年生。右腕が皺々しわしわで、左右の目の色が違うオッドアイになって帰ってきた留年生の噂は、学校中に広まる。

 

 しかし、俺に話しかける友人は居ない。

 高校に入学してすぐ、友達ができる前に事故ったからな。そりゃぁ友達なんていない。

 ましてや同じクラスの奴らからすると一つ年上だ。余計友達もできない。ってことは彼女もできないんじゃねぇ?


「がぁぁ! 俺の甘くて淡い高校生活が終わっちまったぁぁ」

 俺の心の声は実際の声となって教室に響き渡り、注目を浴びる。


 「うるせぇな、先輩よぉ。年上だからって調子乗るんじゃねぇよ」

 クラスメイトの活発な男の子。名前はまだ知らない。うん、実に活発な子だ。

 

「あ、ごめん。つい心の声が漏れてた」

 君子危うきに近寄らず。こうなったらこれ以上目立たないようにボッチモードONだ。

 

「うーわっ! なんだよ、その右手! キモっ! 皆見てみろよ」

「事故でちょん切れちまってさ。こいつぁ爺ちゃんの腕を移植したんだ」

「老人腕だ、しわしわ腕だ。老害先輩って呼んでいいすか?」

 なんだ? この茶髪のヤンキー君は、ぶっちめてやろうかな。いいやダメだ。せっかく復学したってのに、すぐ退学になっちまう。そうだ、こういう時は六秒間数えると怒りが収まるんだよな。アンガーマネジメントだっけ?


 ――1、2、3、4、5、6……ぶっ飛ばす!


 まず立ち上ってから、眼の前のコイツに左の鉤突かぎづき一発。そう頭の中でシミュレーションし終える。うん、コイツ程度なら一発だ。こちとら七歳から鬼のように強い爺ちゃんに鍛えられてきたんだ。

 俺が立ち上がり、きょの気配から鉤突きを繰り出そうとした瞬間――。


迫田さこだ陽一くん! やめなさいよ」


 強い語気だが可愛らしい声の主に視線をやる。華奢きゃしゃで清楚系、メガネを掛けた真面目な雰囲気の女子が俺の眼の前に居る迫田というヤンキー君を睨んでいる。

 

 か、可愛いじゃぁねぇか! 俺のド真ん中のタイプ!


 この華奢な天使の加護なのであろう。俺の憤怒は、スンと鎮まる。

 ガラガラッ――

 ドアが音を立てて開く。担任の先生が入ってくると、クラスメイトたちが席に付いた。

 迫田も俺を睨みながら自分の席へと戻っていく。

 その時――。彼の肩から黒いもやが立ちのぼっているのが見えた。


 なんだあの黒い湯気? いや、靄みたいなヤツぁ?



 放課後、駅に向かう道を一人歩いていると、背後から声を掛けられる。この、耳にまとわりつくねちっこいこの声は迫田だ。


「おーい、老害先輩ー。ちょっと待てよ」

 なんだか、ちょっと目がイッちゃってるな。大丈夫か? 変なお薬とかやってねぇだろうな。

 

「なんだよ。中坊上がりがやろうってのか?」

「へっ、病院上がりに言われたくねぇよ。ツラ貸せよ」

「ったく、しょうがねぇやっこさんだぜ」


 人気ひとけの無い小さな空き地へと誘導され対峙する。教室で見えた黒い靄は量を増して迫田の体から放出されている。


「さっきから気になってたんだけどよぉ。お前の、その靄みてぇな黒いのって何?」

「何、理由わけのわから……わから……ワカラナイコトヲ」

「だ、大丈夫か? 体調悪いのか? 糞が出そうなのか?」

「うる、ウルセ、ウルル、コロ、こ、コロして、シシシてや……るrrr」


 迫田はいきり立って俺に向かって来る。大きく振りかぶった拳を避けるのは難しいことではない。十年近く爺ちゃんに古武術を叩き込まれた俺だ。

 迫田の拳はくうを切る。その拳をくぐり迫田の脇腹に、左の鉤突きを叩き込む。「手応えあり」悶絶必至の攻撃だぜ。ぶっ倒れてろ!


「迫田。これに懲りたら俺にはもう関わらないよう――」

「殺すスすス。オ前まえマエを、コロコロこ……するすrr」

「な、なんなんだ一体、なんであれをモロに喰らって立っていられる? それに、黒いヤツが……」


 迫田は体中から黒い靄を噴射し、常人では無いほどのヨダレを垂らしながらズルズルと俺の方向へ歩み寄る。

 そのとき――。

 俺の首を、黒くうごめく縄のようなものが巻き付いた。その縄は背後から飛んで来たようだが……。

 咄嗟とっさに振り向くと、その黒い縄は女子大生くらいの女の手に繋がっていた。


「へぇ、驚いた。こんなにはっきり見えるんだ。には」

「なっ!」

 なにを言ってやがるんだ? このねぇちゃんは。


 敵なのか? たしかにワケのわからない物体で俺の首を締めているのだから、敵だろうな……。

 表情も。怖い。絶対に敵に違いない。


 まったくどういう状況なんだかわからない。

 黒い靄を体から出すクラスメイト、手から黒い縄をねぇちゃん。

 もしかして、これって……ヤバい状況なのだろうか……。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月27日 19:04
2024年12月28日 19:04
2024年12月29日 19:04

カラスの祓い屋〜爺さんのシワシワな腕と目を移植された高校生は巨乳女子大生と怪異を退治する〜 いぬがみとうま @tomainugami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画