第5話 間抜けな魔物と優しいお爺さん
「次はハッピーな気持ちで町を出たいものですぞ」
間抜けな魔物は苦言を吐く。
先日の兎族の一件で気分が晴れないようだ。
「疲れたですぞ、トーマ、椅子」
僕は無視して先に進んだ。
「待つですぞー!ごめんですぞー!もう椅子になれなんて言わないですぞー」
何させようとしてたの?
異世界転移してコイツと出会ってから数々の町を旅している。
せっかく違う世界に来たのだから死ぬまでに出来るだけ多くの世界を見たいんだ。
このポメヤも世界を見たいらしい、なんだかんだで悪いヤツではない、一人旅より楽しいだろう。
「おーいですぞー!待てよ椅子ー!」
置いて行っても良いかも知れない…
「今日も野宿だ、いつも通りに薪を拾ってきてくれ」
「はーいですぞー」
コイツ薪拾うのだけ妙に早いんだよな。
僕は簡易キャンプを立てて晩御飯の準備をする、ポメヤ遅いな、少し眠くなってきた、少し横になろう。
バシッ!
「起きろよー起きるですぞー!睡眠不足か?許可は取ったのかー!」
結構な力で叩かれた、いや寝てたのは申し訳ないが結構な力で叩くと結構痛いだろ。
「さっさと火をつけるですぞ!馬鹿だね君は!」
少し寝ただけじゃないか、大義名分あれば家とか燃やしていいと思う人?
晩御飯が終わりキャンプで休む、ポメヤは焚き火の前でお気に入りのジュースを飲んで空を眺めていた。
「もう何年たったかも分からないですぞ…」
【数十年前】
小さな魔物の村、綺麗な森に囲まれて穏やかな時間が流れる村だった。
小さな魔物はそこで生まれ育ち、家族と幸せに暮らす一般的な魔物。
今日はアナタの好きなシチューよと言われ、上機嫌な小さな魔物は急いで薪を取りに行った。
遠くの森まで走り、夕方過ぎに村に帰ると
村は人間に占拠されていた。
仲間の死骸は広場に積まれ、父と母の姿もそこにあった。
人間はなんの躊躇いもなく火を放つ、小さな魔物は怯えて動く事が出来なかった。
ただただ、泣きながら家族が灰になっていくのを見ていた。
怒りの感情よりも恐怖の方が大きかった、なぜこんな事ができる、なぜ笑っている、悪魔とはアイツらの事だ。
ただただ怯えるしかできない、気がついた時には背を向けて走り出していた。
この村は国同士の丁度中間の位置にあった、整備され、木々に囲まれた村は中間地点として制圧された。
それだけの事だった。
小さな魔物は一瞬にして家族と家を失った。
食べ物も無く、数日アテもなく彷徨った。
限界だ、お腹が空いてもうダメだと思った時に、良い香りが鼻腔をくすぐった。
フラフラと匂いのする方に歩いて行き、美味しそうなシチューを見つけた。
シチューの隣には眠っている老人、あのくらい老いた人間なら自分でもどうにかなる。
魔物はそう思いシチューを食べ始めた。
美味しい、空腹というのもあるが、こんな美味しい料理は初めてだ。
そういえば父はあまり母の料理を褒めた事がない、愛情だけは人一倍、しかし料理の腕はサッパリだったのか…
母の料理をしている姿を思い出し、また大粒の涙が流れた。
「そんなに美味しかったのかい?嬉しいね」
料理に夢中になり老人が起きているのに気が付かなかった。
小さな魔物は距離を取り、老人を見つめる。
「怯えるなよ、こんな老人に怯える魔物なんていないよ」
小さな魔物は大きな口を開いた。
「人間は信用できない、お前らは笑いながら僕の家族に火を付けた悪魔だ」
「辛い事があったんだね、人間なんて信用するもんじゃない、しかし悪い人もいるが良い人もいるんだ、魔物だってそうじゃないか」
小さな魔物は過去に村を乗っ取ろうとした同族を思い出した。アイツは悪いヤツだった。しかし同族だった。
「お前が良い人か悪い人かなんて分からないだろ」
「俺は良い人でも悪い人でもないよ、ただの爺さんだ、気に食わないなら殺すと良い、どうせ長くはないんだ、少し会話に付き合ってくれたら明日もシチューを作ってやろう。」
小さい魔物は幼い、そして孤独にはもう耐えられなかった。
こうして話を聞く代わりに食料を手に入れた。
火を囲んで沢山喋った。
若くして奥さんに先立たれて旅に出た事。
ハイエルフの国でぼったくられた事。
ピクシーの町で飲んだ蜂蜜酒が美味しかった事。
魔物の国で食べられそうになった事。
人魚の町で溺死しかけた事。
小さな村から出た事のない魔物にとってそれは夢物語のようで夢中で聞いた。
「それからどうなったの!?」
話は明け方まで続き、気がつくと一人と一匹は眠っていた。
小さな魔物は美味しそうな匂いで目を覚ました。
「起きたか?腹減ってるだろ、まず食え」
大きなウインナーと香ばしい匂いのするパン、ご馳走だ。
小さな魔物は口いっぱい頬張り、お腹いっぱいになるまで食べ続けた。
老人はその様子をニコニコと眺めていた。
「昨日の話の続き聞かせてよ!巨人の町で死にかけた話!」
「お前死にかけた話好きだなぁ…また夜に話してやるから今日は仕事に一緒に行こう、ただ物を売るだけさ、夕方には終わるよ。」
小さな魔物は少し暗い顔をしたが、物を売るという事が初めてだった為、興味本位でついて行く事にした。
老人の後をトコトコと歩く、歩幅は違えど荷車を引いた老人の速度くらいならどうにか付いていける。
数時間歩いてケットシーの村に到着した。
門をくぐるとすぐに開店準備、布を広げて商品を並べていく。
銀食器、干し肉、高そうな皿、風景画、画材など統一感のない商品だ。
しかし飛ぶように売れる、小さな魔物も初めての経験で気分が上がり、
安いよー買った方がいいよーと見よう見まねで客引きをしていた。
客に商品についての質問をされた老人は、
「これはドワーフの作ったハンマーですぞ。次にいつ仕入れられるか分からないから今買わないといつ買えるか分からないですぞ。カッカッカ」
と聞いたことの無いような言葉遣いで喋っている。
「その変な喋り方なんなの?」
「こうやって喋ると威厳があるように見えるのさ」
「へー、威厳って分からないけどやめた方がいいよ、なんか変だし」
老人は笑っていた。
数時間して商品は完売し、老人と町の市場で食料を調達する。
小さな魔物が食べたいと言った物は全て買ってくれた。
「僕も頑張ったからね!」
小さな魔物は自信満々に言う。
「そうだな、これはご褒美だな」
宿屋に泊まるのは勿体無いからと町の外で野宿をした。
買って貰った食材を食べて小さな魔物はご満悦だ。この後は楽しみにしていた旅の話もある。
絶望していた魔物はもうすこし生きていたいと思ったのだ。
ふと小さな魔物は老人の首にかかっているネックレスが気になった。それは何かと聞くとなんでも無いさと笑って答えたが小さな魔物は気になって仕方がなかった。
夜も更けてまた気が付かないうちに眠ってしまい、美味しそうな匂いで目を覚ます。
そしてまた別の町へ行き、仕入れと販売を繰り返す。
数年の月日が過ぎ、しだいに老人は休む事が多くなった。
荷車は小さい魔物が押してあげないと進まない。
夜も早く寝るようになり、冒険の話も聞けなくなった。
朝は小さい魔物がご飯を作り、消化に良い物を老人に食べさせる。
「爺さんは元気が足りないよ!もっと食えばいいのに」
小さい魔物も他人行儀ではなくなっていた。本当の家族だと思っていたくらいだ。
「今日は僕が仕事行ってくるから休んでていいよ!しょうがない爺さんだ!」
老人は幸せそうに笑っていた。
仕事から帰ると老人はペンダントを眺めて小さい魔物に気がつくとそれを胸に戻した。
「今日もいっぱい売れたから美味しいモノ買ってきたよ!明日は一緒に仕事に行こうね!」
「そうだなぁ、明日はきっと行けると思うよ」
「薪が無いから取ってくる!今日はシチューだから多めに取ってくるね!」
そういうと小さい魔物は森に出かけた。きっとシチューを食べたら元気になる、だって自分もあの時元気になったんだから。
時間はかかったが薪は集まった。
老人の元に帰ると老人は倒れていた…様子がおかしい、肩で息をして苦しそうだ。
小さな魔物はすぐに寝かせて水を飲ませたが老人は吐き出してしまった。
「もう私は長くない、最後に迷惑をかけてしまったね…すまないね…。」
小さな魔物は泣きながら老人を揺さぶった。
「まだ冒険の話全部聞いてない!まだ明日の仕事一緒に行く約束だってあるよ!」
その時老人の胸のペンダントが落ちて、開いた。
綺麗な女人と可愛らしい女の子
小さな魔物は奥さんの話は聞いた事があるが子供の事なんて聞いた事がない。
老人は最後だからと小さな声で話し始めた。
老人は若い頃行商人をやっていた、途中立ち寄った村娘に一目惚れし、その村に通い詰めてついに結婚してもらった。
子供も産まれ、家族で行商をしながら世界の国や町を巡るのはとても幸せだった。
途中で魔物に妻と子供を食い殺されるまでは…
ある日前の町での仕事が遅くなってしまい、日暮れまでに次の町へ行くことができなかった。
川の近くでキャンプを張り、奥さんと娘はシチューを一緒に作っている。
そんな光景を微笑ましく見守り、娘が手を振ってきたので笑いながら手を振り返した瞬間。
娘は魔物の爪で貫かれた。
一瞬の出来事で混乱し、ハっと我に返って妻の方に目をやると…
妻は既にそこにはおらず、巨大な狼の口から妻の足がぶら下がっていた。
私は逃げ出した、現実かも分からず、夢であれと叫び、ただただ森の中を走り続けた。
気がつくと朝になっており、錯乱状態の私はたまたま通りかかった馬車に救助されたんだ。
それから数ヶ月して旅に出た、行商人として日銭を稼ぎながら
特に理由も目的も無かったんだ、ただ家族の犠牲の上にあるこの命を捨てる勇気も無かった。
そして何かしていないと頭がおかしくなりそうだったんだ。
そして色んな町を見てきた、差別がある町、奴隷がいる国、魔物を兵器として飼っている国なんてのもあった。
しかしお前に話した、素晴らしい国や街もいっぱいあったんだ。
魔物は憎いが人間だって魔物を無慈悲に殺したりもするだろ?
同じなんだ、善もあれば悪もいるだけ、それだけさ
「僕も魔物だよ…憎くないの?魔物に家族を殺されたんでしょ?」
「お前は可愛い俺の息子だ、お前は憎くないのか?人間に家族を殺されたんだろ?」
「爺さんは家族だよ、憎いわけないよ」
「それは…お互い様だよ…」
「僕1人になっちゃうよ!」
「ならないさ、多くの世界を回れ、色んな出会いがあるさ、俺が見れなかった世界も代わりに見て今度はお前の冒険の話が聞きたいな…」
老人は眠るように息を引き取った。
小さな魔物は大粒の涙を流しながら、大きな声を出しながら、ただただ泣いた。
魔物に家族を殺されても魔物を家族として愛してくれた、ただただ感謝で涙が止まらない。
「僕は世界を見るよ、爺さんみたいな威厳のある男になるよ、だから…ゆっくり…ゆっくりと眠るんですぞ!冒険の話楽しみにしておくですぞ!」
老人を埋葬し、墓石にははとびきり綺麗な石を使った。
いつか戻ってきた時に沢山話ができるように爺さんがいつも座っていた椅子を横に置いて、僕は旅に出た。
そして数十年の時が経ち、森の中で見慣れない服装の男が倒れているのを発見するのであった。
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