第42話 久しぶり?

「……なんだか、長くなってしまったかしら?」


 書きたいことが多くて、手紙は便箋5枚分になってしまった。

 これでもいろいろと削ったつもりなのに、と軽く溜息を吐く。


 書いているのはもちろん、ベルンハルトへ宛てた手紙だ。

 ベルンハルトが出発してから、ちょうど一週間が経った。


 北方にいるベルンハルトへ手紙を送ることはできるが、かなり費用がかかる。危険な場所へ手紙を届けさせるのだから当たり前である。

 それに、仕事のために北方へ行ったベルンハルトの時間をやたらと奪うわけにはいかない。


 だから、送る回数があまり多くなり過ぎないように、なんて考えてたら、この長さになっちゃったわ。


 今頃、ベルンハルトはどんな風に過ごしているのだろう。仕事は順調だろうか。恐ろしい魔物と戦っているのだろうか。

 ちゃんと眠れているだろうか? 食事は? 疲労をため込んでいないだろうか?


 考えれば考えるほど、ベルンハルトのことが心配になってしまう。


「ベッドも、やたらと広く感じちゃうわ」


 溜息を吐いて、ベッドへ視線を向ける。ベルンハルトと共に眠ったのはたった数日だけなのに、今はもう一人で眠ることに慣れない。


 寂しい。

 わたくし、すごく寂しいわ。


 いつも傍にアデルがいてくれて、使用人たちも優しい。恵まれた環境だとは分かっているけれど、ベルンハルトがいないことがすごく辛い。


「だめよね、落ち込んでいては。明後日はもう、集会なんだもの」


 両手で自らの頬を軽く叩く。大きく深呼吸してから、ペンを置いてベッドへ飛び込んだ。


 明後日の集会は広場で開催される。以前、コリーナについて行ったあの広場だ。

 集会自体は定期的に行っており、開催日等は市場で告知するのだという。市場にはほとんどの領民がくるし、近隣の住民同士で情報を伝え合うようになっているのだとか。


 それでほとんどの人に情報は行き届くのだろうけれど……やっぱり、確実性に欠けるわよね。


 市場に大きな掲示板を設置するなり、それぞれの家へ手紙を送る方が確実だ。

 もっともそれは、全員が文字を読み書きできる場合に限るのだが。


「わたくしが言うことは、台車を配布すること、それから領民の意見を募りたいということ、あとは……」


 目を閉じ、マンフレートたちと話し合った事項を頭の中で確認する。

 明日はマンフレートもいるとはいえ、領主の代理人は妻であるドロシーだ。しっかりしなければならない。


 大丈夫。きっとできるわ。だってわたくしは、ベルンハルト様の妻ですもの!





「お似合いです、奥方様!」


 身支度を終えたドロシーを見て、アデルが大袈裟な拍手をしてくれた。

 今日の装いは、領主の妻として威厳を保ちながらも、華美過ぎない絶妙な装いである。

 長い髪は邪魔にならないようにまとめた。そして、腕にはベルンハルトとお揃いの腕輪。


「ありがとうございますわ、アデルさん」


 アデルは騎士団の制服姿だ。ここ最近は普段着を見慣れていただけに、少し新鮮である。


「出発まではまだ時間があるわよね?」

「はい」

「じゃあ、一緒に軽くお菓子でもどうかしら? 甘い物を食べた方がきっと集中できるわ」


 ドロシーの提案にアデルが笑顔で頷こうとした、その瞬間。

 慌ただしい音を立てて扉が開いた。


「お、奥方様! た、大変です!」


 転がるように部屋へ飛び込んできたのはメイド長である。


「そんなに慌てて、なにかあったの!?」


 思わずドロシーの声も大きくなってしまう。


 どうしよう。なにかトラブルかしら? わたくしに対応できることなの?


「そ、その、お客様がいらっしゃったんです! どうしましょう、おもてなしの準備もしていませんし、パーティー用の食材を今から用意しても夜に間に合うかどうか……!」

「お客様? 誰がいらっしゃったの?」


 メイド長の慌てぶりから察するに、もてなす必要のある人物なのだろう。

 だが、ドロシーには全く心当たりがない。


 そもそも、呼んでもいないのに勝手に押しかけてくるなんて非常識過ぎるわ。


「ヨーゼフ様です!」

「……ヨーゼフ? わたくしの弟の?」

「はい!」


 なんだ。慌てて損したわ。


「ヨーゼフなら、そんなに気合を入れる必要はないわ。食事だって別に、いつも通りでいいわよ」

「で、ですが、ベルガー侯爵家の方々にはくれぐれも失礼がないようにと、ベルンハルト様が常々……!」

「大丈夫よ。もてなしてほしいなら、ヨーゼフだって事前に言うわ。それよりヨーゼフはどこ?」

「客間にいらっしゃいます……!」

「ありがとう。とりあえず、わたくしが対応するわ」


 ドロシーが冷静に答えることで、メイド長は少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 ドロシーからすればただの弟だが、彼女から見れば大貴族の跡継ぎだ。慌ててしまうのも無理はないのかもしれない。


 それにしてもヨーゼフ、どうしたのかしら?

 またくるって言っていたけれど、それにしても早すぎない?


 足早に客間へ向かう。急いで扉を開けると、優雅に紅茶を楽しんでいるヨーゼフと目が合った。


「姉さん、久しぶり」


 微笑んで、ヨーゼフが右手を軽く挙げる。

 そして、思いもよらない一言を口にした。


「今日からしばらく泊まることにしたから、よろしくね」

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