第39話 束の間の別れ

 温かい季節になってきたが、早朝の風はまだかなり冷たい。

 けれど、ローブを羽織っても寒いのは、きっと気温のせいだけじゃないはずだ。


「……ベルンハルト様」

「そんな目をしないでください、ドロシー様」

「だって……」


 もうすぐ、ベルンハルトと騎士団が出発する。出発してしまえば、任務が終わるまでは戻ってこられない。


「ちゃんと、手紙は送りますから」

「約束ですわよ?」

「はい」


 手紙を送るのだって一苦労だ。それでも、ベルンハルトは手紙を送ると言ってくれている。


「ドロシー様。行ってきます」


 そう言ったベルンハルトの腕を引っ張って、背伸びをしてキスをする。

 身長差がありすぎるせいで、失敗して顎にキスをする羽目になってしまった。


「ドロシー様」


 微笑んで、ベルンハルトから口づけてくれる。そっと背中に腕を回した。


「いってらっしゃいませ、ベルンハルト様」

「はい」


 ベルンハルトが馬に跨る。大きく手を振ると、騎士団の先頭に立って走り出した。

 だんだんと遠ざかっていく背中をじっと見つめる。見えなくなっても、しばらくの間はその場から動けなかった。


「ベルンハルト様なら、無事に任務をやり遂げますよ」


 励ますように、アデルがドロシーの背中を撫でる。足元で、ロボスがばうっ! と大きく吠えた。


 悲しくて寂しくて、今すぐ泣いちゃいたい。でも、そんなことをするわけにはいかないわ。

 わたくしは留守中、立派に領地を守らなくちゃいけないんだもの。


「アデルさん。マンフレートさんのところに行って、会いたいと伝えてきてくれないかしら。留守中のことを、ちゃんと話し合いたいの」

「かしこまりました」


 アデルが少し嬉しそうなのは、きっと気のせいじゃないはずだ。


 以前は上手く話せなかったけれど、腕輪を売って公費にあてる連絡をすると、事務的だが丁寧な令状が送られてきた。

 ちゃんと向き合って話せば、ドロシーの気持ちだって伝わるだろう。


 アデルが去っていくと、次にメイド長に声をかける。


「それから、生活費についての取り決めも教えてくれないかしら」

「奥方様の生活に関しては、全て最上級の物で揃えるように、と言われております」


 初老のメイド長が穏やかな笑顔で教えてくれた。


 やっぱり、そうよね。


「ありがとう。でも、ちょっと考えたいの。詳しい帳簿はあるかしら?」

「はい。すぐにお持ちいたします」


 生活費を削って、公費にあてようというわけではない。領主が施しをするだけではだめだとヨーゼフからも言われた。


 けれどだからって、ただ贅沢をするわけにはいかないわ。

 たとえばだけど、食費を屋敷の内装工事費にまわすことだってできるもの。


 ベルンハルトが帰ってきた時に、留守をドロシーに任せてよかったと思ってもらいたい。そのためにも、できることはなんでもやらなくては。





「奥方様。マンフレートさんをお連れしました」


 アデルと共に応接室へ入ってきたマンフレートは、気まずそうな表情でドロシーから目を逸らした。


 正直、個人的な感想を言えば、マンフレートさんのことは少し苦手だわ。

 でも、彼と協力して、ちゃんとここを守っていかなきゃ。


「きてくれてありがとう。今日はまず……貴方のことを聞きたくて」

「……はい?」


 訳が分からない、という顔をして、マンフレートは目を見開いた。


「協力するためには、お互いのことをちゃんと知るのが大切だと思うの。わたくしは、貴方個人のことを何も知らないから」

「……本気ですか?」

「ええ、本気よ」

「大貴族の令嬢様が、私のことを本気で知りたいと?」

「だってわたくしたち、目的は同じだもの。わたくしも貴方も、ここをよりよくしたいと思っているはずだわ」


 マンフレートはゆっくりと息を吐くと、テーブルの上においてあった水を一気に飲み干した。

 そして、勢いよく頭を下げる。


「……今までの非礼を詫びます、奥方様」

「そ、そんな……! 頭をあげて!」


 急にこんな態度をとられるとは思っていなかったから、混乱してしまう。

 今の状況は、完全に想定外だ。


「いえ。お互いに歩み寄るためにも、謝罪は不可欠ですから」


 マンフレートは真面目な表情で言った。


 この人、やっぱり悪い人じゃないのよね。

 たぶんだけど、アデルさんの想い人なわけだし。


「奥方様」

「なにかしら?」

「ベルンハルト様の妻が貴女でよかったと、今は心底思っています」


 これ以上ない褒め言葉だ。

 ありがとう、と笑う頬が際限なく緩んでしまう。


 アデルさんもいて、マンフレートさんもいて。

 きっと、大丈夫よ。ベルンハルト様が留守の間、わたくしはちゃんとやれる。


「じゃあ早速、会議を始めましょう!」




~~~お願い(あとがき)~~~

ドロシー「以上で第一部『わたくしとベルンハルト様の運命の出会い編』完結ですわ! お読みくださり、ありがとうございます!」


ベルンハルト「ドロシー様?」


ドロシー「この作品は現在、カクヨムコン10に参加中ですわ。絶賛読者選考中なので、レビュー(☆)やフォローで応援してくれると助かりますの!」


ドロシー「このページを下にスクロールして、『☆で称える』と書いてあるところの+ボタンを3回押して……どうか3つの☆を……! お願いしますわ、皆様!」


ベルンハルト「……いきなり何を言ってるんだ?」


ドロシー「もしよければその後一文でもわたくしとベルンハルト様のお似合いなポイントを書いて、レビューコメントを……!」


ベルンハルト「俺はまだ、ドロシー様に釣り合っていません」


ドロシー「既に皆様もお似合いと思っていますわよね、ね!? 無事に初夜を迎えるため、皆様の応援が必要なんですわー!」


(お読みくださり、本当にありがとうございます。

コンテスト期間のため、面白いと感じてくださった方は応援してくださると幸いです。また、コメントもお待ちしております……! そして、第二部『領地経営編』が明日から始まるので、引き続きよろしくお願いいたします!)


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