第16話 まずは体験!
三人で並んで、集荷所までの道を歩く。アデルもコリーナも恐縮しきっていたが、繰り返し問題ないことを伝えると、安心したような顔を見せてくれた。
結局、荷物はコリーナが背負ったままだ。アデルが代わりに持とうかと声をかけても、コリーナは頑として首を横に振った。
これは私の仕事ですから、と。
「ねえ、コリーナ」
「は、はいっ!」
声をかけると、コリーナはやたらと元気よく返事をした。緊張しなくていい、とは何度も伝えているのだが、おそらく無理なのだろう。
「ここの子どもたちは、日頃どんな風に過ごしているの?」
ドロシーが知っている子供たちは、皆学校に通い、家でも家庭教師に勉強を教わっていた。
男子は剣術や馬術を教えられ、女子はダンスを教えられる。
もちろん家庭によって方針が異なる部分もあって、女子ながら馬術が得意な子や、裁縫がすごく得意な子だっていた。
「家の手伝いをしている子がほとんどだと思います」
「まあ、そうなの?」
ドロシーの両親は病弱だと聞いた。だから家業を手伝っているのだろうと思っていたが、それだけではないらしい。
ここでは、親が子の仕事を手伝うのが当たり前なのね。
「ここでの暮らしはどう?」
「……あの、私はあまり分からないので、両親から聞いた話にはなるのですが」
少しずつ緊張がほぐれてきたのだろう。コリーナは控えめながら、はっきりと喋るようになってきた。
「今の領主様に代わってから、ずいぶんと暮らしやすくなったと聞いています」
「それはどうして?」
「以前は、夜に畑が魔物に襲われることや、領民が魔物に襲われることが多かったらしいんです。以前の領主様にとってここは、数ある領地のうちの一つだったみたいで」
魔物に襲われないよう、街や村の周りには魔法装置を設置する。そうすることで、人々が暮らす場所に魔物が入り込めないようになるのだ。
もちろん装置を破壊するほどの魔物もいて、そういう時は、ベルンハルトのような魔法騎士に仕事が回ってくる。
魔法装置って、かなり高いのよね。
設置にはもちろん、点検にだってお金がかかるもの。
とはいえ、安全には代えられない。領主にとって、魔法装置は必要不可欠な出費のはずだ。
「魔法装置の点検が不十分だったのね」
ドロシーが言うと、コリーナは曖昧に頷いた。前の領主を批判している、と思われるのを避けたかったのかもしれない。
「今の領主様は、よく装置の点検をしてくださいます。それに騎士団の皆さんがいて、なにかあればすぐに守ってくれるんです。田畑が荒らされることも、人が魔物に襲われて怪我をすることもなくなりました」
コリーナはそう言うと、にっこりと笑った。
「領主様や騎士団の皆さんには、本当に感謝しているんです」
確かに、ベルンハルトや騎士団の働きぶりは立派だ。前の領主に比べて、領民に信頼されているのだろう。
だけど。
安全に日々を過ごせることは、魔物の襲撃に怯えずに暮らせることは、当たり前のはずなのだ。
それなのに、コリーナは当たり前のことに感謝し、安心している。
悪いことじゃないわ。でも……なんだかすごく、寂しいことのように思えてしまう。
「あ、奥方様、集荷場が見えてきました!」
コリーナがはしゃいで言い、前方の広場を指差す。そこには彼女のように籠を背負った人たちが多く集まっていた。
大半は力がありそうな青年たちだが、彼女のような幼い子供もいれば、腰が曲がった老人もいる。
「ここが……アデルさんは、きたことはあるの?」
「はい。騎士団の仕事の一環で、領内をパトロールすることもありますから。それにこの広場では、市場も開かれるんです」
「市場?」
「形が悪かったり、日持ちしなそうな食べ物を、領民同士で売り買いするんです。騎士団の仲間たちも、ちょくちょくきているそうですよ」
「そうなのね」
そうか。出荷することは難しい品物でも、領民同士でなら売買することができるのか。
ドロシーには全く思いつかないことだった。
わたくしは、自分で買い物をしたことすらないものね。
食べ物や日用品の仕事は、もちろん使用人の仕事だった。それに使用人も、わざわざ買いに出向くのではなく、屋敷にきた商人から購入していた。
ドロシーが服やアクセサリーを買う時は、商人が大量に部屋まで押しかけてきたものだ。
「そうだわ。ここで、なにか買ってみてもいいかしら?」
ドロシーがそう言うと、コリーナもアデルも目を丸くした。
「ここに、奥方様が買うような物はないと思いますよ」
アデルの言葉に、コリーナもうんうんと何度も頷く。
「どうして? 食べ物も売っているのでしょう? だったら、わたくしが買ったっていいはずだわ」
幸いなことに、服のポケットに金貨を数枚入れている。日頃は金を自ら持ち歩くことはあまりないが、念のため、と父親が用意してくれたのだ。
ここでの暮らしを知りたいなら、まずは体験してみることよね!
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