第6話 してほしいこと
「姉さん、姉さん。ほら、起きて。起きてってば」
何度も激しく身体を揺さぶられる。それでもなかなか目を覚まさなかったドロシーは、姉さん! と耳元で叫ばれて、ようやく起きた。
「ヨーゼフ、いったい何よ……」
「姉さんがあまりにも起きないからって、困ったメイドが僕に助けを求めてきたんだよ」
ヨーゼフが溜息を吐く。身体を起こすと、だんだんと意識が明瞭になってきた。
確か昨日、ベルンハルト様と一緒に朝食をとる約束をしたわよね?
はっと顔を上げて窓の外を眺めると、もうかなり明るかった。朝食というより、昼食をとるべき時間だろう。
「ヨーゼフ! ベルンハルト様は!?」
「部屋で朝食も食べずに姉さんを待ってる。ぐっすり眠っているんだろうから、姉さんを起こす必要もないってさ」
「まあ、優しいのね」
「そうじゃないでしょ!」
ヨーゼフに怒鳴られ、ドロシーは目を逸らした。
わたくしが寝坊したのは悪いわ。でも昨日は大変だったから、疲れていつもより寝ちゃうのは仕方ないわよ。
「姉さんは起きたってベルンハルト殿に伝えてくる。朝食は居間に用意するけど、それでいいよね?」
「あ、待って、ヨーゼフ」
「なに?」
「わ、わたくし、ちょっとまだ時間がかかるわ。起きたばかりで、着替えも化粧も済んでいないんだもの」
「いつも、朝食の時は寝起き姿でしょ」
「未来の旦那様にそんな姿を見せるわけにはいかないわ」
ヨーゼフが再度溜息を吐いた。
「結婚前に愛想つかされても知らないから」
◆
結局、ドロシーが身支度を終えたのはそれから一時間以上後のことだった。
さすがに時間がかかり過ぎたかしら? でも、その甲斐はあったわよね?
鏡に映った自分を見つめる。銀色の長い髪は丁寧に櫛でとかした後に編み込み、桃色の瞳を際立たせるように睫毛をしっかりと上げた。
家で着るには派手すぎる白いドレスも、ドロシーにはよく似合っている。
低身長と童顔のせいで女性らしさには欠けるが、それでも十分に可愛いはずだ。
「よし!」
ベルンハルトが居間で待っている。少しでも早く行かなければならない。
ドロシーは急ぎ足で自室を後にした。
◆
居間の椅子に、ベルンハルトがぽつんと座っている。立派な椅子だが、ベルンハルトが座ると子供の椅子のように見えた。
本当に大きい人ね。ベルンハルト様の家では、全てがベルンハルト様に合わせたサイズなのかしら?
だとすればドロシーにはどれも大きすぎるだろうが、大は小を兼ねる。大きい分には、ドロシーが困ることもないだろう。
「おはようございます、ベルンハルト様。お待たせしてしまって申し訳ありません」
「いえ。ゆっくり眠れたのなら、よかったです」
そう言ってベルンハルトはドロシーを見つめた。無表情に近い顔だが、ドロシーを見つめる瞳は優しい。
「朝食にも誘ってくれてありがとうございます」
「いえ、その、せっかくですもの」
ドロシーがそう答えると、ベルンハルトは朝食を食べ始めた。見た目通りかなりの大食いで、あっという間に用意していた朝食がなくなってしまう。
メイドがおかわりのパンを持ってくると、それもあっさり食べてしまった。
「ドロシー様。この後すぐ、俺は領地に戻ります。なにか、必ず用意しておいてほしい物はありますか?」
「えーっと……ベッドくらい、かしら?」
「寝具にこだわりはありますか?」
「ありませんわ」
部屋にある寝具はどれも高級品だが、女学校の図書室で居眠りをしていたこともある。要するに、どこでも眠れてしまうのだ。
「では、なにかご要望はありませんか?」
一ヶ月後にベルンハルト様が迎えにきてくれるのよね。
その間に、なにかしてほしいことがあるかしら?
「あ……そうですわ!」
いいことを思いついた。
「手紙! わたくし、一ヶ月の間、手紙のやりとりをしたいですわ!」
一ヶ月の間、ベルンハルトに会うことができない。それは仕方がないが、なるべくベルンハルトのことを知りたい。
そこで思いついたのが手紙である。
ベルンハルト様は白い結婚なんて言ってたけれど、結婚は結婚だもの。お互いのことをちゃんと知るべきだわ。
「……手紙、ですか」
「ええ。嫌ですの?」
「あまり、得意ではなくて……」
そう言ったベルンハルトの目をじっと見つめる。見つめ続けると、ベルンハルトは諦めたような顔で頷いた。
「分かりました。領地に戻ったらすぐ、手紙を送ります」
「まあ! 嬉しいですわ!」
既にドロシーは、ベルンハルトに好意を抱きつつある。彼のことをもっと知れば、彼をもっと好きになれるかもしれない。
想像するだけで、なんだかわくわくしてきた。
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