第4話 いい結婚相手……かも?

「落ち着きなよ、姉さん」


 黙っていたヨーゼフが会話に入ってくる。亜麻色の髪に桃色の瞳、そして甘い顔立ちを持つ少年だが、見た目よりもずっと冷静な子だ。


「姉さんにとっては悪い話じゃないと思うけど。白い結婚っていうことは、無理に関係を持たなくていいし、姉さんが他の人と自由に恋愛してもいいってことだよね?」


 ヨーゼフに尋ねられ、ええ、とベルンハルトはすぐに頷いた。


「自由にしてもらって構いません」

「ほら。それってすごくいいことじゃない? 元々姉さん、好きでもない男と結婚するのは嫌だって、たまに言ってたでしょ」

「そ、それは言ってたけど……!」


 ヨーゼフが言っていることは事実だ。頑張って婚約を成立させてくれた父には言えなかったが、エドウィンと結婚したいと思ったことは一度もない。

 見た目は整っているが好みではないし、横柄な性格は嫌いだからだ。


「この人と結婚すれば、姉さんは自由を手に入れられるってわけでしょ。身分が高い人と結婚したい、なんて野心のない姉さんからすれば、いい相手なんじゃないの?」

「それは……まあ……」

「しかも、姉さんが他の人と結婚したくなったら、離縁してくれるんでしょ?」


 再び視線を向けられたベルンハルトが、ええ、と頷く。


「ただし、相応しい方であれば、ですが」

「相応しい方って?」

「ドロシー様のことを誰よりも愛し、誰よりも大切にし、そしてドロシー様のことをきちんと守れる男であれば」


 どう考えても、ドロシーのことを大事に思っているとしか考えられない返事である。

 とても、白い結婚を申し込んできた男の台詞とは思えない。


「もう一つ聞いてもいい? 同じようにシュルツ子爵も、姉さん以外と恋愛するってこと? 子爵から離縁を言い出すことはないの?」

「それはありません。それに、他に女性と関係を持つつもりもありません。旦那が愛人をかこっているなんて、ドロシー様の評判が下がってしまいますから」

「へえ。ほら、姉さん、やっぱりいいことしかないよ」


 ええ、そうね。

 ベルンハルト様が言っていることは、全部わたくしにとって都合がいいわ。いえ、都合がよすぎるわ。


「ドロシー様」

「は、はい」


 ベルンハルトに名前を呼ばれると、反射的に胸が高鳴ってしまうのはなぜだろう。

 公開プロポーズなんていう、滅多に経験できないことをしてくれたからだろうか。


「俺と、結婚してくれるんですよね」

「え、ええ。先程お返事した通り、そうですわ」


 ベルンハルトの考えていることは全く分からない。しかし、先程の言葉を撤回する気にはなれない。


「俺の領地は、ここからかなり離れたところにあって……田舎です。辺境なので、近くには魔物もいます。もちろん、領内に入ってくることはありませんが」


 ドロシーの目を真っ直ぐに見つめながらベルンハルトが話し始める。真剣な瞳は綺麗で、訳が分からない諸々を頭の隅に追いやってまで、彼の話を聞いてしまう。


「王都のような華やかな場所ではありませんが……ドロシー様が過ごしやすいように、精一杯努めます。幸い、先日の魔族討伐の報酬で、陛下から多額のお金をいただきました」

「まあ、それはすごいですわね!」


 黙って話を聞いていたが、つい口を挟んでしまう。

 国王陛下から褒美をもらうなんて、ベルンハルトはかなりの活躍をしたのだろう。


 そもそも、平民が貴族になるのは簡単じゃない。ベルンハルトは魔法騎士としてすこぶる優秀なのだろう。


 魔法騎士なんて、格好いいじゃない……!


 比較対象があのエドウィンだったからか、話せば話すほど、ベルンハルトのいい部分が見えてくる。


「ありがとうございます。なので、ドロシー様が欲しいものは自由に買ってください。今までもらったお金も、ほとんど使わずに貯めていますから」


 ドロシーを見つめる眼差しは甘く、いまにもとろけそうだ。

 逞しい偉丈夫が甘い目で自分を見つめているという状況に、ドロシーはついときめいてしまう。


 昔から、物語に出てくる洗練された王子よりも、敵を倒してヒロインを守ってくれる騎士に惹かれていた。

 そんなドロシーにとって、ベルンハルトはかなり好みなのだ。


 ベルンハルト様って、もしかしなくても、すごくいい結婚相手なのかも……!


「それに、絶対手を出すことはないと誓います。なんなら、誓約書も書きますよ」

「い、いいです、そんなのはいらないです!」


 思わず前のめりでそう叫んだドロシーを見て、ベルンハルトは不思議そうに首を傾げた。


「分かりました。では一ヶ月後、貴女を迎えにきてもいいですか?」

「え? 一ヶ月後?」

「はい。ドロシー様が過ごしやすいよう、少しでも屋敷を整えますので」


 別にどんな状態だっていいんだけど……と思ったが、準備期間をくれるのはありがたい。


 お父様やヨーゼフとも過ごしたいしね。


「ベルガー侯爵も、それでよろしいでしょうか?」

「あ、ああ……ドロシーが構わないのなら、それで」


 そう言って、ベルガー侯爵は困惑した表情のまま頷いた。

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