第二十四話 いっせーのーで、魔王軍でーす!

 大陸東部の大森林。

 エルフオール大森林。

 通称、エルフの里、そして里の宮殿の中。

 里長は近年、苦悩していた。

 苦悩というより、度し難い、受け入れ難い事実に平静を保てていなかった。

 それはアルナの存在。

 世界最強の魔法使い。


「何故だ、なぜ人間がその称号を保持しているのだ。何故、魔法において最優であるエルフではないのだ。なぜ、キャサリルではない」


 里長は、その事実が受けいられていなかった。

 否、里長だけでなく、エルフ全体としてだった。魔法はエルフの誇り、プライド。

 アルナが生まれる前まではキャサリルが世界最強の魔法使い、つまりエルフこそが魔法の頂点に君臨していると、そう思えた。

 千年以上前に追放したエルフであることは、彼らにとって、もうどうでもよかった。

 キャサリルはエルフの英雄だった。


「あいつを追放したせいで、魔法の技術が他種族にも流出した。その上、人間に最強の座を譲るなど----恥晒しが」


 エルフは、恵まれた魔力量、恵まれた魔法の才を生まれつき持っていた、他種族にない優越感を感じていた。

 だからこそ、努力を怠った。

 進化を怠り、環境の変化に着いていけていない。

 言うなれば、ソシャゲの最初は強かったキャラが、年々新しいのが出てきて、弱くなっているのと同じ現象。

 環境変化による弱体化。

 誇りを否定する現実に、里長は苦痛を思う。


「我々は、優れた----」

「里長ぁ!」


 兵士が宮殿に駆け込んでくる。

 汗だくで、いかにも緊急の事態といったよう。


「大変です! 大変です! 大変です!」

「何があった? 早く申せ!」

「たいへんですぅ! た、た、たいっへん!」

「ど、どうした、気でもくるっているのか!?」

「たぁぁいっへんだっ! たいぃぃっへ〜んだ」


 兵士の様子がおかしくなる。

 目の焦点が合わず、口から唾を垂れ流し、狂ったように、否、狂っている。

 狂いながら泣いている。


「た、た、た、たぁ、たぁ、たぁす、たあっ」


 ビクビクと痙攣。

 全身が以上に膨張を始める。

 膨れ上がった肉体は、やがて臨界点に達し。

 

「たすけぇ----ぼんぎゃッッ!」


 パンッ。

 破裂した。

 血肉が弾けて辺りを汚す。

 破裂した兵士の内部から、何者かが現れる。

 

「ああ、失敗した。やっぱりわたくしには才能がないのだわ。ダメな私。お父様に叱られちゃう」


 何者かは、黒かった。

 血塗られた赤でもなく、白い肌でもない。

 真っ黒な肌。

 大陸に、黒い肌の種族はいない。

 耳は尖っていて、スラリとした長身。

 そして、たった1人の人間が持つにしては、あまりにも大きすぎる、多すぎる、魔力。

 エルフ。

 しかし、闇の。

 

「私は、魔王軍四天王デックアールヴ」


 静かに、恭しく、謙るように、宣言する。

 里長は、ただ震えるしかなかった。

 その悪魔的暗黒的絶対的不変的存在の証明に。


「魔王、私の父の、名の下に、あなたを処理します----どうか、私の練習に付き合ってください」


 里長は思う。

 やはりエルフは最強だったのだと。














 ドワーフが多く住む大陸北部、ネザーランド王国内、高さ8キロの高山の上の城塞。

 絶望と暗黒に包まれるドワーフたち。


「みんな、ちっちゃいね!」


 城の上空は全て、巨大生物に覆われていた。

 空は見えず、お天道様も隠れて見えない。

 闇に包まれていた。

 彼らはきっと、世界の終わりが来たと感じているだろう。

 今、空は巨大生物の腹

 今、夜は巨大生物の影。


「あたしは魔王軍四天王ユミル! パパの使いだよ! 王様を潰しにきたの!」


 巨大生物は、手を城塞に乗せた。

 ぷち。

 小さな音が鳴る。














 ホビット達が平和に暮らす大陸西部。

 ハーフフット共和国。

 首都。

 今ではもう、悪魔の遊び場。


「誰かぁ!」 

「いや、いや、痛いっ、痛い!」

「来るなぁ、こっち来んなぁ」

「ママぁー」

「なんで、どうして、ハニー」

「逃げて! 逃げ----きゃあ!」

「起きてくれ! なんで起きないんだよぉ!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 それを描いているのは、小さな悪魔たち。

 星の数ほどの、無限の数ある悪魔たち。

 子供のような背、長く細い手足、大きな頭。

 コウモリのような翼、鋭い爪、尖った牙。

 小さな角、腐食した泥色の肌。


「一緒に死ぬんだ! 仲良く死ぬんだ! 2人で死ぬんだ! 愛し合って死ぬんだ! 幸せに、永遠に、美しく、楽しく、さあ皆さんご一緒に!」


 無数の悪魔たちが、声を上げ続ける。

 

「オイラ達は魔王軍四天王トロール! 父ちゃんのため! みんなを死なせにきたぜ!」


 首都は黒く、濁ってゆく。












「つまり、復活した魔王の子供が4人いて、洗脳されたそいつらが魔王軍四天王で、大陸を滅ぼそうとしてるってのか」

「その解釈に異論無い、素晴らしい理解力だと賛美の声が聞こえてくるよ、マイハニー」


 イヴ、ルシファー、ドラキュラの三人は、城へ向かいながら、ドラキュラから事情把握のため説明を受けていた。


「けど、魔王の復活は数年前にアルナが阻止したよ? 完膚なきまでに可能性を潰したって言ってた」

「すみません御母堂、我は魔王に関して詳しくは分からないのです。ただ確かなことは、我が父は魔王を名乗り、我々兄弟姉妹に四天王を名乗らせ、大陸各地を襲撃させていることのみです」

「……どうにも信じられねぇな」

「ああ、仕方ないことは理解していても、愛する者に疑われるのは悲しいことだ」

「そんなんだから信用できないんだよ」

「愛は止められません」

「だいたい、なんで私に求婚するんだよ? 好きだから、とかじゃなくて、なんで好きになったかって意味で?」

「そりゃあ----」

「イヴ様!」


 警備兵たちが声を荒げて、こちらに駆け寄ってくる。


「アルナ様は!?」

「どっか行っちゃって」

「なんですと!? こんなときに!」

「こんなとき?」

「そうでした! 遅れました! 女王陛下に伝えなければならないことがあります」


 一息整え、


「東部、西部、北部から、魔王軍を名乗る者たちがセントラル王国を目指して接近中だと!」


 

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