第二十三話 やつは四天王の中でも最弱
「腹貫いてんじゃあねえ!」
なんと、意外、有り得ない。
生きていた。
腹を貫かれていながら、大穴開けときながら、生きていたルシファー。
堕天した悪魔は、何度地獄に突き落とされようと、返り咲くのだ。
実は生きてた地獄代表ルシファー。
腹を剛腕で貫かれたまま、殴った。
「ダディィイイイイイイイイイッ!」
吹っ飛んだ。
ドラキュラを名乗った男の頭部。
コロコロと地面を転がる頭。
殴って頭を吹っ飛ばした。
その拳には、一切の抑制心がない。
父から貰った魔力を乗せて、父から貰った拳でぶん殴る。母から貰った優しさは、ポケットにそっと潜ませた。
「たく、最初からこうしてればよかった」
力の抜けた男の肉体を、腹から抜き取る。
腹に大きな風穴。
灼熱に焼かれたおかげで、肉が硬く焦げ、血さえ流れ出ていない。
天文学的確率の奇跡。
心臓は破壊されていなかった。
人間、心臓と脳みそさえあれば、生きてける。
「やっぱり治らねぇか」
腹部に回復魔法を掛けながら、それが無駄である事実を受け入れる。
不治の傷。
「さてと」
と言って、ドラキュラの頭を拾い上げる。
持ち方がどうしてもアイアンクロー。
そして唱える最悪の魔法。
「精神魔法『クラッシュネウロ』」
「おとっつぁああああああああああんッ!」
血も涙もない。
クラッシュネウロ。
それは精神破壊の魔法。
系統としては幻覚系に近く、『絶対の恐怖』を味あわせ続けることで、相手の精神をぶっ壊すという魔法。
この世で最も嫌な死に方ランキングに、ランクインしている。
順位は勿論、上から数えた方が早い。
「精神魔法『スタンドアップネウロ』」
「おぉおぅおぅおぅやぁじぃ!」
スタンドアップネウロ。
それは精神再生の魔法。
『絶対の幸福』を味あわせ続けることで、相手の精神を強制的に蘇らせる魔法。
主に拷問官が得意とする魔法。
精神を壊しておきながら、再生させる。
意味が分からない、なにがしたい。
「これでいいのか?」
誰に問うているのだろう。
本当に分からない。
ルシファーが頭を、首から上がない肉体の近くに投げる。
すると、首と肉体の、破壊跡が引き寄せ合う。
触れ合う。
くっつく。
再生した。
縫い目も古傷も無い。
名前の通り不死身なのか。
ドラキュラが立ち上がった。
「ありがとう、我の願いを聞き届けてくれて」
悪魔みたいな少女を見て、言い放った。
イヴの知らない、蒸気の中の談話があった。
「我はドラキュラ。ある理由によって、強制的に戦わされている。体が焼ける痛みが無くなり、多少正気が戻った。ちょうど良く蒸気を出してくれて感謝する、日の光が弱まった。さて、少し会話が出来るようになったが、それでも我は君を殺そうとする。だが、我もそれは本意ではない。なので今から言う手順を行ってくれ、我の精神を壊した後、再生させてくれ、理由は今、聞かないで欲しい、時間がない、この拳が君の腹を貫くのを、我は遅らせることしか出来ない。あとそうだ、日傘を用意してくれると大変助かる」
訂正しよう、一方的なマシンガンだった。
付け加えるなら、日傘と言ってるあたりでもう腹を貫いていた。
ルシファーは言う通りにした。
この一縷の希望に頼るしかないと判断した。
そして、今に至る。
「結婚してくれ、麗しきレディ」
どうしてこうなった。
ルシファーは勿論のこと、普段冷静なイヴさえも、口をポカンと開けていた。
全裸の、十代後半くらいの男が、日傘を差しながら、年端も行かない少女に、求婚している。
全裸で。
大事なことなので何度でも言おう。
マッパだ。
「君は我の救世主。花、蝶、星、希望、だ!」
「……おかしいな、壊れた精神は再生したはず」
「その通り、君は我を救ってくれた。父の魔の手からね! というわけで結婚してくれ!」
「なにが『というわけ』だよ!? 全くもって繋がってねぇよ!」
「ちょっと待った!」
流石にイヴが介入する。
「いや、求婚とか全裸とか以前に、まず戦ってたよね!? なんで会話してんの!?」
「失礼ですが、あなたは?」
「ルシファーのお母さんです!」
「ルシファー……ああ、彼女はそういう名前なのですね。美しい名だ、相応しい」
悪魔が由来だぞ。
「あなたは何なの!?」
「御母堂、失礼を重ねて申し訳ない。我はドラキュラ。あなたの娘の夫です」
「違う!」
「そうよ! まだうちの子には早いわ!」
「愛は全てを凌駕します」
「それは間違いよ。今日、愛は抜歯に負けたわ」
「我は歯など、いくらでも引っこ抜く覚悟があります!」
「オラ!」
「ゴボォッ」
ドラキュラの顔面を、否、口に向かって拳を突き出した。
前歯が七、八本ほど、吹っ飛ぶ。
やりやがったぜ、この母親。
「この、程度……愛には、止められぬ!」
苦痛に顔を歪めながらも、凛々しく立ち上がる。
落ちた歯が謎の力で飛んで、口の中へ戻っていき、元の位置に収まる。
「吸血鬼----とは違うのかしら」
「いいえ、吸血鬼ではあります。ただ、それとは別の再生力が働いています。太陽の光にも耐えられるのは、その力によるもの」
「……色々、聞かなくちゃならないことがあるようね」
「どんな問いにでも答えましょう。そして、娘さんを我にください」
「ダメだからな、私がまず許さないからな」
そろそろいい加減、服を着ろ。
日傘の陰で隠すのには無理がある。
「そういえば、『父の魔の手』ってどういう意味だ? 炎上中も、ずっと父親のこと叫んでたし」
「我の父は魔王なのです」
「なるほど。魔王の手か」
「お母さんだったら、ママの手だね」
はっはっはっ、と笑い合う三人。
現実逃避は諦めろ。
残酷真実受け入れろ。
蘇った伝説の恐怖、魔王軍四天王ドラキュラ。
が、仲間になった。
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