世界最強VS復活の魔王

第二十一話 何があったのか説明しよう

 地平線まで続く広大な砂の草原。

 風が吹き荒れるたび、砂の山が1つ消え、砂の山が1つ増える。あっという間に地形は変わり、真っ直ぐに進んでいるのか分からなくなる、壁なきラビリンス。

 出口のない迷宮を、永遠にただ歩き続ける男がいた。


 容赦のない時間の流れを感じるボロボロのマント、構わず羽織った長身の男。

 脂肪も筋肉もない体、空気の抜けた風船みたいな皮、そこから浮き出る細い肋骨。

 動く餓死体。

 顔は亡霊。

 男は砂漠に足跡をつけ続けた。

 しかし、風にならされ、すぐに消える。


 男は何のために生きているのだろう。

 何のために歩き続けているのだろう。

 突然、風が凪ぐ。

 男の前に、不意に青年が現れた。

 ついに立ち止まる。


「すみません。ここはどこですか?」

「……」


 青年の問いに、答えない男。

 

「俺はアルナと言います、知ってますか? 気づいたらここにいて、あなたしか人がいなくて」

「……」


 尚も言葉を交わさない。

 困り果てる世界最強。


「大陸ですらないんです。新大陸というか、あなたはここの生まれなんですか?」

「……」


 アルナは男が立ったまま死んでいるのかと疑い始め、顔の前で手を振るう。

 男の目は何も見ていない。


「私が全てを話したら----」


 前触れなく喋り始めた。 

 アルナは驚き退いてしまう。

 男は気にせず話し続けた。


「私が全てを説明したら、私が全てを懺悔したら、私を


 何があったのか説明しよう。

 『観客席』らしく、客観的な事実の羅列を。














「どうしてだよぉーーーーッ!」


 歯科病院で叫ぶアルナ。

 なにゆえそんなに叫んでいるのだろう。

 理由は明白だった。


「抜歯は嫌だぁ----ッ!」


 精神年齢いくつなんだ。

 呆れ果てる一同。


「虫歯は抜かなきゃ大変だよ」


 優しく諭すイヴ。


「根性見せろクソ親父」


 厳しく喝を入れるルシファー。

 というかクソ親父呼びになってる、俺の見てないところでもしや何かがあったのか。

 さらに気になることがある。

 アルナは鎧を纏っていた。

 かなりな重装備。


「これはッ! これはイヴが『アルナに似合うと思うから着てみて、絶対かっこいいよ』ってくれた鎧じゃないかぁ----ッ!」


 鎧は全体的に禍々しく光っている、オリハル国製反魔の鎧。

 技術的に無理だったアルナの捕獲を、物理的な量で勝負するというコンセプトに基づいて作られたのがこの反魔の鎧。

 だがそれでも、この鎧だけではアルナを捕えることは出来ない、しかし今度は12人の魔法使いよりも遥かに強力な魔法使いがいた。


「ていうかクソ親父、魔力多すぎだろ、有り得ないほど疲れるぞこれ」


 ルシファーの存在。

 今ではもう、アルナとほぼ同位置にいるルシファーがいれば、世界最強すら封じられるのだ。

 が、最も強いのはイヴと言えよう。

 ちょっと眩しいぐらいに禍々しく光ってる鎧を、似合うと言われたから着てしまうようになっているアルナ。

 学習していない。

 

「この国は……ここまで腐っていたのかッ」

「腐ってんのはてめぇの歯だ」

「ごもっともなことを言いやがって、というか、俺が何故、虫歯なんぞになるというのだ」

「毎日菓子ばっか食ってるから」

「お前だって一緒に食べたろ!」

「ちゃんと歯磨きしてんだよ!」

「なんで歯磨きしたんだよ! 虫歯になっとけよガキは!」

「本性表したな!?」


 実はすごい仲がいいのではないのだろうかこの2人。

 その様子をニコニコしながら眺めるイヴ。

 完成している家族模様。

 

「頑張ったらお菓子買ってあげるから」

「イヴよ、流石に俺という人間を舐め過ぎているぞ。俺はもう立派な社会人、好きなお菓子くらい自分で買える」

「よしよし慰めるから」

「ぐぅッ! 強いなそれは、しかし抜歯はそれ以上に恐ろしいのだ。愛の力ですら勝てるかどうかが分からない強大な敵。それこそが『抜歯』」

「これ以上ごねると離婚」

「ごめんなさい」


 勝てる訳がないのだ。

 世界最強が虫歯に負けるなどあってはならない、嫁に負けるならアメリカン。

 専用の椅子に座らされ、歯医者が登場する。


「ひ、ひぃっ」

  

 なっさけねぇー。

 今時聞かないぞ『ひ、ひぃっ』。

 イヴと歯医者が最終確認を行う。

 

「一思いに抜いてください先生」

「分かりました。麻酔は?」

「いるに決まってんだろ歯医者! 死んじゃうからな最悪、俺!!」

「静かになさいアルナ」

「さっきから母ちゃんなんだよイヴが!」

「実は最初に会ったとき、アルナを弟か息子にしようとしていたのよ」

「え----」

 

 放心するアルナ。

 まるで魂が抜けたよう。

 そんなに恋愛対象にされてなかったことがショックだったのか。

 いいじゃないか今夫婦なんだから。

 

『がしゃんっ』


 何かの弾みで兜のバイザー(上下の窓みたいなやつ)が落ちる。

 顔が隠れてしまった。

 まるで置き物。


「アルナ?」


 未だ放心状態なのか、返事がない。

 慌ててバイザーを上げると、


から?」


 甲冑の中には何もいなかった。

 アルナが消失していた。

 こうしてアルナが遥か彼方に飛んで行ったことなど、知る由もない。

 俺以外は。

 
















 

 大陸には4つの種族がいる。

 人間、環境適応能力が高く、繁殖も早く瞬く間に増え、どこにでもいる。

 エルフ、長身の細身で、魔力が高いため魔法に優れている、主に大陸東部の森で生活している。

 ドワーフ、ずんぐりむっくりとしており、筋肉が多く、物作りが得意、大陸北部の山岳地帯で暮らしている。

 ホビット、子供の姿のまま成長せず、五感や危機感知能力が高く、動物が多い大陸西部に生存。

 

 それぞれ種族間のいざこざは絶えないが、いいん感じに成り立っている。

 大陸の3分の1を強制的に統合して生まれた新生セントラル王国は、例外としてあらゆる種族が混在していた。

 だが、かつての大陸にはセントラル王国にも存在しない、幻の5つ目の種族がいた。


 魔族。

 

 どんな種族なのかは伝承がないので不明だが、魔王と呼ばれる種族の長に率いられ、他種族を全て滅ぼそうとしていたことは有名である。

 魔王は酷く醜悪な姿で大陸を侵略した。

 醜悪で、邪悪で、極悪で、最悪で、征服した。

 しかし、ある日突然、魔王は死んだという。

 今ではもう実際にあったことなのかすら定かではない御伽話----のはずであった。

 魔王は復活を企んでいた。

 魔王は実在した。

 魔王は君臨していた。

 魔王は世界最強に復活を阻止された。

 それでも尚、恐怖の大魔王が今、復活する。

 

 

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