第十六話 世界最強は救われた
アルナが生まれたのは、あるスラム街だった。
父親は誰か知らない、母親はストレス解消にアルナに暴力を振るっていた。満足に物も食えず、学ぶこともできず、生まれたときから不幸だった。
アルナは----いや、その頃はシャラプという名だった。
シャラプ。
シャラップ。
意は黙れ。
幼少期のアルナが泣き喚いているのを、母親が鬱陶しく感じたのが名の由来。
シャラプは囚われていた。
自由が欲しかった。
不自由が大嫌いだった。
ある日、シャラプは己の強さに気付いた。
それからは何もかもが自由だった。好きなものを奪い、嫌いなものを壊した。
ある時は、母親から奪った。
「やめてえぇッ----」
ある時は、中年の男を壊した。
「うわぁああああッ----」
ある時は、淑女を壊した。
「いやぁああッ----」
ある時は、貴族を壊した。
「なぜッ----なぜぇッ」
ある時は、少女から奪った。
「お前は可哀想な奴だな」
「黙れ」
シャラプは名前の通りに育った。
誰の言うことも聞かずに暴れ回った。
国を脅かす災厄となった。
人々から嫌われ、恐れられ、憎まれた。
ある日、
「あなたは世界最強の魔法使いですね」
そんなことを言う少女が、シャラプの前に現れた。
シャラプは可愛い女の子だなぁと思い、壊そうとはしなかった。
奪った。
誘拐した。
「あなたは何故こんなことをするのですか?」
少女が問うので、答えた。
世界最強だから、と。
「世界最強が関係あるのですか?」
さらに問うので、答えた。
世界最強は自由だから好きなものを奪って嫌いなものを壊していいんだ、と。
「違うよ」
少女ははっきりと言った。
曇りなき眼でシャラプを見つめる。
「世界最強は、みんなを助けれるから、世界最強なんだよ。そしてあなたは、自由なんかじゃない」
シャラプはその言葉を理解できなかった。
誘拐した場所がバレ、軍隊が来た。
剥き出しの殺意をシャラプに向けてきた。
だから、シャラプは壊そうと思った。
「お願いします! この子を助けてください!」
少女はシャラプを庇った。
何百人もの兵士たちの前で、シャラプを弁護した。生まれがどうだの育ちがどうだの、生まれ持った力がどうだの、まだ可能性があるだの、希望だの光だの夜明けだのと、宣った。
誰もその言葉に価値を見出さなかった。
使い古された綺麗事を並べているだけだったから。
シャラプは綺麗事が大嫌いだった。
今、自分が自由なのも強いからだ。
善行や他人や神や運命や希望や世界などのお陰じゃ無い。
自分の力だ。
だがしかし、シャラプはその演説に胸を打たれた。
初めてだったのだ。
誰かから助けられたのは。
喜びを感じたのだ。
愛を生まれて初めて感じた。
それからシャラプは全ての力を少女ために使った。
国を大きくした、不毛な大地を豊かにした、川を引いた、病を治した、争いを納めた、魔王の復活を阻止した、人々を救った。
やがて災厄は、英雄になった。
シャラプは少女に救われた。
シャラプは名を変えて、アルナとなる。
少女の名は、イヴ・セントラル。
「そうだった、なんで忘れてたんだ----俺」
目から涙が溢れている。
とめどなく、止めようとするほど零れ落ちる。
「イヴ、俺は、俺はっ」
「どうしましたか? 泣いているのですか?」
車椅子の老人は心配し問いかける。
アルナは老人の足を見る、老人には片足が無かった。
「あなたのその足は、アルナがやったんですよね」
「え? ええまあ、なぜお分かりに?」
「思い出したんだ----あなたは、アルナを憎んでいますか?」
恐る恐る聞く。
答えは決まりきっていた。
人の恨みは根深く、忘れないものだ。
「いいえ」
「----なんで?」
子供みたいに聞く。
「アルナ様は、この国を大きくしてくださいました、大地を豊かにし、川を引き、病を癒し、魔王の復活を止めてくださいました。職に困ることも、住処に困ることも、食べ物に困ることも、無くなりました。この車椅子だって、技術の発展した国と統合してくれたおかげなんです----私は、アルナ様を恨んでいません」
「----っ、あ……でも、ごっ」
嗚咽も酷くなり、言葉にならない声も出始めた。
それでもアルナは喋り続ける。
子供のように。
「ごめんなさいっ、……分かってる! 分かってるんだ、許してくれない人がいるって、酷いことをしたってことは、けど、けど----俺はもう、嫌われたり、恐れられたり、憎まれたくないっ! だから、人を助けるんだ……イヴが俺を愛してくれたように----みんなを愛して、みんなを助ける!」
全身が粒子化を始めた。
それはまるで星のような、光の粒。
涙もやがて、星になる。
「俺は世界最強だ」
広大な平原。
キャサリルとルシファーが戦っていた。
「赤き巨大な竜よ悪魔を噛み殺せ!」
キャサリルの言う通りになる。
赤き竜が生成され、ルシファーを噛む。
「やだ!」
しかし、ルシファーはたった1発の拳で竜を破裂させた。
「クソ! こんなやつどうやって倒すんだよ!」
キャサリルは悪態を吐く。
要塞はもうすでに無い。死傷者はキャサリルが出させなかったが、完全崩壊となった。
そして今、キャサリルVSルシファーの激しい戦いが繰り広げられている。
キャサリルの敗北が決定されている戦い。
しかし、乱入者が現れた。
皆んなのヒーロー、アルナ・カーベルトだ。
世界中を粒子のままで飛び回って見つけたのだ。
「アルナ!」
遠くで戦いを見ていたイヴが歓喜の声を上げる。
「やあイヴ、愛してるよ。今日も明日も麗しいね」
「……なんか雰囲気違くない?」
「ははは、いつもの俺じゃないか、何も違くない。愛してるよイヴ、たった半日だけど会えなくて寂しかった、抱きしめたいよぉ、はぁっ〜はぁっ〜」
キモ。
「だがそれはしばしお預けだ。今はあの忌まわしき小娘を滅っさなければならない!」
「めッッッッッッッッッッッッッッッッツツツツツツツツツツツツツツツツ」
「ぐほはぁっ!」
イヴはアルナをぶん殴った。
平手とかビンタじゃなく、硬く握りしめた拳で。
ルシファーとあまりに扱いが違う。
「何をする、愛しのイヴ!?」
「あの子も助けるの!」
「……助ける? あのガキを?」
「そう、あれはアルナなの」
「いや違うけど」
「同じなの! 黙って助ける!」
「はいっ」
「あと」
「まだあるんですか?」
げんなりアルナ。
「あの子に自由とは何か、不自由とは何か、教えてあげて、昔、私が教えたように、今のアルナならそれができる」
「ッ! ……分かった」
アルナは飛び立ち、ルシファーの前に立ちはだかる。
怒髪天のルシファー。
「久しぶりだな、クソガキ」
「ぶち殺されに来たの?」
「いいや」
「じゃあ何のため!」
「お前を大人にしてやるのさ」
「ぶっち殺ぉす!」
「出来るもんならやってみな」
アルナはルシファーの頭部を鷲掴みに。
そして、
「防御魔法は掛けてやる」
「はぁ?」
顔面を偉大なる大地へと落下。
「がぁはッ!」
「まだまだぁ!」
そのまま2人でローリング。
まるで2人は電動ドリル。
顔面で掘削、案外掘れてる。柔らかなほっぺと偉大なる大地の削り合い。
ついに回転は光速を超える。
穴はどんどん深くへと----
「クソやろぉおおおおおおおおおおおおおおッ」
「クソガキぃいいいいいいいいいいいいいいッ」
2人の決戦場所は、未だ人類の到達したことのない、地球の中心へと至る。
「ねぇキャサリル、私助けてって言ったよね? あれ殺す気にしか見えないんだけど」
「世界最強は地球にだって殺せませんよ」
アルナVSルシファー。
決着はどちらか。
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