青薔薇の夢

及川稜夏

第1話

 艶やかな床とどこまでも広がるような空間。それは咲が、もう二度と見ることのない風景のはずだった。

 どんな経緯でここにいるのか、直前に何をしていたのか。何一つ咲は思い出すことができない。


(どうして、もう二度と入れないはずじゃ……)

 思いつつ、咲は試しに歩き回ってみることにした。

 どこまで歩いて行っても、ほとんど景色は変わらない。蒼の影も声もない。

 それでも蒼と過ごした日々がいくらでも溢れてくる。この空間は、どこまでも見慣れた場所のままだった。

 咲の服もゴスロリのままだった。だが、赤薔薇の刺繍はない。代わりに群青色でツヤツヤしたブローチが一つ、胸元に付けられている。

 紛れもなく、そこには黒薔薇の誓いなど存在しない。

 (小学生の時二人で、こっそりケーキを食べたこともあったっけな。 もっと前は絵本を読んでもらったり。 どうして忘れていたんだろう)

 咲は思わず思い出を振り返る。途端、体が強く後ろに引かれる。


 咲は目を開けた。自室のベットの上に寝転んでいたようだ。

 服装はパジャマ。リビングからニュースの音声が微かに聞こえてきた気がした。

(空間が崩れた時みたいだけれど、確実に違う。……夢、だったんだ)

 時計を見上げれば、8時を指していた。今日は休日だ。

 咲はふと、数日前に篠宮と交わした会話を思い出した。


 咲は、ゴスロリを着て家を出た。朝日に照らされて、群青色のブローチが光る。もう、ゴスロリは契約のためではなく、咲のファッションそのものだった。

 しばらく歩いた咲は、道端に見慣れた人物を見つける。

「篠宮くん、おはよ」

「咲か。……本当にゴスロリ着てきたんだな」

 篠宮は少しばかり咲に驚いたようだった。


「届いたばっかりで、なんか嬉しくなっちゃった」

「早く行かないとあいつらに遅いって言われるぞ。 買い物行くんだろ」

 咲と篠宮は友人たちの待つ駅へ向けて歩いてゆく。


 咲たちの新しい日常は、まだまだこれから続いていきそうだった。

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青薔薇の夢 及川稜夏 @ryk-kkym

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