第一章 秋島 幻想を描く流星

ミローズとの出会い

 https://kakuyomu.jp/users/urutoramarin/news/16818093089305566731

 秋編の表紙が近況ノートからみられます。秋編に関してはこのイラストが重要なポイントとなっているので、ぜひご覧ください。 



 秋主しゅうしゅ祭(九月一日)一週間前――


 俺は秋神殿の周りに広がる首都ガラルドの街を一人で見て回っていた。

 秋主祭になると秋主の俺は主役で、あまり身動きが取れなくなる。その前に街の様子を自分の目で見たかったからだ。

 

 一週間後にこの秋島の大きな祭りを控えているガラルドは、通りに色とりどりの花々が植わり、人々は忙しくしながらも笑顔で道行く人たちと話をしていた。


 ガラルドの街は秋神殿を中心に四方へレンガ道が伸びている。秋神殿から近い場所から富裕層の住宅や美術館や芸術院などの学校があり、離れて行くほど貧困した人々が住んでいた。

 秋神殿に近いほど治安はよく、離れていくにつれて治安は悪くなっていく。


 だから俺は、秋神殿からほど近い芸術院のあたりを歩いていた。

 芸術院は、演劇、ダンス、絵画、彫刻など、あらゆる芸術に優れた学生が通う、芸術に関しての登竜門的な学校だった。ここを卒業すれば、ある程度将来が約束される学校だ。

 通っている生徒は各部門全体合わせてもそんなに多くは無い。


 そんな芸術院の周りの一角に、画家が集う小道というのがあって、俺はそこを見て回るのが好きだった。みんなが絵を描きながらその場で売り買いしているのだ。


 いいと思った絵は、たまに買ったりする。様々な絵を見ているとこころが浮き立つ。

 写真のように精緻な絵、動物の可愛らしい絵、綺麗な風景の絵。

 

 人々の間をすりぬけて、そんな絵を見て回っていたら、どしんと衝撃を身体に感じた。そして、何かを思い切り踏んだ感触がした。ぐにっと靴の下で何かがつぶれるような感じがして。


「ああーー!!」


 とたんに聞こえたのは、女性の悲鳴だった。

 俺がその声の主へ顔を向けると、彼女は真っ赤になって怒りの形相で怒鳴った。


「なんてことしてくれるのよ!」

「何って……?」


 まだ十代後半だろう年齢の、がりがりに痩せた女性だった。

 耳にいくつも穴をあけて耳飾りをしていて、赤い髪の毛を、変わった形に結っていた。


 俺は自分が何を踏んだのか、まじまじと見てみた。

 足の下には白い袋の中から、赤、青、黄、白、の色がジワリと染みだしている。


「絵の具?」

「そうよ! あんたの足の下にあるのはあたしがさっき買った絵の具なの!」


「なんで絵の具が道に落ちているんだ」

「あんたとぶつかったときに落としたのをあんたが踏んだのよ!」


 彼女は怒り心頭と言った感じだった。

 足の裏を見ると、べたりと絵の具がついてしまっていた。下の砂と混じってしまって、もう使いものにはならないだろう。


「俺が踏んだのか。すまなかった」

「すまなかった、じゃないわよ! この絵の具は食費も切り詰めてやっと買った四本だったのに!!」


 その言葉はうそじゃない、と思った。

 彼女が買った絵の具は赤、青、黄の三原色と白。この四色があれば、大抵の色が作れて絵が描けるからだ。

 だから、貧しい彼女はこの最低限の色しか、買う余裕が無かったのだろう。


「本当にすまなかった。弁償する。踏んだのは俺だしな」


 真摯に謝ると、彼女は急にしおらしくなって、戸惑った。


「そ、そう? なら今すぐ画材屋に行って買ってこよう」


 彼女は戸惑いながらも俺の腕をとり、前を歩きだそうとした。


「ああ、その前にこの絵の具を掃除してしまわないと。このままじゃ、せっかくの芸術の街が汚くなってしまうから」

「……律儀なのね。そのとおりだわ」


 彼女のポケットから数枚の紙が出てきた。それで道でつぶれた絵の具を拭う。

 俺も自分で持っていた紙で靴の絵の具を拭った。

 絵の具のついた靴で歩いたら、余計に街が汚れてしまうから。


「さあ、じゃあ、行きましょう!」

「ああ。さて、画材屋と言ったら、あの店かな。芸術院の前の大きな」


 俺がそう言うと、彼女はさらに戸惑った。


「え? そんな高い店じゃないけど……」

「いや、そこでいい。俺が台無しにした絵の具だから、きちんと弁償したい。ところで、俺はゼスというのだか、君はなんていう名前なんだ?」

「……ミローズ」

「では、ミローズ。そこで買い物をしよう」


 そんなこんなで俺とミローズは、この秋島で一番大きな画材屋へ行った。

 いろいろな種類の筆や絵の具、スケッチブック、鉛筆などかところせましと陳列されている。

 彼女はこの大きな画材店にはあまり出入りしないのだろう、戸惑いながらも目をきらきらさせて色々な画材をみていた。


 俺は彼女の使う絵の具の種類を聞き、その中でも品質のいいものをミローズに弁償した。

 彼女は馬鹿正直にこんな高い絵の具じゃなかったのに、と遠慮している。

 ミローズは食うのも切り詰めてさっきの絵の具を買った、と言っていた。

 そこまでして手に入れたものを俺は台無しにしてしまったのだ。それ相応の償いをしたかった。


 袋に入った絵の具をミローズに渡すと、彼女は顔を赤らめた。


「あ、ありがとう……正直、弁償してくれるとは思わなかったよ」

「どうして?」

「だってあんた、けっこういい身なりしてるから。そういうヤツっていけ好かないヤツが多いからさ。絵の具くらいで大げさにって相手にされないかと思った。だからさっきは思いっきり文句言ってやったのに」


 何かきまり悪そうな感じで彼女は呟いた。


「大事なものだから怒ったんだろう?」

「うん……」

「それならば、その感情は正しいんじゃないか?」

「まあ、そうだけど。……あんた、わりといいヤツだね。そうだ、ゼス、あたしの絵を見に来ない? これもなんかの縁だよ。あたし、芸術院にいけるような金もないし、絵はもういない両親に習っただけだけど、昔から絵を描くのが好きでね」


 ミローズの提案は、とてもいいと思った。

 彼女がどんな絵を描くのか、純粋に興味がある。

 生い立ちからしてきっと、芸術院に通う生徒とは違うおもむきの絵を描きそうだ。


「見せてくれるのか? ならば観たい。楽しみだ」

「よし、決まりね。じゃあ行こう。あたしのアパートは下町の方だから。言わなくても分かると思うけどね」


 ミローズは悪戯っぽく笑うと、また俺の前を歩きだした。

 俺は新しい絵の具を持ったミローズの隣に並ぶ。そして、彼女の自宅兼アトリエへと向かった。

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