壇上

@bokuwaryo

壇上(架空)

「壇上」(架空)


King Gnuの曲、「壇上」の歌詞の一節に、

「本当に泣きたいときに限って、誰も気づいちゃくれやしないよな。人知れず涙を流す日もある。」 という歌詞がある。

私は、今までの人生で、心に響くことがあまりなかったが、(いや、むしろ響かないように、

心のガードを張っていたというのが正しいかもしれない。)


ドライブをしながら、突如流れてきた、

ラジオのこの曲に。この歌詞に。

心が共鳴したのを、鮮明に覚えている。


壇上に登って。「そんなことないよ。

私がいるじゃないか!」って大声で叫びたくなった。


小さい頃から、映像を作るのが大好きだった私は、

心の赴くままに、映像を作り、

ネットに映像を投稿していて、そのまま、

映像会社を設立して、アーティストの人と、

musicビデオを作る仕事をしている。

毎日、MacBookと睨めっこをしながら、

家に、アーティストを呼んで、

打ち合わせをし、

その方の心に響くような映像を作っていく。


共感できる歌詞と、音を生み出すことができる

ということは、きっと、

計り知れない、感受性があるのだと思う。

そのため、アーティストは、

とても繊細な心を持っていて、気難しい。

心の機微を受け取れるのだ。


だからこそ、やりがいがあって、

お金をもらって、仕事をする以上、

アーティストの人に、喜んでもらいたいというのが、

私の気持ちだ。

自分の作ったものと、アーティストさんの

反応がピッタリハマった。あの瞬間、

あの喜びは、毎回毎回

とてつもなく、特別なものだった。


しかし、長年やっていたこの仕事、

この壇上の一曲を知り、

やめようかと思っている。

心の奥底の自分が、

「寂しい」と言っていたのだ。

なぜだかわからない。すごく寂しいのだ。


私は職業柄、人の気持ちに寄り添い、

お客さんが望んでいるものを作ることが

仕事のため、

気づかぬうちに、自分の心が、

わからなくなっていたのかも知れない。


望んでいるものばかりを作り、

自分の感情を押し殺していたのかもしれない。


心のバリアを貼り、仕事であると割り切って、

気持ちが混同しないようにしていたつもりだった。

でも違ったようだ。

無性に寂しいのだ。

目の前に、

あれほどのアーティストの曲を聞いてしまった以上、

感情を、仕事と区別することが

できなくなってしまった。


こんなに心が共鳴したことは初めてだった。


100%でぶつかってくる

アーティストさんに対して

仕事と割り切らず、心の叫びを、

映像でも表現できたらよかったのかもしれない。

お客さんは喜んでいるけれど、自分の映像は、

自分が喜んでなかったのかもしれない。

そんなことを考えてしまったり、


もし、King Gnuが、私にPVの依頼をしてきたら、

自分はできるのであろうか??

こんなことばかりが、頭の中に張り巡らされ、

恐怖心や、自分の中の漠然とした何かが、

頑なに、今流れている時間を、拒絶している。


この埋められない。寂しいという気持ち。

気づけば気づくほど、過去の映像が、脳内に

こびりつき、蓋をしていた、自分の心が

解放されていく。

いろんな感情がぐちゃぐちゃになり。

「全然よくわからないよ。わからない。

この気持ちは、なんだろう。

ただ、ただあの曲はすごい。」


すごく寂しかった。

誰にも言えないこの気持ち。

この曲だけが、私を虜、

心を奪い、私の奥底に住み着いていった。


「少しずつ、自分の気持ちを表に出して、

心に素直になっていこうね!!!!!!」

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