第3話『お気に入りの正体』

◇◆◇



「……罪によって、ティルダ・トリエステとは婚約破棄し彼女を貴族の身分剥奪の上、国外追放とする!」


 私は婚約者アーサーが言った『国外追放』の言葉を聞いて、ほっと安心して胸を撫で下ろした。良かったわ。だって、そうだったら良いなと思っていた刑罰だったから。


「殿下のお言葉通り……お受けいたします」


 また、この言葉も何か良くない言葉に変換されたのか、周囲からは失笑と嘲笑が聞こえた。


 もう良いわ。話した言葉がそのままの意味で通じないなんて、これでもう終わりだもの。悪役令嬢の断罪を以てハッピーエンド。乙女ゲームはすべて終わり。


 こういう時のために財産を隠していた場所へ、どうにか移動しないと……。


 腐っても貴族令嬢の私は、作法通りお辞儀をして、この場から下がるために背後を振り返った。


 ……そこに居たのは、あの時以来姿を見なかったゴートン? どうして、彼がここに居るの?


 ここまで急ぎ走って来たのか、肩を揺らした彼は荒い息を何度も吐いていた。そして、ゴートンは騎士らしくひざまずき、許しを乞うようにアーサーへと言った。


「お待ちください! アーサー殿下。ティルダ様はそちらの女性を、一度も虐めた事などございません」


「……なんだと?」


「何らかの理解し難い力が働き、ティルダ様の言葉が何故か悪意ある言葉に入れ替わるのです……そんなティルダ様を断罪するなど、殿下のため……いいえ。この国の損失になります。どうか、僕の話を今一度お聞きください」


 ゴートンはそう言い、顔を上げた。私へ意味ありげに目配せしたけど、それがどういう意味かわからない。


 確かにゴートンにはゲームの強制力は、働いてないようだった。


 以前会った時に、私だってそれは思った……けど、ここから彼が何をしようとしているかなんて、全然わからない。


「……何を言っている? リッター卿。お前が父上のお気に入りだろうが、関係ない。そこに居るティルダは何度もこちらに居るか弱き女性を虐め、命の危険にも晒そうとした。許し難い蛮行だ」


 アーサーは隣で震えているヒロインの腰を抱き、事態が呑みこめぬまま呆然としている私を指差して言った。


「いいえ。僕は知っているんです。先ほどだって、ティルダ様は粛々と罪の罰を受けると言った。ですが、ここに居る皆さんには、口汚くそちらの彼女を罵り、自分は無実だとみっともなく喚いているように聞こえた……違いますか?」


「その通りだろう……いや、待て。ティルダの言葉が変換されて聞こえるだと?」


 アーサーは頭を押さえて、苦しそうに呻いた。それは、周囲に居る人たちもそうだ。ヒロインだけはガタガタと震えていた。


「効き始めましたね。これは、神殿からお借りした御神体。そこにあるものは、ありのままの真実の姿が残り、まやかしは全て消え去ってしまうはずです」


「ちょっと! もうっ……余計な事はしないでよ! もう少しで、私はエンディングで幸せになるはずだったのに!」


 さっきまで怯えて震えていたはずのヒロインの女の子がそう言って、私はその時にこの子も転生しているんだと悟った。


 もしそうならば、私にわざわざ近づいて、虐められているような体勢になっていたことだって……全て、理解出来る。


 私と彼女の役回りを理解していたから、そうしていたんだ。


「……やはり、お前が全ての元凶だったか。何かおかしいと思ったんだ。この女を連れて行け。国外までその身を移せば、殿下たちも正気を取り戻すはずだ」


「……何を」


「ティルダ様には何の罪もない。この女が、全員に妙な術を掛けていたんだ」


「まっ……待ってよ! どうして! 私はヒロインなのに!」


 何人かの兵士に連れられ去っていく彼女。私はそれを見ているだけだったけど、何だか胸のすく想いだった。


 今まで私が何言っても何やっても無駄だったのも、全部彼女が仕掛けた事だったのね。


「ティルダ様。証拠固めや各種手続きなどでお救いするのが大変遅くなり、申し訳ありませんでした」


「ゴートン様……私を、助けてくれたんですね」


 嬉しさで自然と溢れ落ちる涙に、彼は悲しくて泣いていると誤解をしたのか、悲しそうな顔をした。


「ええ。貴女の言っていた事は、その通りでした。僕は実は現国王と神殿の巫女の元に生まれた、非嫡出子なんです。おそらく母の血が、貴女を苦しめていた何かの力を振り払いました」


 この世界では、神殿ってそういう力も秘めているんだ……ゲームの中では一切出て来ないし、私の父母も敬虔な信者とは言い難いから、それを知らないままでこれまで来てしまった。


 それに、今の話には……すごく重要な情報があった。


「あ……では、貴方は」


「そうです。訳あって今まで存在を隠されていた王族なのですが、貴女のためにこれから名乗り出ることになります」


「……私のために?」


「ええ……公爵令嬢に求婚するには、身分が必要かと……父も、兄の所業を聞き、貴女には悪いことをしたから、そうして欲しいと僕に言っていました」


「ゴートン……その」


 ゴートンは素晴らしい男性であることは、私にも理解出来ている。けど、まさかこんなことになるなんて……全く思ってもいなくて……ほんの少ししか会っていないのに、遠い神殿まで行って、私を助けてくれたんだ。


「もう大丈夫です。ティルダ様。今まで本当に、大変な思いをされましたね。これからは僕が共に居て、何があったとしてもお救いすることを約束します」


 彼は優しく腕を広げたので、私は何も考えられずに、その胸へと飛び込んだ。


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