空いた蓋 ─ルナ

──────


 マリアの件があってから三日ほどたった頃。


『ルナ、どうしたの……? いきなり俺の頭なんか触って。なんか付いてた?』



『ううん、何にもないよ。ちょっと触りたくなっただけだよ。魔術の練習、再開しよっか」



 俺はほぼ毎日とも言える程、ルナの実家に通いルナに魔術を教えて貰っていた。

 ルナの家は村の中ではとても大きく、村一番の富豪の家と言われていた。

 ルナは学舎と習い事ばかりでろくに遊ぶ時間もないのに、合間を縫って俺に魔術を教えてくれていた。



『シェイドは炎の魔術に才能があるね、多分私以上になるよ』



『過大評価だって……言われて悪い気はしないけどさ!』



 そんな他愛も無い、いつも通りの日のはずだったんだ。

 突然ルナが立ち上がって、耐火魔術のかけられた人形に魔法を放っている俺に抱き着いた。



『ルナ、危ないって! 突然どうしたの?』



『シェイドは、私の事どう思ってる? 教えて』



 突然そんな事を聞いてくるもんだから、うら若き少年の俺はびっくりして心臓が跳ね上がる。

 勿論、好意はあった。

 だけどそれは恋愛感情じゃなくて、親愛のような物だった。



『勿論! 好きだよ! あっ、誤解が無いように言うけど友達としてだな……』



『そっか、他に好きな人はいる?』



『友達として好きなのはマリアと……あ、あと……好きな人は、いる』



 この頃の俺には初恋の人がいた。

 学舎の人気者で、みんなの王子様みたいな女の子。

 名前は……思い出せない、また蓋がされてるみたいだ。



『そっか。シェイド。……私はね』



 マリアは俺に抱き付くのを辞めたかと思うと、小声で何かを呟き始めた。

 すると突然、俺の体が氷に覆われたかの様に固まってしまった。



『シェイド、大好き。でもね、私以外を見るシェイドは要らないの、存在してはいけないの。私達はずっと見つめ合って生きていくの。シェイドは私を鳥籠から出してくれた、白馬の王子様だから』



 顔色変えずにそう言い放つルナに、友だとしても恐怖を抱いてしまった。

 ルナは俺に近付いてくる、俺の頭に触れる。



『シェイドは私に唯一の外の世界を教えてくれる人。村の外に出ちゃいけない私に、世界を教えてくれる人。シェイドと過ごす時間が唯一の幸せで、私の生き甲斐なの。だから、もし。シェイドが私以外になびいて私の元に来てくれなくなるって考えると……どうしようもない、絶望感に襲われるの』



 その言葉を否定しようとしても、口が動かない。 ルナは優しく頭を撫で続けている。



『だから少し、───させてもらうね。大丈夫、痛くないから。ただ、───だけ』



 そこからの俺の記憶は、魔力が尽きた点灯魔術の様に暗転した。

 

──────


「シェイド〜! お〜い! 返事してよぉ……シェイド〜!!!」



「うっさいうっさい!!! あれ……俺、湯船に浸かってた様な……」



「長風呂しすぎ。のぼせちゃったんだよ」



 俺の目の前には、少し湯気が立っているほかほかの二人が目の前にいた。

 

 正直言うと、今この二人に会うのは恐怖が勝る。

 先程の記憶は、夢か現かわからないけれど、理解出来る事は二つある。

 これを忘れていた要因は、この二人にあるということ。


 そして俺は……きっと、このままだとあの記憶のような状況に逆戻りしてしまう事だ。

 立ち上がり、ルナとマリアと目が合う。


 マリアには、あの時のようなドス黒い瞳は無い。

 ルナに、あそこまでの俺への依存心も無い……かはわからない。

 この記憶が本物か、本人に聞くしかないだろう。


 だが、聞いた瞬間全てが崩れ去るかもしれない。

 積み上げたはずの友情も、親愛も、何もかも。

 ぐちゃぐちゃになる。


 だから臆病な俺は、聞かない選択肢を取った。

 きっとこれが夢ならば笑い話になるだけだろう。

 この話を聞いて二人は笑って俺を揶揄うだろうと友情に確信が持てる時。

 その時が、この真実がわかる時だ。



「シェイド〜!!!」



「うっさいうっさい!!! ちょっと考え事してただけだって……まぁ、心配してくれてありがとな」



「シェイドが考え事なんて珍しいね」



「う……ちょっと傷付いた……俺だって人並みに考える事はあるよ」



 俺はいつも通り二人と過ごす選択肢を取った。

 あの記憶が夢と信じて。


 その後、俺達は軽く帰りで飯を買ってから宿屋に戻る事にした。

 宿屋生活もいつか終わって、パーティ本拠地という名の家を持てる日は来るのだろうか。


 ルナは買ったはずの食べ物を帰りで自分の分を全部食べていた。

 食いしん坊め……!



「というか、もう凄いペースでシルバー級に行けそうだな。シルバー級になったら、お駄賃も跳ね上がるし生活に余裕が出来るぞ!」



「良いご飯、食べたい」



「防具とか買いたいな〜!」



「ルナとマリアは騎士と魔術師辞めたから、王宮の防具剥奪されてるし、安い防具と武器しか買えてないしな……まぁ、安いのであんなに強いんだから困るんだけど……」


 俺達は他愛もない会話を続けながら眠りにつく事にした。

 今日もルナとマリアは俺にくっついて離れようとはしなかったけど……逆に、変わらなくて安心する。


 こんな平穏な日々がずっと続く事を祈って。

 またあの悪夢を見ない様に。

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