4章 笑顔の裏側④
翌日、京紫朗の休憩時間を狙ってエリクに電話するも繋がらず、皆で医院長室に行くことにした。
「なんか、タイミングがよすぎるんだよな」
和佐は難しい顔で腕を組み、上がっていくエレベーターの階数表示パネルを見上げていた。
「わかる、松芭部長、俺たちが動きやすいように頻繁に席外してくれてるよね」
翔太の言葉には心当たりがありすぎる。京紫朗は一叶たちがエリクに電話をかける隙を狙っていたり、医院長室に行くタイミングを見計らっていると、まるでお膳立てしたようにお手洗いや休憩だと言って霊病科を出ていってくれるのだ。しかも――。
『十五分くらいで戻ります』
『一時間……いや、普段は年中無休で働いてるわけですし、一時間半くらい休んでもバレませんよね』
ご親切に制限時間まで教えてくれるのだ。
「うん、私も絶対にわかってて見逃してくれてると思う……」
一叶は苦笑いしながら、翔太たちとエレベーターを降りて、医院長室へと向かう。
――ガシャンッ!
「……っ」
医院室の前にやってくると、中からなにかが割れる音と誰かの呻き声がした。一叶たちは顔を見合わせ、急いで医院長室へ飛び込む。
「失礼します!」
和佐がドアを開け放つと、医院長が執務机に手をついて、肩で息をしていた。
「あいつが私を狙ってる……霊を呼び寄せるものはすべて遠ざけるのよ!」
金切り声をあげ、テーブルの上の物を薙ぎ倒す医院長に、全員が唖然とする。
「母……さん……」
その声で初めて、執務机の前で膝をついているエリクに気づいた。物を投げつけられたのか、頬が切れている。
「エリクくん!」
彼に駆け寄り、ポケットから取り出したハンカチでエリクの頬を押さえようとした。
しかし、乾いた音を立てながら手を振り払われる。
「いいから!」
エリクは俯いている。手の甲がじんじんと痛むのに合わせて、一叶は怒りが込み上げてくるのを感じた。
「い、いつまで嘘つくつもりなの!」
一叶が大声で怒ると、こちらを向いたエリクは目を白黒させる。
「みんなと仲良くなるのが辛いって言ってたよね? あれはみんなを裏切ってることが辛かったんだよね?」
「……っ」
エリクは顔を歪め、唇を噛んだ。
「本当はみんなと、いたかったんでしょ!?」
そうであってほしいという願望も入っていたかもしれない。感情的になって、涙が出そうだった。
「エリクくんが……私たちを追い出すために医院長に協力してたのは……悲しかった。でも、エリクくんが私たちのためにしてくれたことが、なかったことにはならない!」
「僕がきみたちのためになるようなことをしたんだとしたら、それは信用してもらうためだよ」
エリクは一叶の視線を避けるように、下を向く。
「大体うおちゃんはさ、お人好しすぎるんだよ。央っちのときも和佐のときも、拒絶されても向かってってさ」
エリクは語尾を震わせた。
「……っ、僕は嘘つきなんだよ。配属されたときから、ずっとみんなを騙してた。もっと僕を疑いなよ」
「エリクくんが本当にひどい人なら、霊病科が活動できなくなることを自分で言いに来たりしないよ。だって、私たちに責められに行くようなものだから」
エリクの目は、うっすら潤んでいるように見えた。
「エリク……なにをしているの?」
信じられないものを目の当たりにしたかのように、医院長は息子を視線で咎めた。
「化け物と親しげに……遠ざけなきゃいけないのに……っ、霊が私を殺しにやってくるのよ!」
その必死な表情は、どこか常軌を逸している。
「怯えてる……なんだ、これ……怖い……?」
自分の身体を抱きしめて震える翔太に、和佐が「央?」とその顔を覗き込む。
「真っ青じゃねえか、お前は部屋出てろ」
翔太は「いや、平気」と、なんとかその場に残った。彼のことも心配だが、一叶は医院長の鬼気迫る様子から目を逸らせない。
「医院長、一体どうしてしまったんですか?」
(エリクくんのことも傷つけて……)
それとも、いつもこんな扱いをエリクはされているのだろうか。
「簡単な話ですよ、医院長は正常ではないんです」
颯爽と現れた京紫朗が部屋に入ってくる。一叶と翔太、そして和佐は「松芭部長!?」と声を揃えて驚く。
「もともと医院長の霊病科への印象はよくはありませんでしたが、去年の暮れあたりから、我々を敵視する発言を明確にされるようになりました。恐らくその頃から、精神が不安定だったのではありませんか?」
「それは……」
京紫朗の指摘にエリクが動揺を見せた。
「勝手に話を進めないでちょうだい。私が精神を病んでるって言ってるの? あなた、よほどこの病院を辞めたいようね」
「ご自愛くださいと、そうお伝えしたはずですよ」
医院長にはほんの些細なきっかけで、暴発してしまいそうな危うさがある。それを京紫朗は、いつから見通していたのだろう。
「私は正常よ!」
京紫朗は、すっと目を細める。
「私の目はごまかせませんよ」
エリクの顔に怯えが走った。
「松芭部長は、いつから母のことに気づいて……?」
「オーラは人格も表しています。人間は嫌なことがあったり、強いストレスを感じると一時的に、トラウマがあるとその一部が長期的に濁ることがあるんです」
京紫朗はエリクから医院長へ視線を移す。
「医院長のオーラは去年の暮れあたりから、日に日に少しずつ濁っていきました。ですがそのスピードは緩やかで、数日前までは治療を要するほどではなかったのですが……なにか急激なストレスがかかったのか、今は完全に混濁しきって、本来の色を失いつつあります」
「母は……人格を失いつつあるってことですか……?」
エリクはショックを受けているようだった。
「そうです。医院長が国の定めた霊病科を機能不全にするなんてこと、まともな判断とはいえないでしょう。黄色くんがそれに加担しているのは、医院長が病んでいることを公にするわけにはいかなかったからですね?」
エリクの目には、明らかに狼狽の色が浮かんだ。
「そして、信じたくなかったのではないですか? 母親が病にかかっていると」
京紫朗の問いに、エリクは罪人のように深く頭を垂れる。
「身内が病にかかれば、客観的に物事を見れないものです。だからこそ、仲間の目を信じたらいい」
エリクは「え?」と京紫朗を見上げた。
「そうだよ、今は辛いかもしれないけど、お母さんには治療を受けてもらおう?」
一叶も説得すると、医院長は刺々しくエリクに当たる。
「エリク、実の母親を精神科に突っ込むつもりなの?」
エリクは俯いた。
「……ううん、そんなことしないよ」
その答えを聞いて、やっぱり届かなかったかと落胆したのは一叶だけではないだろう。
「でも母さん、最近疲れてるみたいだし、眠れてないでしょ? だから先生に眠剤でももらってさ、ちゃんと休めるようにしようよ」
「そんなもの、必要な――」
「悪いけど、母さんはどこも悪くない」
エリクは医院長の言葉を遮り、一叶たちの顔を順番に見回しながら続ける。
「ただ疲れてるだけなんだ。だから母さんの仕事を増やさないでくれる?」
「そうよ。どうせ、私を陥れたくてこんなことをしてるんでしょうけど、無駄よ」
「眠剤をもらうだけで十分だよ、ね?」
「ええ、行きましょう、エリク」
ふたりは病室を出ていく。
「は? 医院長の様子、明らかおかしいじゃねえか! いくら身内だからって、なんでエリクは気づかねえんだよ!」
「いや、気づいてるよ」
翔太は断言する。和佐は得心がいかないというように眉を寄せたが、一叶も翔太と同じ考えだった。
「エリクくんは、ああ言うしかなかったんだよ」
「うん、精神科を受診させるのって難しいから。中には風邪気味だから病院で見てもらおうって嘘をついて、なんとか受診させる人もいるし」
なにはともあれ、一叶は言う。
「もう少しだけ、待ってみよう」
主が不在の医院長室にい続けるのもおかしいので、皆で部屋の外に出た。
和佐は腕を組んで廊下の壁に寄りかかり、床に視線を落としている。京紫朗は窓から外を眺めていた。翔太はというと、一叶の向かいでしゃがんでいる。
エリクのことを信じるのか否か、自分たちの言葉は届いたのか否か、一叶たちは黙って考えを巡らせながら各々待っていた。
そして小一時間ほど経ったところで、エリクが帰ってきた。
「みんな、まだここにいたんだ」
彼は疲れたように笑っており、一叶と翔太は立ち上がる。和佐と京紫朗もエリクに視線を移した。
「母さん、初期の統合失調症だった」
言いながら俯いたエリクに、皆が息を呑む。
「このことは内密にってお願いして、精神科の
エリクは医者なのに、情けないよねと自嘲的に笑うエリクに胸が痛む。
医者だからといって、いつ何時も完璧で、なんでもわかるわけではない。本当はおかしいと思っていても、自分の家族に限って大丈夫だろうと思ってしまうのは、よくあることだ。
「自宅で仕事をするように先生が説得してくれたから、あとはなんとかごまかしごまかしで通院させながら、もらった薬をこっそり飲み物とかに混ぜて飲ませられれば……」
そこまで言って、エリクはため息をつく。
「ほんと僕、嘘ばっかりついてる。母さんにも、みんなにも」
倫理的には嘘をついて病院に連れていくことも、黙って投薬することも間違っているのだろうけれど、実際に自分がその場に直面したら、綺麗事だけで家族を守ることは難しい。なにが正解で間違いかなんて、当事者にしか決められない。
「誰かを守るためにつく嘘もあるよ」
本心から出た言葉だった。
エリクは驚いたように一叶を見る。
「嘘なんて、大なり小なりみんなついてるし、本音ばかり口にしたら、喧嘩だらけになっちゃう。嘘をつくことに、そんなに罪悪感を覚えなくても……いいと思う」
「一叶ちゃん……」
「か、かく言う私も、松芭部長を騙してしまいました……」
身を縮こまらせて項垂れると、エリクは「えっ?」と目をぱちくりさせた。
「松芭部長に止められたのに、霊病科の仕事をしようとしたの」
京紫朗は「ふふっ」と笑う。
「きみたちは本当にじゃじゃ馬で、見ていて飽きませんよ」
「す、すみません。そもそもは、私が暮時さんのお願いを叶えようとして、央くんと和佐くんを……」
一叶の言葉は、和佐に遮られる。
「巻き込んだとか言うなよ」
「俺たちがやりたくてやったんだし」
当然だという顔をして、翔太も続いた。
「本当はもう少し問題が大きくなるのを待ってから動きたかったのですが、被害者が増えるとわかっていて、じっとしてられるきみたちではありませんでしたね」
京紫朗の考えは、一叶の予想していた通りだった。といっても、気づいたのはつい昨日なのだが。
「患者が増えれば、霊病科が動かざるを得ない状況になる。手に負えなくなった病棟のほうからコンサルしてくるぶんには、私たちが動いても咎められない。その上、霊病科の必要性も周知できる……だから待てと言ったんですね。それなのに私……うう、すみません」
「いいえ、私は上司ですから、この科とあなたたちを守る最善の策を考えましたが、医師として人命を優先したあなた方が本来は正しいんです。そして、なにより上の者の意見を鵜呑みにせず、己の意見を貫いた。あなた方はそのことを誇りに思ってください」
一叶も、そして恐らく翔太や和佐も気づいた。自分たちは試されていたのだと。
京紫朗は自分の意思に反するなら、相手が誰であっても意見できる強さを持てと、そう伝えるために、あえて突き放すような言い方をしたのではないだろうか。
(本当に、すごい人だな)
京紫朗の考えを読ませない微笑を見つめ、一叶はしみじみとそう思う。
「みんな、ごめん」
エリクは深々と頭を下げた。
「母さんは苦労して医院長になったんだ。うちは古い考えの人ばっかでさ、直系のうちが男児に恵まれなくて、傍系血族の男に継がせるべきだって声が身内から上がったんだけど、医者の腕でちゃんと結果を残して、家庭よりも仕事を優先してきたから、父さんとは別れちゃったけど、女だてらに医院長になったんだ」
「女性の身で医院長になるのに、すごく苦労したんだね」
一叶の言葉に、エリクは「うん」と頷く。
「だから、トラブルを引き寄せる霊病科の存在はその地位を揺がすリスクだって考え方は昔からあったと思う。だけど、霊病科の設置は国が決めたことだし、それを母さんもわかってたはずなんだ。医師として判断を間違ったことはなかったのに……」
エリクは苦しそうに白衣の裾を握り締める。
「母さん、弱音なんて一度も吐いたことがないんだ。だからたぶん、仕事のストレスが祟って幻聴まで聞こえるようになったんだ。最近は『誰かに呼ばれた』とか、『私を狙ってる』とか言い出して、それが全部霊のせいだって……実際は病気のせいだったのに」
「だから霊病科をなくしたかったんだな」
和佐は腑に落ちた様子で言った。
「うん。気のせいだって思いたかったけど、妄想症状かもしれないって思って、病院に行くことを切り出したこともあるんだ。だけど母さん、物凄い剣幕で怒って、手がつけられなくて……」
他人に知られてどう思われるかが気になったり、家族のことだから自分が解決しなければと抱え込んでしまったりして、周りの人に相談できないのは精神疾患にかかった本人やその家族にはよく見られることだ。
「母さんは医者だから、自分のことは自分がよくわかってるだろうってそう思い込んで、考えないようにしてた。その間にも、状態はますます悪化してたっていうのにね」
『霊が私を殺しにやってくる』と叫んでいた医院長の姿が頭に蘇る。
「さっきみたいに興奮して、暴れることもこれまであったんだ。そういう毎日が続いて、これ以上いくと、僕もどうにかなりそうだったから……みんなが来てくれて……っ、よかった」
心細そうにはにかむエリクに、息苦しくなった。
「ひとりで苦しんでたんだね」
全然気づかなかった。彼は傷ついている心を笑顔の裏に隠してしまうのが上手だから。
「お前、言えよな。なんも知らねえで責めちまったじゃねえか。俺は翔太みてえに察しよくねえんだ。話してくんなきゃ、わかんねえこともある」
和佐は口調こそ責めているようだが、その顔には気づいてあげられなかったという後悔の色が濃く滲んでいた。
「俺も、全部理解できるわけじゃないよ。まあ、なんでも話すっていうのは難しいと思うから、せめて辛いとか苦しいくらいは言ってもいいんじゃない?」
翔太はエリクを気遣うように笑みを浮かべた。
「うん……ありがと」
エリクはか細い声で応え、はらはらと涙をこぼす。やっと笑顔の仮面が剥がれ、思うままに泣けたのだ。一叶たちはなにも言わずに、そんな彼のそばにいた。
ややあって、エリクは涙を拭うと、すっきりした顔で一叶たちを見る。
「ごめん、もう大丈夫。それはそうと、どうしてみんなは医院長室に?」
鼻声で尋ねてくるエリクに、翔太が問い返す。
「今、病院内でスタッフとか患者が正気を失った状態で発見されて、精神科に運ばれてきてるのは知ってる?」
「えっ……ごめん。ここ数日、母さんから目を離せなくて、業務の補佐って名目で張り付いてたから、知らなかった」
都市伝説のことなら自分が話したほうがいいだろうと、一叶は口を開いた。
「その人たちが正気を失った原因が、最近この病院に流れてる都市伝説にあるかもしれないの。赤い白衣のマミコさんっていうらしいんだけど……」
一叶は瑞穂から聞いた都市伝説の内容を伝えた。
「そんな都市伝説があったなんて……知らなかったな」
「今までに、赤い白衣のマミコさんがこの病院に現れたことがあるのかと、マミコって医者が本当にいたのかを調べたいんだけど、そういう資料が残ってるとしたら医院長が持ってるんじゃないかって思ったの」
「だから僕に電話してきたんだね。それなのに無視してごめん。従業員名簿は保存期間内なら残ってると思うけど、それ以前だと残ってないと思う」
医院長室に入っていくエリクのあとを一叶たちも追う。
エリクは執務机のパソコンにIDを入力してロックを解除すると、医院長を補佐をしていただけあって慣れた様子で操作する。
「うーん……こっちには残ってないな。あ、もしかしたら……」
執務机の置物の下にある鍵を手に取り、エリクは引き出しの前にしゃがんだ。
「電子媒体になる前の、処分し忘れた紙媒体の名簿のほうには残ってるかも」
エリクはいちばん下の横開きの引き出しの鍵を開け、中を確認すると、さらにいくつもの鍵がかかっていた。
「これは屋上の資料庫の鍵だよ」
「そこに処分し忘れた紙媒体の名簿があんのか?」
和佐がエリクから差し出された鍵を受け取る。
「うん。あと、もし都市伝説の記録が残ってるとしたら、歴代の医院長は手記を残してるんだ。それを漁ってみたら、なにかわかるかも」
「歴代ってすごいね。どこまで残ってるの?」
翔太は感心したふうに言う。
「きさらぎ病院はもともと、【
「へえ、じゃあその頃から手記が残ってるの?」
「それが、初代院長はあらゆる記録を自分が死ぬのと同時に燃やすようにって後継に指示してたみたいで、残ってるのは高祖母の代からなんだ」
和佐は不審がるように眉を寄せた。
「なんかやましいことでもしてたんじゃねえのか?」
「う……ない……とは言えないけど、今は法律でもカルテの保存期間とか定められてるし、クリーンのはずだよ!」
エリクはしどろもどろに言い、今度は反対側のいちばん下の大きめの引き出しを鍵で開ける。一叶が中を覗き込むと、年季の入った手帳が何冊も仕舞われていた。
「これは、時間かかりそう」
京紫朗は、ふふっと笑う。
「今の私たちは活動を制限されていますからね。これを好機と思って、赤い白衣のマミコさんについて、じっくり調べてみましょう」
他の皆が倉庫のほうで名簿を探しに行っている間、一叶はエリクとふたりで手記を読み漁っていた。
しかし、エリクは医院長のことが気になるのだろう。手記を読み進める手が幾度も止まり、ぼんやりとしている。
「た、たくさんあって、眠くなっちゃいそうだね」
「うん……」
エリクは気もそぞろに答えた。心ここにあらずのエリクの横顔を見つめながら、一叶はめげずに声をかける。
「離れてても、できることはあるよ」
はっとしたように、エリクはこちらを向く。
「お母さんが動けない今だからこそ、この病院を私たちで守ろうね」
その言葉を聞いたエリクは、顔をくしゃりとして泣き笑いを浮かべる。
「……うん、母さんが守ってきたものだし、僕の居場所でもあるしね」
気を取り直した様子で、エリクは手記に視線を落とした。
一叶も持っていた手記の文字を読む。
【これは曽祖母の、そして私の実体験である。後世の女医院長に必ず伝え、予防せよ】
物々しい一文に、心臓が大きく音を立てた。
「エリクくん、これ……」
「うん?」
手記から目を逸らせないでいると、エリクが近づいてきて、一叶の手元を覗き込んだ。
「ちょっとごめん」
エリクはそう言って、手記の表紙を確認する。そこに書き記された人物の名前を見て、彼は驚きの表情を浮かべた。
「
エリクは壁の高いところに飾られている歴代医院長の写真を指差す。遡るにつれてモノクロになっていく写真の中に、聡明な眼差しの女性がいた。
「女性だったんだね」
「今よりも女性が上に立つのが厳しい時代に、ああして医院長を務めてたなんて、本当に大変だったと思うよ」
エリクは写真の中の祖母に母親を重ねているのか、切なげな顔をしていた。
「手記の続きを読もう」
エリクがこちらを振り向いたので、一叶は「あ、うん。読み上げるね」と手記に視線を戻す。
「……それは、唐突に聞こえた」
霊視の力がそうさせたのか、文章を音読する自分の声が、やがて冨の声となって聞こえてくる。
【診療の受付時間が終わった夕方に外来を歩いていると、診療室から『如月冨さーん』と自分を呼ぶ声がした】
やがて富の声だけでなく、手記で綴られている光景が鮮明に頭に浮かんでくる。
【それはよく通る女の声だった。なぜ自分を呼ぶのか、なぜまだそこに医者が残っているのか、そんな疑問を抱きつつも足が向いた。そして、扉を開けようとしたときだった】
【『開けてはいけないよ』。入院していた祖母が車椅子を押しながらやってきて、そう私に注意した。そして、こう付け加えた】
「声に応えて行ってもいけないし、振り返ってもいけないよ」
(……? これって……)
可能性の尾が目の前でちらつくが、一叶はひとまず読み切ることにした。
【意味がわからなかったが、元医院長を務めた厳格な祖母が冗談を言うような人ではないと知っていたので、素直に従った】
そしてまた、言葉に詰まるような一文が目に入る。
「でもこれは……始まりに……すぎなかった……?」
一叶とエリクは、ごくりと唾を飲み込んだ。
【あの日以来、至る扉から、ふとした瞬間にすれ違ったそれに、名前を呼ばれるようになった】
夏江と同じだ。彼女も初めて聞いたその日から、いろんな場所で声がするようになったと言っていた。
【当時、私は医院長になって日が浅く、従兄弟たちからもその手腕について厳しい目を向けられていた。経営が少しでも傾けば、代わってやろうかと笑われ、医院長の座を狙っているのは明らかだった。仕事に集中したくとも跡継ぎを生むための結婚を急かされ、精神的にも追い詰められていた。そんな時期だから、幻聴が聞こえるのだと思い込むようにした】
「けれど、やがて病院内で原因不明の心神喪失状態となった者たちが発見されるようになり、私が体験した出来事を語る者も現れ始めた」
手記を持つ手に、無意識に力がこもる。
【これは私だけではなく、他の者にも起きている事象であり、正気を失った者の身体には【巫】という字を象った焼印が現れるようになった。もはや現実だと受け止めるほかなかった。私はこのことについてなにかを知っている様子だった祖母に尋ねた。あれは一体なんなのかと】
確信に迫っている緊張と焦燥感、そして恐怖からページをめくる手が震えた。
「祖母は言った。あれをわかろうとしてはいけない。この世には病と同じで、原因がわからないものがある。そういう場合が一番厄介だが、毎年発生する流行り病だと思いなさい。根絶はできないけど、予防はできる」
そして次のページには、冨とその祖母が考えた対策法が箇条書きになっていた。
「悪い、マミコについての資料は残ってなかった」
和佐の声がして、一叶は我に返る。戸口を見ると、倉庫組の面々が戻ってきていた。
「じゃあ、うちのスタッフかどうかはわからないね……」
エリクもこれ以上は、お手上げだとばかりに苦笑する。
「そっちの収穫はどう?」
翔太が一叶のそばで屈んだ。
「あ、あの都市伝説みたいなことは、昔からあったみたい」
一叶は立ち上がり、執務机に手記を広げる。すると皆も机を囲んで手記を覗き込む。
「この手記によると、赤い白衣のマミコさんは流行り病みたいなものだって」
和佐は「はあ?」と怪訝そうに首を傾げる。
一叶はこの場にいなかった皆に、手記の内容を話した。
「それで、この流行り病に対してできるのは根絶じゃなく予防だけだって。まずは発生を確認した日から、院内で患者やスタッフを呼ぶ際は筆談等を用いること」
「ぶっちゃけ初めて声を聞いた人はマミコさんなのかそうじゃないのか、わからないもんね。初めから呼ばないってルールがあるなら、呼ばれたときにマミコさんだって一発でわかるわけだ」
エリクは納得、と何度も頷いている。
「万が一、名前を呼ばれても応えないこと。常にすべての扉を予め開けておき、相手を確認できるようにしておくこと。この流行り病の大元の宿主になるのは、恐らくきさらぎ総合病院の……女医院長である」
エリクは衝撃的だったのか、顔を強張らせた。彼の様子を気にかけながらも、一叶は続きを読み上げる。
「これは仕事や人間関係のストレス、就職や結婚など、人生の転機で感じる緊張などがきっかけで発症するのではないかと考えられる」
「当時は霊病医が存在していなかったでしょうから、そこまでしか突き止められなかったのでしょう」
京紫朗の言うように、霊の存在を普通の人たちは簡単には受け入れられない。だからこそ、人知を超えたところで生まれる病があるなど、微塵も思わないのだ。そして、真実から遠ざかる。
「なので宿主は、精神面で異変を感じたら自発的にカウンセリングを受けること。万が一、間に合わずに赤い白衣を着て徘徊し始めたら、末期症状であるため、強制入院も視野に入れること」
「末期症状になったら徘徊し始めんのかよ。つか、ここに書かれてるっつーことは、過去にそうなった事例があるってことだよな」
なんとなく、皆が壁にかけられた歴代医院長の写真を見上げた。富とその祖母の前にも、着物を着た女の医院長がふたりいる。恐らく、あのどちらかだ。
「末期症状になったら、もう助けられないの?」
焦ったように翔太に尋ねられ、一叶は慌てて手記を確認し、首を横に振る。
「宿主の心のケアが適切に行われて、精神状態が落ち着けば、自然とそれは消えるって。しかも、同じく感染した者たちも正気を取り戻す……みたい」
「同じく感染した者たち……佐々木さんたちのことも、助けられるかもしれないってことだよね」
翔太は安堵したように言う。
「ただし、永遠に根絶できるわけではなく、ひとたび発症すれば気分が落ち込みやすくなる季節の変わり目に再発しやすいので注意が必要である」
「もしかしたら、この件があるから、おじいちゃんも女医院長になることを反対したのかも。母さんもそれがわかってたから、霊の存在を認めたくなかったんだ」
そこでふと、エリクは黙った。やがて恐ろしい事実に気づいてしまったかのように、震える声で言う。
「まさか……母さんにも、赤い白衣のマミコさんの声が……聞こえてる?」
「そういえば、『誰かに呼ばれた』『私を狙ってる』って、言ってたって……」
「うん。僕、てっきり病気のせいだと……『霊が私を殺しにやってくる』って言ってたのも、ただの妄想じゃなかった……?」
和佐は腕を組み、険しい顔で手記を見下ろす。
「医院長はマミコのことを知った日からずっと、その存在に怯えてきたんじゃねえか? 相当なストレスを感じてただろうし、むしろそうして平静を保てなくなるようにするのがマミコの狙いなのかもな」
「赤い白衣を着て徘徊なんて、赤い白衣のマミコさんは医院長を操っている、ということですよね。もしかしたら、赤い白衣のマミコさんは宿主の身体を乗っ取るのが目的なのかもしれませんね」
パズルが解けたと言わんばかりの顔で、京紫朗はひとつ頷いた。
「これでようやくはっきりしました。医院長は赤い白衣のマミコさんの宿主になることを恐れていたから、霊の存在を彷彿させる霊病科も嫌っていたんです」
「……? それならなおさら霊病科が必要じゃないですか? 霊病医の十八番(おはこ)みてえなもんですし、いくら霊の存在を認めたくないからって、背に腹は代えられないでしょう」
腑に落ちていない和佐に、京紫朗は「そうですね」と答えた。
「普通なら、そうするでしょうし、先ほども言いましたが、国が定めた霊病科を排除したりはできません。ここから導き出される答えはひとつです」
「すでに……赤い白衣のマミコさんが……医院長を宿主にした……?」
一叶が京紫朗を恐る恐る見ると、彼は頷いた。
「はい。マミコさんのほうが、自分を消そうとする私たちの存在を邪魔に思っているでしょうしね。だからといって、組織的に機能不全にしてやろうなんて、なかなか頭のキレる都市伝説さんのようです」
京紫朗が言うと、これから自分たちが立ち向かうものがなぜか可愛く思えてくるから不思議だ。
少しだけ和んだ空気とは反対に、エリクが悲痛の顔でぽつりと呟く。
「僕……なにも気づかなかった……なにも……してあげられなかった。そのせいで母さんのことも止められなくて、みんなの立場も悪くなって……っ」
エリクは項垂れる。
「母さんがおかしくなった原因がマミコがなら、母さんは統合失調症じゃないかもしれない。僕には、なにも見えてなかったんだ……」
自分を責めるエリクの腕に、翔太が手を添えた。
「霊病科に来たとき、俺たちまだ霊病の対処方法もよくわかってなかったじゃん」
一叶も「そうだよ!」と食い気味に割り込む。
「マミコさんが原因で精神的におかしくなってたなんて、都市伝説騒ぎが起きた今じゃなきゃわからなかったことだよ」
「ああ。それに医院長が統合失調症じゃないって言い切るのはまだ早ぇ。宿主になるのは、もともと心が弱ってる女医院長だ。本当に精神疾患にかかってた可能性もある」
和佐の意見は医者として、目を背けてはいけない現実だ。
「身内のお前が冷静になれないぶん、俺たちが霊病なのか本当に精神疾患にかかってんのか、見極めてやる」
「みんな……うん、ありがと」
照れくさそうに答えたエリクに、場の空気も活気が戻る。
京紫朗は「さて」と仕切り直すように手を叩いた。
「やることは山積みですよ。特に黄色くん、あなたは医院長に代わって、この病院を動かさなければなりません」
「……! そう、ですね。まずは手記に書かれてる対策を全部実行しないと。あとで母さんに恨まれたとしても、やらなきゃいけないことだ」
そう言ったエリクの眼差しには、揺るがない決意が漲っていた。
その日のうちに、手記に残されていた対策を参考にチラシを作り、皆でせっせと各病棟や廊下の壁に貼った。
煙たがられはしたが、めげずに各病棟で決まりを徹底するよう説明して回った。中には急に規則を変えるなんてと非難してくる者もいたので、翌日から一叶たちは決まり事が守られているか、手分けして病院内をパトロールすることになった。
「あの新しい院内の決まり事、見た?」
外来を歩いていると、看護師たちの声が聞こえてくる。
「うん、院内で患者やスタッフを呼んじゃいけないなんて、変よね」
「私は名前を呼ばれても振り返ったり答えたりしちゃダメっていうのが怖いわよ。やっぱり、例の都市伝説の?」
「あんなの信じてるの? ありえないでしょ」
「そうよね、でも医院長直々のお達しだから、ちょっと本当なのかもとか思ったり」
本当はこの件に医院長は関わっていないのだが、エリクが勝手に名前を借りてチラシを作ったのだ。今は人命がかかっているので、目を瞑っていただきたい。
「魚住先生!」
小さな手提げバッグを腕にかけた瑞穂が駆け寄ってくる。彼女も自主的に休憩中にパトロールを手伝ってくれていた。
「暮時さん、お疲れ様です。その……見回りも手伝ってもらってるのに、まだ解決できてなくて……すみません」
「そんな! こうして動いてくれただけでも、ほっとしてます。あの決まり事を守って、被害者が減ればいいんですけど……」
今までの習慣を変えるのは容易ではない。決まり事が浸透するには時間を要するはずなので、やはり不安は残るが、瑞穂の言うように少しでも被害者が減ればいい。
「冗談じゃないわよ!」
どこからか怒鳴り声が聞こえてきて、一叶たちは慌てて辺りを見渡す。
「あれって、医院長とエリク先生じゃ……」
瑞穂は困惑したように言う。
人が混み合っている外来の入り口の辺りで、エリクが母親の腕を掴みながら困り果てていた。
エリクは今日、母親のこともあり休みを取っていた。それなのにここにいるということは、なにかあったのだ。
「ちょっとごめんなさい!」
一叶は瑞穂に断りを入れて、彼のもとへ走った。
「エリクくん!」
「うおちゃん……」
エリクの縋るような目に、一叶の胸には使命感のようなものがわく。
「なにがあったの?」
「その……母さんが霊病なのかどうかを見極めるまでは、眠れてないから抗不安薬を飲むことになったんだけど、こんなの必要ないって暴れ出して……だから、こっそり飲み物に混ぜたんだ。でも、薬に気づいて言い合いになって、家を出てっちゃって……」
説明をしているエリクの顔は、ひどく疲弊している。
「それでさっき、警察に保護されたって連絡を受けたんだ。しかも、『あの女が私を殺しにやってくるから、助けて!』って、近所の家のドアを叩いて歩いてたみたい。もう、どうしたらいいか……俺、医者なのに、わからな……っ」
エリクが話している途中だというのに、一叶はひしっとその大きな身体を抱きしめた。目を見張っているエリクに笑いかけ、気合を入れるようにぽんっとその背を叩く。
「大丈夫だよ。まずは牟呂先生のところへ行こう」
「あ……うん」
素直に頷いたエリクから、一叶は医院長へ視線を移す。
「医院長、お疲れ様です。ここではなんですから、腰を落ち着けて休めるところにいきましょう?」
「っ、離しなさい!」
医院長は暴れるが、一叶はなんとか宥めつつ、PHSで牟呂を呼び出し、外来の空いている診察室へと医院長を連れていく。
一叶は医院長をエリクに任せると、先にひとりで診察室に入る。そこで待っていた牟呂に、一叶は頭を下げた。
「牟呂先生、すみません。外来まで来ていただいて……」
牟呂は顔の前で手を振る。
「いえいえ、当然のことですよ。それより、なにがあったか、聞いても?」
一叶は「はい」と声を潜めて、経緯を説明した。すると牟呂は「失礼」と言ってPHSで誰かを呼ぶ。
「すみません、お待たせしました」
少しして牟呂が呼んだのか、精神科の看護師長がやってきた。以前、勝手に精神科の患者に接触したことで咎められた手前、なんとなく気まずい。向こうもまたあなたたちなの? と言いたげな目で睨んでくる。
「師長、医院長とエリク先生を中に呼んでもらえますか?」
「は、はい」
師長は困惑気味に扉を開けて、診察室の外のベンチで待っていたエリクたちを中に招き入れた。
「事情は魚住先生から聞いてます。そして単刀直入に言いますと、医院長先生は休息が必要です。ですから、入院しながら治療をするのがいいかと思います」
「なんですって?」
医院長は牟呂を敵を見るような目で睨みつけた。
「医院長にはこの病院をこれから先も守ってもらわなくてはなりませんから、ここでお仕事をしながら身体を休めましょう?」
優しく声をかけるが、医院長は殴りかからんばかりに牟呂先生の白衣をむんずと掴む。
「私に入院なんて必要ないのよ!」
「母さん!」
エリクと看護師が慌てて医院長を引き剥がす。すると、牟呂先生は残念そうにエリクに目をやった。
「エリク先生、いいですか?」
今の状態で、医院長が任意で入院するのは難しいと判断したのだろう。牟呂の視線を受けたエリクは、辛そうに重い口を開く。
「っ、はい。入院に同意します」
精神科では本人が自ら同意しない場合でも、家族の同意で入院させることができる『医療保護入院』と言う制度がある。患者本人の意思を問わない入院治療が行われるため、精神科への恐怖感や家族への怒りを抱く患者もいるのが悩ましいところなのだが、エリクは母親のために決断をしたのだ。
「師長、医院長をうちの病棟の個室にお願いします。名札は伏せて、この件は他言無用で、きみと私だけに留めるように」
「わかりました。医院長が安定するまでは、私が泊まり込みで担当します。それでは医院長、行きましょうか」
看護師長に腕を引かれるが、医院長は抵抗する。
「嫌っ、やめて! 私に触らないで! エリク! あなたを絶対に許さないわ!」
「……っ、ごめん、母さん。でも、霊病関係なく、今は治療が必要だよ。だから……」
エリクの語尾が震える。その目には涙が浮かんでおり、彼はほとんど吐息のような声で「ごめん……」ともう一度謝った。
「私をこんな恐ろしいところに閉じ込めるなんて……!」
牟呂も医院長の腕を掴み、看護師長と挟むようにして診察室の外へ連れて行く。部屋を出る間際、牟呂はエリクを振り返って言った。
「よく頑張ったね。あとは任せなさい」
そして部屋にエリクとふたり、残された。
「うおちゃん」
一叶は後ろにいたエリクを見た。
「これで……よかったんだよね」
エリクの不安げな瞳を前に、心が揺らいだ。正解なんて一叶にはわからないけれど、いつだってエリクは母のために必死に動いている。だから――。
「うん、きっと」
「そっか……そっか」
エリクは両手で顔を覆い、しゃがみ込んだ。
(辛かったね、エリクくん)
一叶は彼に近づき、その頭を抱えるように引き寄せた。彼が迷子の子供のように見えて、居ても立っても居られなかったから。
エリクに寄り添いながら霊病科へ戻ってくると、皆が一斉に振り返った。案じるような眼差しが、エリクに注がれている。
内密にと牟呂には頼んだが、外来で目立っていたので医院長が入院したことは皆の耳にも入ったようだ。やはり、完全に隠しきるのは難しいらしい。
なんとなく入り口で立ち尽くしていると、和佐が近づいてきて、エリクの首に腕を回した。
「おらエリク、暇ならこのまま休日出勤しとけ」
「え? う、うん」
エリクは和佐に促されるようにして、会議用のテーブル席に着く。皆もそこに集まっていたので、一叶も定位置に腰を落とした。
「医院長のこともありますし、夜勤を再開しようと話していたところなんです。皆、仲良くフル出勤ですよ」
今回の都市伝説騒ぎが終息するまでは、やるしかない。なにより、エリクの家族のためだ。言われなくても皆、自分から提案していただろう。
エリクの目から、ぼろっと涙がこぼれ落ちる。
「……っ、ありがどうございまず……っ」
「はい、チーンして」
翔太がティシュでエリクの鼻を押さえると、彼は素直に「うん」と鼻をかんでいた。
「にしてもよ、赤い白衣のマミコ。根絶できないって言われても、毎回女が医院長になるたびに現れるのも迷惑な話だよな」
和佐はテーブルに頬杖をつき、ため息交じりに言う。
「本当に根絶できないんでしょうか? 如月家の女性が宿主になる理由、それも女性ゆえの生きづらさを抱えてることが発症のトリガーであること、焼印の意味。その理由を紐解ければ……」
「水色さん、それは危険です」
京紫朗がはっきりとした口調で警告した。
「でも……」
「手記にもあったでしょう。あれをわかろうとしてはいけない、と。先達の忠告には耳を傾けたほうがいいでしょう。ですから、霊視をしたりしないように。あなたの身体だけでなく、心にどんな影響があるか、わかりませんから」
真剣に諭され、一叶は少し気圧されながら答える。
「わかり……ました」
「宿主である医院長の精神が安定すれば、赤い白衣のマミコさんは消えます。みなさんも、決して深追いはしないように」
いつになく慎重な京紫朗に、皆も神妙に頷くのだった。
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