2章 コードブラック④
その場で軽く事情聴取もされたので、病院に戻ってくる頃には陽がだいぶ傾いてしまっていた。
「すみません!」
病院の裏口に停めたタクシーを降りると、二十代半ばくらいの女性に声をかけられた。駆け寄ってきた彼女は、長い黒髪を下ろしていて化粧っけがない。彼女の切り揃えられた前髪の下にある目はどこか仄暗く、見つめていると胸がざわざわした。
「ここのお医者さんですよね? ここに央翔太って人、働いてますか?」
初対面でいきなり詰め寄られ、一叶は若干彼女の圧に押されつつ返事をする。
「え……ええと……? あなたは?」
「私は
彼女!? と、エリクと顔を見合わせる。
「そっか、だけどごめん。病院って、すごい数のスタッフがいるんだ。だから、全員は把握してなくて」
エリクが困ったように笑うと、真理は「そっかー」と俯いた。表情が見えないので、なにを考えているのかわからず、その顔を覗き込もうとしたときだった。
「わかりました! ありがとうございました!」
勢いよく顔を上げた彼女は、愛想のいい笑みを浮かべて、一叶たちにお辞儀をする。そして踵を返し、嵐のように去っていこうとするが――。
「あ」
なにかを思い出したかのように足を止め、くるりと振り返る。
「オカルトメディカルチームって、女の子もいるんですね!」
真理はにっこりとして、今度こそ帰っていった。一叶とエリクは自分の名札を見下ろして、また顔を見合わせる。
今日はいろいろ思考が追い付かない。恐らくエリクも同じ気持ちだろう。
ふたりで病院に入り、エレベーターに向かっていると、エリクがぽつりと言う。
「央っちの彼女かー」
隣を歩くエリクを見上げれば、彼は眉を寄せて腑に落ちないという顔をしていた。
「職場まで来るなんて、ちょっと驚きましたね」
ううん、違う。本当はちょっとどころではない。先ほどの小池のこともあるからだろうか、どうにも胸がざわつく。
「そうだね。可愛い子だったけど……彼氏の職場、知らないってことある?」
「ど、どうでしょう。話さない人も中にはいるんじゃ……」
「それはうおちゃんの体験談?」
にこにことするエリクに、慌ててかぶりを振る。
「えっ、いえ! 体験談と言えるほど、お付き合いなんてしたことな……」
エリクは満面の笑みを浮かべており、これは喋れば喋るほど肴にされてしまう気がして、口を噤んだ。
エレベーター乗り場に着くと、ちょうど一階で停まっていたらしい。エリクがボタンを押したら、すぐに扉が開いた。
「どうぞ、うおちゃん姫」
エリクがドアを押さえながら、恭しい手つきで先に乗るよう促してくる。
「敬称てんこ盛りだね」
肩を竦めて笑いながら、エレベーターに乗り込んだ。彼がボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと下降していく。
「でもさ、なんか央っちイコール彼女にならなくない?」
エリクは天井を仰ぎながら首を傾げた。
「え、そう……かな? 央くんかっこいいし、優しいから、いてもおかしくはないかと……」
目をぱちくりとさせる一叶に、エリクは「ふーん」とニヤニヤしだした。
「い、一般論です」
「うんうん、見た目はイケメンだし、女の子にはモテると思うよ。でも央っち、移動中もゲームするほどのオタクさんだし、三度の飯よりゲームって感じなのに、彼女なんか作るかなー?」
エレベーターが着き、また自然とドアを押さえていてくれるエリクに軽く頭を下げて、先に出た。
霊病科に続く廊下を歩きながら、エリクが続ける。
「オカルトメディカルチームのことを、央っちが彼女に話してたことも少し驚いたんだよね」
「た、確かに……でも私は、彼女がオカルトメディカルチームの存在を受け入れてることに驚きました。普通は……というより、当事者の私でも、まだ実感がないのにって」
「全面的に同意! とにかく央っちに聞いてみよ……」
霊病科の部屋の前で立ち止まり、ふたりで扉に向き直ったとき――。
「てめえのせいで患者が死ぬっつってんだよ!」
和佐の怒鳴り声が中から聞こえてきて、思わずエリクと顔を見合わせる。すぐにエリクがドアを開けた。
「ちょちょ、何事?」
飛び込むように室内へ入ると、和佐が翔太の胸倉を掴んで壁に押し付けていた。
「どうもこうもねえ! こいつが下手打ちやがったんだよ!」
和佐は翔太を睨みつけたまま声を荒げた。
「どゆこと?」
状況を読めずにいるエリクと一叶に、京紫朗が苦笑交じりに説明してくれる。
「緑色さんはストーカーされるほうも悪いと、井上さんに言ってしまったんです」
「な、央くんが?」
信じられない思いで聞き返してしまう。
「冗談だよね?」
翔太とはまだ短い付き合いではあるが、エリクもそう思うほど、彼は誰よりも人の機微に敏感なのだ。そんな彼が言葉の鈍器で正面から人を殴るようなことをするなんて、想像できなかった。
「事実ですよ。井上さんはそれを聞いて退院すると言って聞かず、ご両親も事情を知って手続きを済ませてしまったところです」
「それは、まずいかも……」
エリクの表情に不安と焦りが漂っている。心を嫌な予感に揺すぶられているのは、一叶も同じだ。
「ストーカーの小池さん、数日前に首吊り自殺してたみたいなんです」
一叶の声が夕陽に染まった赤い部屋に不穏に響く。
「嘘だろ……今日俺たちが遭ったのは生霊じゃなかったのか?」
翔太の胸倉を掴んでいた和佐の手から力が抜けていく。
「は、はい……今日、自宅にお伺いしたら、その……遺体を発見してしまったので、間違いないかと……」
「うおちゃんが見つけた日記には、井上さんに会いに行くのに身体が邪魔になるって」
和佐は信じられないという顔で、ゆるゆると腕を下ろした。
「そんな理由で死ぬとか、ありえねえだろ」
「検視やらなんやらが終わったら、大王のお兄がもろもろ報告に来てくれるって」
エリクが言うと、和佐は前髪のあたりを掻き混ぜる。
「霊のストーカーなんて、どうやって止めんだよ。しかも患者は今、病院にいねえ。俺たちにできることはねえぞ」
それを聞いた翔太が、はっと笑った。
皆が訝しむように翔太を見れば、彼は暗い笑みを浮かべている。
「そうだよ。ストーカーなんて、どうにもできない。なにをしたって更生しないし、一生死ぬまで付き纏ってくる。いや……死んでもか」
落ちた陽が作る
空気が重たくなるのを感じていると、エリクが躊躇いがちに切り出す。
「あの……さ、勘違いだったらごめんね。けどさっき、央っちの彼女だっていう女の子と会って」
翔太は怖気きった顔つきで「……は?」とエリクを見た。
「そいつ、どんな姿してた? 名前は? どこにいたんだよ!」
彼らしくない乱暴な物言いに、エリクは「えっ?」と戸惑いながらも答える。
「ええと、黒髪でぱっつん前髪で、背はこんくらい?」
エリクは自分の胸の辺りに手を添え、軽く首を傾ける。
翔太の様子が気になったが、一叶もその場にいたのだ。エリクだけに説明させるのは申し訳ないので、知っていることを翔太に教える。
「な、名前は野原真理さんだって」
「なんで、あいつが……」
翔太は青ざめると、全身を震わせながら、一歩二歩と後ずさった。
「ここで働いてるかって聞いてきたんだけど、なんだか様子が変だったから話してないよ。ね?」
エリクが話を振ってきたので、一叶も「う、うん」と頷く。
「央っち、央っちはあの子に……ストーカーされてるんじゃない?」
「……!」
翔太が息を呑んだ。そのとき、京紫朗のPHSが鳴る。
「はい、もしもし……はい、その件は申し訳ありません。はい、今すぐに伺います。はい、失礼します」
通話が終わったのか、PHSを胸ポケットにしまった京紫朗はこちらに向き直る。
「この件に関して、医院長から経緯を説明するようにと呼び出されました。私が席を外している間、皆さんは休憩をとってください」
「待ってください。俺も一緒に……っ」
自分のせいだと思っているからか、翔太が京紫朗に向かっていった。だが京紫朗は、翔太の肩にぽんっと手を乗せる。
「ここからは上司の私の仕事です。きみには、きみの仕事があるようにね」
「……っ」
翔太はもどかしそうに唇を噛んで俯いた。
「それなら俺が!」
エリクがぴんと腕を伸ばして、挙手をする。
「医院長の息子の立場がどこまで使えるか自信ないけど、母さんを説得します!」
「黄色くんも、ここで待っていてください」
「でも……っ」
「井上さんも今はいませんし、今急ぎで診なければならない患者もいません。水色さんたちも戻ってきたばかりですし、緑色くんも赤色くんも、今は休憩が必要です」
そう言ってドアまで歩いて行った京紫朗は、取っ手に手をかけたまま振り向く。
「ニーチェの言葉にあるでしょう。『お前が長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくお前を見返すのだ。怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ』……きみたちは常に、健全と不健全、生と死、善と悪という彼岸に立っているんですよ。いつ転がり落ちてもおかしくはない。意識して心を守らなくてはならないんです。だから今は休みなさい。そして互いが、闇から引き上げるための光の糸になるんです」
ミステリアスな微笑を浮かべ、京紫朗が部屋を出ていく。残された一叶たちはしばし沈黙していたが、我に返ったエリクが翔太を振り向く。
「央っち、大丈夫?」
「なにが」
何事もなかったかのように自分の席に戻り、翔太はポケットからゲームを取り出した。
「井上さんのこと? それともストーカーのこと? どっちも俺自身の問題であって、あんたらには関係ないでしょ」
ゲームのスイッチにかけた指が震えている。翔太は何度もボタンを押そうとしているが、狙いを外していた。
本当は、自分をひどく責めているのではないだろうか……。
「こんなときにゲームか? 部長が家族をやっと丸め込んだところだったのによ。これであの患者がストーカーの霊に殺されれば、てめえのせいだぞ」
「はーい、大王はちょっと黙ってて」
エリクがすかさず和佐の背後に回り込み、その口を塞いだ。
「ほぐっふぐふぐ!」
手荒ではあるが、今は和佐の通常運転の毒舌でも翔太の心を切り刻んでしまいそうで、エリクの機転にほっとする。
「央くん、困ってることがあるなら、力に……」
純粋に助けになりたくて出た言葉だった。けれど――。
「深入りするな!」
彼に歩み寄る足が、強い拒絶に怯んで止まってしまう。
「できもしないのに、簡単に力になるなんて言うな」
一叶から顔を背け、震える声でそう言うと、翔太は部屋を出ていってしまった。
「ふ、踏み込みすぎた……?」
その場に立ち尽くし、一叶が項垂れていると、エリクが隣にやってきた。エリクは一叶の肩に手を置いて、顔を覗き込んでくる。
「うおちゃんの気持ちは、央っちも本当は嬉しいと思うよ?」
自分の不甲斐なさに涙がじんわりと滲み、一叶は首を横に振った。
「私……いつも人とうまく関われない」
研修のたびに部署が変わる際も、毎回その職場に馴染むことができず、ストレスだった。同じ時期に入職した研修医たちは、自分と違ってうまくコミュニケーションを取り、皆の中に溶け込めている。それは自分にはできないことなので、すごいなと思うのと同時に、どうして自分にはできないのだろうと比べてしまって、さらに自信がなくなってしまう。それが苦痛だった。
「だから、仕事では必要最低限の、業務に支障が出ない程度の会話だけでよかったはずだった。なのに……っ」
そうしてひとりでいるほうが、人間関係であれこれ悩まずにいられて、楽だったはずなのに。
「どうして、央くんには自分から踏み込んでしまったんだろう。人との距離感だって、まともにわからないくせに……っ」
「央っちのためでしょ?」
「え……?」
顔を上げると、エリクの真剣な瞳と目が合う。
「ずっと、このままじゃいけないって思ってたから悩んでたんだろうし、変わるために踏み出したタイミングが央っちのピンチをなんとかしたいって思った今だった。違う?」
(ずっと、このままじゃいけないって思ってた……?)
自分の意思を誰かから、教えられることになるなんて。
「ううん、違わない……かも」
もうここでは、暗い、大人しいというイメージがついてしまってるし、今さら明るく話し出したりするのは変に思われる。だから次こそはって、何度も新しい場所に来るたびに頑張ろうと思った。でも、社会人になって悟った。
(私じゃ、変われないって)
だから、人に深く踏み込まないようにしてきたのだ。傷つくのが嫌だから。
「うおちゃんはたぶん、自分が思ってるより人の近くにいたい人なんだよ」
そうだ、人の輪を遠くから眺めているだけなのは寂しかった。せめて、この新しいオカルトメディカルチームという場所でなら、人より変わっていて、普通でなくて、なにかを抱えている彼らとなら繋がれるかもしれない。そんな希望を抱いていたのかもしれない。
「央っちはただ、過去に同じような言葉をかけられて、それでも現状が変わらなかったことが……あるんじゃない? だから人に期待できないっていうか……うおちゃんじゃなくても、ああやって拒絶してたよ」
「そう……かな」
エリクを見上げれば、その手が一叶の頭に乗る。
「たぶんね」
エリクは子供を宥めるように微笑んだ。
「要するに、てめえらは似た者同士ってことだろ」
話を聞いていた和佐がどかっと椅子に座る。
「トラウマのせいで、人間関係が壊れる前に離れる。そうやって自分を守るのは、弱いやつのするこ――」
「黙れ大王」
「!?」
エリクの鋭い一声に、和佐も面食らった様子で息を呑む。
「そんくらい鋭い言葉になってるからね、大王。図体はでかいのに、心はミジンコかよ!」
「なっ」
和佐が言い返せないでいると、くすくすと京紫朗が笑いながら部屋に入ってくる。
「普段は陽気な黄色くんが言うと、五割増しで強烈ですね」
和佐は舌打ちをしながら、そっぽを向く。
「松芭部長、母さ――医院長はなんて?」
「お怒りではありましたが、彼は貴重な霊病医です。その存在を個人的に嫌っていようと、国からの支援金も出ますし、クビにすることはできませんから」
エリクは苦笑しながら目を逸らす。
「あはは……個人的に……」
「支援金……そんなもんもらってたのかよ」
和佐は不服そうにしている。
一叶も支援金には驚いたが、今考えるべきは翔太のことだ。
「ま、松芭部長、外で央くんに会いませんでしたか? 私、怒らせてしまって……」
「会いましたよ。だから今日は半休をとらせて帰らせました。もちろん外でストーカーが待ち構えていたら困りますから、私が呼んだタクシーに乗せました。自宅に着いたら連絡するようにとも」
「連絡……」
スマホを持ち上げる京紫朗に、一叶ははっとする。そういえば――。
「そういえば、僕たちお互いの連絡先とか知らないね。よし、メッセ交換できるようにID教えて」
一叶の心情をエリクが代弁してくれた。
「う、うん!」
さっそくスマートフォンを出し、連絡先を交換すると、エリクと同時に和佐を見る。
「あ? 俺のことはほっとけ。だいたい、プライベートまでなんでお前らと……」
ぶつぶつ文句を言っていた和佐に近づいて行ったエリクが「えいっ」と、そのポケットに手を突っ込んで、スマートフォンを奪う。
「おい! 勝手にスマホ触んな!」
スマートフォンを取り返そうと腕を伸ばす和佐に、エリクは背を向けた。
なにやら勝手に操作をしたあとに、エリクは和佐に向き直ると、スマートフォンを差し出す。
「へへん、僕とうおちゃんの登録しといたよ」
「は? つか、どうやってロック解除したんだよ!」
和佐はそれを奪い取り、若干引いた顔でエリクを見上げている。
「勘? 大王はせっかちだから、わりと簡単な、しかも片手で操作できるパスワードにするかなーと」
「怖ぇよ、お前」
「んじゃ、次は松芭部長!」
恐怖している和佐に構わず、エリクは京紫朗に「連絡先教えてくださーい」と突進していく。京紫朗も「はい」とノリノリで応えており、改めてこれがエリクの恐るべし対人能力なのかと圧倒される。
『トラウマのせいで、人間関係が壊れる前に離れる。そうやって自分を守るのは、弱いやつのするこ――』
あのとき和佐は、それは弱いやつのすることだと言いたかったのだろう。和佐の言葉は痛いけれど、自分が目を背けてきた事実を突き付けてくるから聞き流せない。
「ここに、央くんもいたら……」
踏み込みすぎだと拒絶されても、彼をひとりぼっちにしてはいけない気がする。そのために、弱いやつから強いやつにならなければならないのかもしれない。
「うおちゃん、大丈夫だよ」
いつの間にそばにいたのか、エリクは一叶の両肩に手を乗せて、目線を合わせるように腰を屈めた。
「央っちとはほぼ毎日会えるんだから、なんたって過労死フラグ立ちまくりの職場だからね。明日にでも連絡先を交換して、今度飲みにでも行こ」
「うん。そうだね」
エリクに笑みを返しつつも、翔太のことを考えると、やはり腑に落ちない気持ちになる。
「……やっぱり、いまだに信じられない。央くんは誰よりも患者の気持ちがわかる人だから、どうしてあんなことを言ったのか……」
「わかりすぎてしまうから、でしょうね」
一叶の疑問に答えてくれたのは、京紫朗だった。
京紫朗が席に着くと、皆もなんとなく椅子に腰かける。
「わかりすぎるから?」
一叶は聞き返す。
「緑色くんはストーカー問題に悩んでいたうえ、エンパスとしても患者に自分を重ねてしまう。ストーカーされるほうも悪い、果たしてあの言葉はどちらのものだったんでしょうね」
「……! 央くんだけじゃなくて、井上さんの感情に共感しすぎて言ってしまった?」
一叶が言うと、「真実はわかりませんけどね」と京紫朗は答えた。
「なにか問題が起きて、その解決の糸口が見えなくなったとき、皆、どうしてこんなことになったんだろうと考えます。そして、自分がいけなかったのかもと、答えが見つからないあまり自分の中にも探してしまうんですよね……原因を」
ならば、自分で見つけられないその答えを、どうすれば見つけられるのだろうか。
「本当は被害者に罪はないし、加害者もある意味、歪んだ愛情を抱いてしまう病に気づけずにきた、手助けが必要な人たちです」
加害者は勝手には加害者にはならない。そして、発達の障害や育った環境、学校や職場の人間関係、精神疾患……根底にはなにかがある。
少なくとも、医療者はそう信じているのではないだろうか。どんな患者も平等に診るためには理解することが必要で、だからその人がそこに至った理由を考える。
「私たちは医者で、しかも当事者でないから対等に両方の側面から問題を見つめることができます。ですが、当事者やそれに近しい人たち、または同じ経験がある人たちには見えないものです。だからこそ、第三者の介入が必要になります」
「央くんも……今は当事者側に立ちすぎて、見えてないものがある……?」
それを客観的に見られるのは、自分たちなのかもしれない。
「もっと、僕たちを頼ってくれていいのにね?」
向かいに座っているエリクが困ったように笑いかけてくる。
エリクが同じ気持ちだったことが嬉しくて、一叶は頷く。
「ここで皆の手を取れなければ、一番初めに壊れるのは緑色くんかもしれません」
京紫朗のひと言に、皆が息を呑んだ。
「そんな……」
テーブルの上に置いていた拳を握り締める。踏み込みすぎたら傷つける、でもこのまま見ているだけでは翔太が壊れる。
(それなら私は……)
一叶は自分のすべきことを見つけ、俯いていた顔を上げた。
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