ぼうやのお店

一、

ちいさいおとこのこが

ひとりでとことこ歩いていきます

ぬれた松葉が滑る坂を昇り

よあけ前の色づいた木々の小道を抜けて

いしづくりの風の回廊を抜けたところに

その小さなお店はありました

あたたかな明かりに誘われて入ると

「いらっしゃいませ」

すらりと背の高い

まっしろな美しいポニーが出迎えてくれました

ながいたてがみが真っ直ぐで綺麗です

おくの方から

こがらで賢くて可愛らしいジャコウネコが

くるくると手際よく品出しをしながら

「おや、ぼうや一人なの」

こえをかけてくれました

きんいろのどんぐりを一袋と

とけない甘い純粋を

てにもって

レジに行くと

まるい笑顔のまんぼうが

「はい、どうぞ」

ゆきの模様と鹿の絵の

すてきな紙袋にいれてくれました

おかねはいらないのです

このお店では、あしたの寂しさと

きのうの悲しみで買い物ができました

ちいさいおとこのこが

お店を出ると

「ぼうや。探したのよ……」

むかえに来てくれた人に連れられて

ちいさいおとこのこは

かえっていきました


きんいろのどんぐりは

きんいろのままに

とけない甘さの純粋は

とけないままに

あしたの寂しさは

あしたの楽しみに

きのうの悲しみは

きのうの思い出に


よるでもなくて

あさでもない

じかんだけの

だれも知らない

ちいさいこどもの

ゆめのなかだけにある

お店なのです



二、

「あの子……こんなに」

ポニーは

そのすこし掠れた声で呟きました

レジには

たくさんの寂しさと悲しみがありました

だまったままで

ジャコウネコは一つ二つと寂しさを数えました

三つ四つと悲しみを数えました

それをあつめて銀行へ持っていくのです

ほのかに光る思い出と交換するのです

「ふう……」

みんなで 思い出を箱に詰めました

たくさん たくさん 詰めました


つぎのよるとあさの間に

ぼうやをむかえにきた人が やってきました

「わたしには ぼうやの思い出がないの」

そういって また たくさんの悲しみと寂しさを置いて

ほのかに光る ぼうやの思い出を貰っていきました

そのひ ぼうやは熱を出していたのです

熱にうなされて

「……。……。」

くりかえし くりかえし 呼ぶのでした

その人には それが どうしようもなく 不憫なのでした

マンボウは その白いかおを曇らして言いました

「たいへんね この思い出を冷やして おでこにのせてあげて」


ぼうやは 夢のなかで 夢をみました

しろい砂浜を 

……たたたた

はしっていました

光に まぶしい おかおがありました


三、

「あれ……」

ぼうやが目を覚ますと

ゆきの模様と鹿の絵の 大きな箱がありました

かたわらに 倒れるように眠っている人が いました

なんだか いつもより 体が軽くって

なんだか いつもより こころも軽くって

なんだか いつもより 楽しかったのです

ぼうやは その小さなぷっくりとした手で

眠っている その人の髪の毛にふれました

やわらかくて やさしくて

ぼうやは なんだか 涙がでてきました

ぽつりと 涙がその人のほおに落ちました

「あれ……ぼうや。どうしたの」

「……だっこ」

ぼうやを あたらしいお母さんは ぎゅっと抱きしめるのでした

なんとも甘い 子どもの匂いがします

めをとじて ほおを寄せて

「ぼうや……さがしたのよ」

「うん。だいすき。」

よるが明けようとしています

まいにち まいにち 新しい日がやってきます

すこしずつ すこしずつ 昨日は とおくなっていきます 

だから ぼうやのお店は年中無休です

(おわり)



あとがき

幼子の夢の中には、こんなお店があって、寂しさと悲しさを楽しいことに交換してくれたらいいな、と思って書きました。誰にでもあった幼き日に。純粋な光を失わないままに生きることの切なさをこめて。

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