童話(アーカイブから)

につき

スーリとぎんのいと

 あるところにしょうねんがいて、なまえをスーリといいました。

 スーリのいえは、たいそうまずしかったのです。それは、スーリのおとうさんもおかあさんもしんでしまったからでした。スーリは、むらはずれのこなひきごやで、いばってどなるおじさんにこきつかわれて、あさはやくからよるおそくまで、てがいたくなるほどはたらいていました。


 あるはれた日に、スーリはひるごはんをこなひきごやのそとでたべました。ちいさくてかたいパンをたべて、つめたいみずをのみました。

 スーリのふくは、ぼろぼろです。くつだって、あながあいていて、みずたまりをふんだら水がしみこんでくるのでした。

 そらには、くも一つなくて、とりのかげもありません。あたりにはだれもいなくて、ただふゆのはたけがひろがっています。まばらなみどりのかれた土のうねが、どこまでもつづいています。下のほうにいけがありました。まだあかいナナカマドが、ウルシがあるかなしかのかぜにゆれます。

「あかいとりことり あかいみをたべた」

 つぶやくようにスーリはうたいました。ちいさなころに、おかあさんがうたってくれたうたでした。こえはスーリのからだの中にをまわり、そしてあたりにすこしひろがってきえていきました。

 しずかなかぜがふきました。スーリは、なんだかむねがしんとしました。

「スーリ。」

だれかがよんでいます。そのやさしいこえはそらのうえからきこえるようでした。スーリがそらをみあげると、どこまでもあおいそらはあかるくてかなしくて、こころがすいまれていくようでした。

 ふいに、そらからキラキラとしたぎんのいとのようなものがおりてきました。そのぎんのいとは、ふわりとスーリのあたまのてっぺんにふれました。

「なんだこれ」

 スーリは、ぎんのいとをひっぱってみましたが、もうくっついてしまってとれません。なにもかんじないのに、スーリのあたまのさきは、天につながってしまったようでした。


 それから、スーリはいえにかえりました。

 やねのしたにいても、ぎんのいとはキラキラとうえにのびていて、なにもかんじないのに、そのままで天へつながっているのでした。

 そのふしぎないとはスーリのほかのだれにもみえないようでした。こなひきごやのいばってどなるおじさんにも、いじわるなとなりのいえのおばさんにも、なんにもみえないみたいでした。

 

 それからのスーリには、ふしぎなものがみえるようになりました。

 いちばへかいものにいけば、やおやのおじさんのかたにちょこんとすわっている、やさしいかおのきいろいかぼちゃがみえました。

 そばで、はなしこんでいるおしゃべりなおばさんのスカートをつかんでいるのは、あおいめのフランスにんぎょうでした。

 しごとにいけば、いばってどなるこなひきごやのおじさんの口の中から、くろいムカデがのぞいているのがみえました。

 いじわるなとなりのいえのおばさんのせなかには、きみのわるいうすきいろのおおきなむしがしがみついていました。

 いいつけられて、よるのみちへでれば、だれもいない月のあかるいよるのみちを、がいこつのうまとおうさまがとおります。そのおうさまが、あるいえのまえでとまりました。中からなげきごえがきこえます。だれかがしんだのです。

 

 あさ、まどをあけるとたくさんのしろいちょうちょがとびこんできました。スーリがそとへでると、そらいちめんまっしろです。たいようはいちだんとまばゆくて、なんだかとくべつな日のようでした。やがて、ちょうちょたちはひとつのかたまりになって、しろいおおきなとりになり、ひとつのいえにとびこんでいきました。よろこびのこえがきこえてきました。だれかが生まれたのです。


 ある日、みつけたみちばたののら犬においかけられている小さなくろいやつは、小さなみつまたのやりをもっていました。

「しっ。しっ。」

スーリは、のらいぬをおいはらいました。そののらいぬのみみにも、なんだかしろいクリスマスのかざりのてんしがぶらさがっていました。

「タスカッタヨ。」

「オマエノネガイヲ、ヒトツダケイエ。ナンデモカナエテヤル。」

 その小さなくろいやつは、せいいっぱいあいそうよくいいました。

「えっ。な、なんでも……」 

 スーリには、ほしいものがたくさんありました。あたたかいたくさんのたべものや、あたらしいふくやくつ、そして、そして、おとうさんとおかあさんとまたいっしょにくらしたいこと。

 でも、ねがいはひとつだけです。まよっていると、小さなくろいやつはいいました。

「ナンダモイインダヨ。」

 小さなくろいやつは、そのへんなかおのなかに光っている二つのめだまをこちらにむけて、ずるそうにわらいました。

 スーリはすこしこわくなりました。


 そいつのへんなかおをみていると、スーリのあたまのなかに すずのおとのような、さわやかなわらいごえがながれこんできました。ぎんのいとをとおって、きこえてくるのでした。

 そのときスーリは、こいつがあくまだとわかりました。あくまは、ねがいごとをかなえるかわりに、たましいをじごくにつれていってしまうのです。

 スーリは、めのまえにいるあくまをまじまじとみました。あいかわらずのへんなかおですが、その目はずるくて、口もとからは小さいけれどするどいきばがみえていました。

「ドウシタンダイ。ハヤクネガイヲイイナヨ。」

 スーリは、やっぱりこわくなってきました。

 でも、そのとき、ぎんのいとからしっかりとしたなつかしいこえがきこえてきました。

――いいか、スーリ。よくきくんだよ……――

 それをきいたスーリは、すっかりとあんしんして、ねがいをくちにしました。


「ぼくのねがいは……」

「オマエノネガイハ……」

「おまえのほんとうのなまえをしることだ!」

スーリがそういったとき、あくまはびくっとして、それからガタガタとふるえだしました。

「ダメダ。ダメダ。ソレダケハ……」

「なんでもかなえてやるといったのはウソなのかい?」

 あくまは、ウソをつけないのです。ウソをついたら、かみなりにうたれてきえてしまうのです。

 

 あのときのなつかしいこえは、こういったのでした。

 ――いいかい、スーリ。よくきくんだよ。あくまにはほんとうのなまえがあるんだ。あくまは、それをしられたらいいなりになってしまうんだよ。だから、それをたずねなさい。そして、あくまの力を人のためにつかいなさい。けっしてじぶんのためにつかってはいけない。わかったね――


 そうして、スーリはあくまのほんとうのなまえをしり、あくまをめしつかいにしました。

 スーリは、人のためだけにその力をつかいました。

 人びとのくるしいびょうきをなおしてやりました。いわやまをくだいて、きんやぎんをみつけ、わけへだてなくだれにでもあたえました。じぶんは一つもとりませんでした。あめをじゆうにふらして、お日さまをたっぷりとてらしました。 むらはたいそうゆたかになりました。むらの人たちはスーリにたいへんかんしゃしましたので、たくさんのおくりものをスーリにもっていきました。でも、それらをスーリは、一つもうけとりませんでした。ふくは、ぼろぼろのままで、くつはあながあいたままでした。いつも小さなかたいパンだけをたべて、少しの水だけをのみました。

 スーリは、けっしてじぶんのために、あくまの力をつかわなかったのでした。だから、スーリがしんでしまうまで、あくまはにげることができませんでした。

 スーリは、たいそうそんけいされる人になりましたので、そのおそうしきには、たくさんの人がやってきました。あまりにたくさんだったので、おそうしきだけで三ねんもかかったということです。そのあいだ、ふしぎなことにスーリは生きているようにかわらずに、にこやかだったということです。

 

 え、ぎんのいととあくまはどうなったかって?

 それはいつのまにかどこかへいってしまったみたいですよ。でも、ふゆのはれたくものない日に、そらをみあげたら、あなたのあたまのうえにも、キラキラとぎんのいとがおりてくるかもしれませんね。そうしたら、あなたのねこにつかまっている、小さなへんなかおのあくまをみつけることができるかもしれませんよ。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年11月28日 19:00
2024年11月29日 19:00
2024年11月30日 19:00

童話(アーカイブから) につき @nituki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る