無名有罪

ボウガ

第1話

 疑惑に晒され追放された市長が、ネットデマ、真偽不明情報により、またその座についた。

「またデマによって新たな市長が生まれてしまった、人々を駆り立てるものは何なんだ?明らかな証拠があるし、ニュースをはっきり追っていれば、事後対応こそが問題であることもある、議会の動画もみずに……インフルエンサーの言葉ばっかりおっているから、こんな事に……一時情報よりも他人を信じるのなら、マスメディアをまるっきり信じているのとかわらない」

 うな垂れる科学者Aのもとに、別の科学者Bが現れた。

「だからいっただろう?これでは人間は進歩しないと、だが進歩こそが救いとは限らないがな」

「それでも、今よりはましだろう……実際共有すべき問題にすら目を向けず、自らの代弁者のような存在に自らの権限をすべてゆだねている“人類には判断力が必要だ”」


 それから1年後、またAのもとにBが現れた。Aは見向きもしなかった。なにせ、以前現れたときに示された“薬物”が気に入らなかったのだ。それは期限付きで効果を失うものだったが人間の知性を各段に進歩させるものだった。

「……もっとひどいことになった、私の教育の成果のたまものか」

 Aは、退屈しのぎにBに話しかける。

「いや、そうじゃない、私の薬を使ったんだ」

「貴様、勝手に!」

「君が許可したんだ、麻薬の売人にこれを売りつけるようにって」

「いやそれは、冗談だと……まあいい、別にこんな人間たちの事などどうでもいい、しかしどうしてこうなった?知性の代わりに人間性をうしなったぞ」

 Aはずっと人間社会の変化を見てきていた。その中ではかつてのSNSの姿はなく、デマによって市長を攻撃していたものが、今度はデマをばらまいたり、デマを信じる陰謀論者の方を攻撃し始めていた。その攻撃性はすさまじく、家を襲撃したり特定したりという事は日常茶飯事だった。いわく“これまで、自分たちの知性を封印していたのは、陰謀論を流していた人間、信じていた人間だ”というのだ。


 Aは今の状況がまるで信じられなかった。以前の出来事も信じられなかったように。ニュースや問題点の確信はぼんやりとしているため、心理の変化により、人間はギャップのある情報を与えられ、自分が特別な情報を得たと錯覚する、それはいけないことだと思っていたのに。

「1年前いったじゃないか、人類は“判断力”を手に入れるべきだと」

「だが、こんな事は望んでいない、まるで扇動の虜であることから何も変わっていない、結局知性を得ただけでデマを信じている」

「いいや、彼らは考えに考え抜いたのだ、そして“自主改良”により種の自分より劣る存在、つまり選民思想を手に入れ、仲間を抹殺する事にしたのだ」

「本当にあれを打ったのか?」

「自分からね、だが変わらなかったよ、人間は進歩していない、文明だけが進歩してきたのだ」

「彼らは何に気付いたんだ?」

「自分たちの愚かささ、そして愚かさを自覚してもなお、自分の感情を満たすのは、限りない競争意識だ、そしてそれをぶつける何者かを求めていたそれがデマだとわかっていても飛びつく、わかるか?他人を傷つけても、自分の快楽を満たそうとする姿勢、倫理、それこそが暴走したんだ、嘘であろうと自分たちの感情を肯定するのなら、それが嘘であると自覚してもなお、飛びつくものだ」

 Bは“街”を見下ろした。それは最新AIと量子コンピューターによって再現された街のシミュレーションだったが、科学者たちは絶望したのだった。


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無名有罪 ボウガ @yumieimaru

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