第6話

 探偵少女クロエ・ガーネットは街から、馬車でおおよそ3時間をかけて、ウィル少年が住む村、リトル・ハダムに到着しました。


 道中クロエは、海のように限りなく広がる草原から、ふわりと漂ってくる緑の甘い香りを楽しんでいました。しばらく街から出ていなかったために、ずっと観ていなかった広大な自然の風景も、曇った心を洗ってくれるようでした。 


 クロエは今日は茶色のチェスターフィールドコートを着ています。クロエが着るそのコートは、もともとは背の低い男性用のものでした。それを仕立て屋に持っていき、袖と丈を切り詰めてもらい、クロエのサイズに合うようにしてもらったものです。

 履いているものはいつものスカートではなく、クリーム色のズボンです。このズボンは少年用に売られていたものです。

 ここまで男性用の衣で身を固める少女は、この国でクロエだけでしょう。 


 馬車が、リトル・ハダムの入口でとまりました。クロエは馬車をおりて、まず村の様子を、さらりとうかがいます。クロエは、〝リトル・ハダム〟というその名前から、畑と牧場と、こじんまりした民家が数軒あるだけのような、閑散とした地を想像していました。ところが、リトル・ハダムは、なかなかによくできた家々が並び、道もよく整備されており、〝村〟というよりは〝ぎゅっと小さくまとめられた街〟という印象がありました。


 探偵の少女は、村の入口から、先へ進みます。

 道の脇に並ぶ民家の壁はベージュのレンガの壁でできており、日差しを反射させて、淡い光を放っています。

 道は、やや粗さがある石敷きで、色は淡黄色、なんとも牧歌的です。

 きっと、料理店があるのでしょう。イワシのパイの濃厚でオイリッシュな香りが、どこかから漂ってきます。


 道をやや進むと、ウィル少年がまっていました。


 クロエは言います。


「遅くなってごめんなさい。街からこんなに遠いとは思わなかったの」


ウィル少年はすこしも嫌な顔をせず、その表情には、らんらんとした明るさがありました。


「平気さ。さあ、井戸の広場まで案内するよ」






 クロエ・ガーネットはウィル少年のあとにつづき、街の中を進みます。

 村の中心部に伸びる道の両端には、堅固さと純朴さとが交じり合った家々が並んでいます。

 家の前にそなえられた花壇は、よく整えられており、天を見上げて伸びるスイセンやスミレが愛らしいです。

 家々の背後では、多くの樹々がこれでもかと背を伸ばしており、なんだか少し閉塞感があるようにも思えました。


 

 



 クロエとウィル少年は、村の中心をおおう居住区をはなれ、村はずれの森の方へ歩んでいました。

 大きな樹々が生い茂る村の末端までくると、森に向かって細い小道が伸びていました。

 

 ウィル少年が小道を指さして言います。


「この小道に入って、少し進めば〝井戸の広場〟だよ」


 ふたりは小道への入口まできました。そこでクロエは足をぴたりと止めます。そして、村のほうへ振り返ります。

 ここは、村の中心の居住区からいくらか離れていましたが、小道入口の近くには、1軒だけ家がありました。村の多くの家のように、丈夫そうなレンガ作りではなく、年季を感じさせる木材でできた、古めかしい家屋です。材木に塗装は施されておらず、暗い木の地肌がむき出しで、なんだか、少し不気味な家だなとクロエは感じました。

 薄気味悪い匂いが漂ってきそうなその家からは、オルガンかなにかの楽器の音が発せられています。うれしいのだか、悲しいのだが、なんだかよく分からない、妙な音楽が流れ出ています。

 家の中から湧きだす曲は、いっときも止まることがありません。


 クロエはその家を指さしてウィル少年にききます。


「あの家に住んでいるのはだれ?」


 ウィル少年はこたえます。


「アギュレーディアっていう、お婆さんだよ」


 クロエは、小さな肩さげバックから手帳をとりだし、その名を記します。


「アギュレーディアさんね、わかったわ」


 そして、また森の中に伸びる小道の方へ足を向けます。


「さあ、行きましょうか」

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