第25話 GAME OVER


 ──土埃、かな?

 左右が森に囲われた道を歩いていると、前方から段々と慌ただしい音が聞こえ始めてきた。


 馬が3頭、少し離れてその後ろにも1頭がこちらに向かって、ものすごい速さで、近づいてくる。うしろの馬に乗っているひとが前の3頭を追いかけているようにみえる。前の3頭には、あわせて4人乗っており、先頭を走る馬にふたり、残りはひとりで、金属製の鎧を身に纏っているので、どこかの騎士なのかもしれない。


 ボクのいる場所から100メートル手前あたり。森の入口付近に木が何本か倒れており、うまくよけることができず、前の3頭に騎乗していたひと全員、落馬し、勢いよく地面に叩きつけられている。


 それを見たボクは急いでその場所へ駆けつけ、救助に当たろうとしたが、起き上がった騎士風の男たちが、あとから追いついて馬を降りた仮面を被った男と戦闘をはじめた。


 ボクはまだ倒れているフードで顔を覆っている小柄な人物に近づき、抱きおこす。

 女性だった。おそらく身分が相当高い。ケープの下に着ている高価そうな身なりはもちろん、薄桃色の髪に透き通る白い肌。空色アザ―ブルーの瞳は、ふつうの町娘には到底思えなかった。


 足をひねってしまったみたいで、彼女を抱えて、立たせる。


「そこの君、王女さまを逃がしてくれッ」


 緊迫した声に気がつき、前をみると同時にボクのすぐ横を人間の生首が通過していった。


 頭を切り飛ばされた男は、ゆっくりと背後に倒れた。すでにひとりは両腕を失い、座りこんでいる。ボクに声をかけてきたであろう最後の騎士が抵抗しているが、まるで大人と子どものようだ。仮面の男にもてあそばれた挙句、肩と腹を貫かれ、崩れ落ちた。


「その女をよこせ」


 ボクは自分の背に彼女をかばい、前に立った。仮面のせいでくぐもった低い声。その声を聞いただけで、戦意を失った。


 絶対ムリ。戦えば確実に死ぬ……。


 抗えない死の恐怖に凍り付くボクは、燃え盛る焚火のなかに飛び込む虫のようになんの構えもせずに前に歩いていき、仮面の男の右手が翻ったのを見た……。



────────────────────

 ゲームオーバー 〝10〟

 

▶リトライする

 ゲームをやめる

 ※選ばない場合は10秒後に自動でリトライとなり、直前にセーブした状態に戻る

────────────────────

 

 視界が真っ暗でなにも見えないし、なにも聞こえない。手足の感覚もなく、鼻もおそらく機能していないだろう。ボクの目の前には、いつも神プレイヤが、出している光る板だけが、浮かんでいる。


 ゲームオーバーと書かれた文字の隣にある数字が〝10〟から始まりどんどん減っていく。0になったと同時に突然、光がボクの視界を包んだ。



 ✟


「それでは神プレイヤの祝福があらんことを」

「え……」


 目の前に立っていたのは、一時間近くまえに会った王都ファルカの神官戦士ロノさん……。ボクにそう告げて背中をみせたので呼び止める。


「あ、あのロノさん、引き返してきたんですか?」

「……いいえ、なにをおっしゃっているのか私には理解がおよびませんが?」


 周囲をみると、森のなかではなく、その手前、一時間ちかく前にいた場所に立っていた。


「すみません。変なことを言ってしまって」

「いえ、それではまたどこかでお会いいたしましょう」


 どういうこと?

 なぜ時間が巻き戻ってるの?


「プレイヤさま。ほかの神さま。だれかいませんか?」


 少し大きな声で問いかけるも返事はない。

 おかしなことだらけ。

 ひとつ思い出す。先ほどの惨劇のあと、真っ暗な闇のなかでみた光の文字板。


 リトライっていうのはきっと再生という意味の言葉。そう考えれば今の状況にすこしは納得できる。ボクは時間を超えて過去に戻ったんだ。──え?


 手のひらに〝─〟の文字が、アザみたいになって浮かんでいる。こすっても取れない。

 気になるけど、今はそれどころではない。

 このままでは約一時間後にボクは殺されてしまう。駆け足で先を急ぐことにした。


 ──あれ? 

 木が倒れていない・・・・・・・・

 

 森の入り口までやってきたボクは、真っ先に王女一行が落馬した原因となったあの倒れていた数本の木をどかそうと思っていたが、倒れている木はどこにも見当たらない。


 夢、だったのかな? いやそれはない。

 ボクはあの時、たしかに殺された・・・・・・・・

 【指し手】スキルで、兵士を8体喚び出した。この兵士たちは、距離の縛りはないが、簡単な命令じゃないとうまく動いてくれない。そこで「この道の向こう、1km先のところで、急いでやってくる一番うしろの馬に乗っている男を倒せ」と指示を与えた。

 

 しばらく森の入口で待機していると、息を切らした騎士2人と王女が馬に乗らずに走ってきた。


「追手の仮面の男はどうなりましたか?」


 ちょっと急ぎすぎちゃった。危うく逃げてきた騎士のひとりに斬られそうになってしまった。先にいた兵士たちはボクの仲間だと一生懸命説明すると、ようやく疑いが晴れた。


「時間がない。急ぐぞ」


 ふたりの騎士のうち、一度、ボクがやられる前に王女を逃がせと言ってきた方が、そう告げ、ボクもいっしょに森のなかにある街道から外れ、道なき道を進んでいく。


 移動しながらではあるが、ボクが指示した8体の兵士は、1km先のところで、4頭の馬全部に矢を射かけ、落馬したところをあの仮面の男だけを襲い出したそうだ。命令がすこし複雑だったせいか、かなり指示した内容と異なった動きをしたらしい。


「それで、これからどこへ……」


 あれ? なにこれ……。


 ボクは自分の胸から突き出た血濡れの剣をぼんやり眺めていた……。








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