第2話 辺境の村に住む少年
──遡ること1日前。
ボクは村の外れにある井戸へ水をくみに行ったはずの妹のフェナが、近所に住む女の子たちにいじめられていたので止めた。すると、ボクより年上の男の子たちがやってきて、ボクのことを殴りまくった。
年上の男の子たちが去ったあと、青あざができた目元をフェナが心配そうに触れた。大丈夫だから。ボクはいつだってフェナの味方だ。記憶がうっすらとしかないが亡き父マルコが生きていたら、きっとボクの行動をホメてくれるはずだ。
12年前にこのアーキテクト王国の王都ファルカで「紅い夜」と呼ばれる事件が起きた。首謀者として捕まり処刑された父は、国王ペイジェルマン13世の近衛騎士として勇名をはせていたそうだ。父は断じて事件を企てるようなひとではなかった。と何度となく母がボクたちに伝えてくれた。
ボクは母の言葉を信じる。この辺境の村メイズで貧民という地位まで落とされてしまったけど。ボクは必ず母と妹のためにモティック家の信用を回復する。
妹のフェナを家まで送り届け、痛むカラダのまま今日の仕事へ向かう。
ボクは狩人をしているウグノさんの手伝いをして家計を支えている。正直ウグノさんはボクに対して高圧的な態度を取り、もらえる給金も少ない。だけど貧民を雇う人たちは往々にしてこのような人たちばかりなので、ウグノさんが特別にひどいというわけではない。
「今日は
メイズの村の西に広がる森は、プールヴの森と呼ばれている。奥に行くにしたがって魔物がひしめき、より強い個体が出現する魔の森で、ひとの手がいまだに入っていない未開の地となっている。
ウグノさんはふたりの傭兵を雇っている。どちらも魔物との戦闘を任せられている。ほかに2匹の大型犬がおり、獲物の追跡と魔物の感知に役立っている。
浅界の奥に行くのは今回で3回目となる。ウグノさんにとって魔物が多く動植物をハントする同業者が少ないこのプールヴの森は宝の山のようだ。森の浅界を知り尽くしているのをいいことに浅界の奥にあるヲマ湖に生息するドラ亀を大量に手に入れようとしている。
その甲羅は、さまざまな薬の原料となっており、売ればかなりの金額になる。またドラ亀の血肉は若返りの効果があるとされ、なぜか中高年の男性から高い支持を得ている。
ウグノさんが森の地形や魔物の生息範囲を知り尽くしているおかげで魔物と遭遇することは稀である。たまに遭遇したとしても、大型の狩猟犬が先に感知し、傭兵のふたりが片づけてくれる。
ボクは荷物持ちなので戦闘には加わらない。だけど、彼らが処理できない魔物に襲われたら真っ先に見捨てられる可能性が高い……。
真夜中になって、満月が枝葉の端からそっと顔を出す。
かなり天頂まで月が昇ってきている。思いのほか、進むのが遅れてしまった分を取り戻そうとウグノの足がより忙しく動くようになった。
ウグノさんの慌てる理由はドラ亀の性質にある。
ドラ亀は満月の夜にしか湖岸に近寄らない。そのため月が沈むまでに捕獲しなければならないという理由からボクに「はやく歩けノロマ」と何度目かの怒声を浴びせかけた。
だけど、焦って近道を選択したばっかりにウグノさんは自分の寿命を縮めてしまう結果となった。狩猟犬が耳をピクリと立て、前方の茂みに駆け込むと悲鳴が木霊となって森のなかに響き渡った。
前方を凝視していると、2匹の大型犬が顔を見せた。安堵をしたのもつかの間。頭だけとなった2匹の犬を両手で持った化け物が茂みのなかから、ぬぅっと巨大な化け物が立ち上がった。
「ひぃッ! オーガがなんでこんな浅界にぃぃ!?」
ウグノさんが悲鳴に似た叫び声をあげながら、弓矢でオーガの目を狙った。だが、オーガが少し頭をひねると頬に当たると乾いた音を残し、地面へ落ちた。
両手に握った大型犬の頭をグシャっと握りつぶす。ふたりの傭兵が声をあげて槍と斧を振り回し、オーガの腹部と足にささやかな傷をつけただけだった。
槍を持った傭兵が一撃で頭部を防具ごと巨大な拳で砕かれ、槍を奪われる。オーガは奥で弓矢を放っていたウグノさんに目がけて槍を投げた。ウグノさんは飛んできた槍に背中まで貫かれたまま、後方に吹き飛んでいき、大きな木の幹に縫い付けられた。
──なにもできない。
息の吸い方を忘れてしまった。
目の前の惨状になにもできず、逃げることすらままならない状況に素直に絶望した。
残っていた斧を振るっていた男は、首をつかまれると、ポキっと軽い音をたてて動かなくなった。
巨大な魔物はその青く輝く双眸で、ゆっくりとボクの姿を捉えた。
こんなところでボクの人生は終わるのか……。
モティック家の再興を夢見て少しずつお金をためていたのに……。
母と妹フェナの顔が頭によぎる。ゴメンふたりともボクはここで終わりだ。
オーガが、この場の空気に飲まれて固まっているボクにゆっくりと近づいてくる。
そして今まさに巨大な拳が、頭上から振り下ろされようとした瞬間。
『ピロ~ン』
この場には到底ふさわしくない軽やかな音が頭に響いた。
不思議なことに、オーガは巨大な拳を振り上げたまま、静止していた……。まわりには音もなく、ボクにいたっては眼球を動かすことすらできない。先ほどまでの恐怖が塗り替えられて、頭が混乱したまま「神」の声を聞くことになった。
次の更新予定
配信ゲーマー「神」になる 田中子樹@あ・まん @47aman
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