第四章 4

  3



 レオンは砂漠を見つめながら、その閑寂とした美しさに見惚れていた。

「お兄様」

 アリシアが部屋に入ってきて、香茶を差し出した。

「なにを見ていたの」

「砂漠を見ていた。お前の言っていた通り、美しい地だな、ここは」

 言いながら、レオンは椅子に座る。

「死者の灰が積もったものだなんて、嘘だ」

「ふふ。見てみないと、わからないわよね」

 馥郁とした香りが漂い、香茶が入ったことを告げる。

「お前の淹れる香茶は相変わらず美味い。それだけはギリアド殿に嫉妬する」

「それだけってなによ」

「言葉通りの意味さ」

 兄妹で笑っていると、ギリアドが入ってきた。

「ご歓談中、失礼する」

 ギリアドは至極真面目な顔でやってきて、アリシアと並んでそこに立った。

「レオンテウス殿。今回のこと、エリモスは感謝の念に尽きません。積年の諍いにも関わらず、迷いもなくこうしてくださったリッテンバウムの懐の深さには、痛み入るばかりです。エリモス国民共々、深く謝意を申し上げます」

「なんの。月神教の教えには、汝、他者を受け入れよ、さすれば赦されるというものがあるのです。日神教も月神教も、おなじことです」

「それは、日神教の教えにも通ずるものです。他者を受け入れよ、そうすれば自身は赦されるというものです」

「なんだ、では結局は、私たちは同じものですね。仲良くしていきましょう」

 レオンは笑って、ギリアドに手を差し出した。ギリアドはその手をがっちりと握った。「さあアリシア、名残惜しいが、俺たちはこれで帰るよ。また手紙をくれ。元気でやれよ」

 そう言い置いて、レオンは帰っていった。

 アリシアは、その姿が消えるまでずっと見送っていた。

 その肩に手を置き、ギリアドはそっと言った。

「行こうか。ザイオンが待っている」

 はい、アリシアはこたえて、城のなかに入っていった。

「お見送りはすみましたかな。それではご提案がございます」

「提案?」

「無事反乱分子を一掃できた祝いもまだですし、洪水を機にリッテンバウムとの友好が盤石になったことを祝う、祝賀のための式典を執り行います」

「式典……ですか」

「左様。国王陛下には馬車に乗っていただき、行列を組んで王都を練り歩いていただきます」

「ふうん……」

 なんか大変そうだな、と思って聞いていると、宰相ザイオンはアリシアに向かって言った。

「他人事のように聞いておられては困ります。馬車にはあなた様も乗っていただきます」「えっ」

 アリシアは人差し指で自分を指差した。

「わ、私もですか」

「当たり前です。あなた様は妃殿下、このエリモスの王妃様なのですよ」

「でも、私月神教ですよ」

「だからなんだというのです。日神教も月神教も、同じことです。いいですね、馬車には乗っていただきます」

「え、あ、はい」

 それでは私はこれで、と、ザイオンは出て行き、執務室には国王とアリシアだけが残された。ギリアドはおかしそうにアリシアを見上げた。

「ふふふふ。人も変わるものだな。あのザイオンが」

「宰相さん、なんだかやさしくなったみたい」

 微笑むアリシアに、ギリアドは言った。

「アリシア」

「はい?」

「私とそなたの子供が生まれたら」

「はい」

「生まれた子は、日神教の祭祀長だ」

「……はい」

「それは、曲げられない」

「はい……」

「しかし」

「……」

「その子には、左手に瘢痕を施そうと思う」

「――」

「月神教にとって特別な、左手に」

「ギリアド様……」

 アリシアは笑顔になった。

「ありがとうございます」

 そして言った。

「それだけで、充分です」

 外からは、噴水の側で剣の稽古をするランスロットとオライオスの気合いの声が聞こえてくる。

「ほう、なにか、心境の変化があったようだな」

「王妃さんに言われたんだ。護衛は、主を守って死ぬもんじゃない。主が仕事をやり遂げるのを見守るもんだってな。それで」

「なかなかよい心がけだ」

「これからも、訓練のほどお願いします」

 オライオスはランスロットに頭を下げた。ヤスミンはそれを、微笑んで見守っている。 祝賀行列当日のその日、兵士たちは鎧を纏い、ランスロットは近衛隊長の徴をつけた特別な鎧で正装し、オライオスは親衛隊長の鎧を着て、それぞれ行列に付き従った。

 花びらがどこからともなく舞い散り、花火が上がった。

 市民の目当ては、屋根のない馬車に乗った国王と王妃である。

 二人は沿道に詰めかけた国民に手を振ってこたえた。

 王様、こっちを見て。王様、王様。ほら、王様が手を振ってる。

 ほら、あれが王様だよ。あれ、王妃様だ。知ってる。お城に行った時、毛布をくれたひと。月神教だっていうけど、話してみたらふつうのひとだった。なんだ、月神教も、ただの人か。

 秋の日が、きらきらとアリシアの銀の髪を照らしている。

 妃殿下、ここよ。という声が、どこからか上がった。

 アリシアは驚いてそちらを見て、そして笑顔で手を振った。

 わあっと声が沸き上がって、私よ、俺もだ、こっちだ、ここよ、ここもだ、と次々に声がする。

「大人気だな」

 ギリアドがそう囁く。

「そんなことはありません」

 忙しく手を動かしながら、アリシアはそう言い返した。

 民衆に呼びかけられながら、二人を乗せた馬車はゆっくりと市街を走っていった。



                                  了

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砂と海の輪舞曲 青雨 @Blue_Rain

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