砂と海の輪舞曲
青雨
第一章
互いに反目し合う日神≪にっしん≫教と月神≪げっしん≫教が、その祭祀長であるエリモス王国の王とリッテンバウム王国の王女を結婚させると聞いた時には、両者の信者たちは一斉に反発した。
敵対、というほどではないにしろ、互いにいがみあい、同じ人間ではないくらいには反発し合い、過去には殺し合いにまで発展したものまであったこともある日神教と月神教である。
その祭祀長である王と、王の娘が結婚するなどとは、穢れである。
民衆は宮殿に押し寄せ、どういうことだ、これは神への冒涜だ、不敬な行い極まりないと王を悪罵し、石や卵を投げつける輩までいた。
王は言った。
「諸君の驚きはわかる。怒りもわかる。しかし、いがみ合いからはなにも生まれない。そこに、発展はない。今こそ何百年の長きに渡る不毛な諍いに終止符を打ち、平和な次代の礎を築き上げる時である。理解してほしい、これからは新しい時代が来るのだということを」
説得には、時間がかかった。
王の言葉通り、両者の反目は何百年も続いていたから、今更それを和解しろと言われてもおいそれとどうなるというものでもなかったのである。
しかし滅多に聞けぬ偉大なる国王のお言葉に次第に耳を傾け始める者もちらほらと出てき始めて、そうこうする内に一年が経った。
「俺は反対だ」
青年はバン、と机を叩いて立ち上がった。
「レオン、まだ言うか。もう決まったことだ」
「そうだ。今更なにを言う」
「輿入れは明日だ。諦めろ」
口々に言う親戚連中の言葉に、青年は歯噛みした。
「妹を日神教の男と結婚させるなんて、そんな馬鹿なことさせるなんて、おじ様たちたちは頭がおかしいんだ」
「長い目で見れば、いい方向に行くだろう」
「いい青年だと聞いているぞ」
「いくらいい青年でも、相手は日神教だぞ。鶏の首を落として、その血を飲むというじゃないか。そんな野蛮な男と妹が結婚するなんて、冗談じゃない。妹は蛮族と結婚するために生まれてきたんじゃない」
「落ち着きなさいレオン」
レオンと呼ばれた青年は諫める親戚連中の声を無視して、ぷいっと部屋から出ていってしまった。腹が立って腹が立って仕方なくて、廊下を乱暴に足音を立てて歩いた。
回廊のむこうに誰かいる、と思って見ると、妹だった。
中庭を見つめている。
「アリシア」
彼女はそれに気づくと、笑顔になってこちらを見た。
「お兄様」
「なにをしている」
「お庭に、お別れを言っていたの。このお庭、お気に入りだったから」
と、名残り惜しそうに庭に目をやる。
「もう見られないのね」
その横顔を見ると、胸が痛くなる。
「アリシア」
すると、妹はこちらを見た。
「相手は日神教の男だ。きっとうまくいかない。いや、うまくいくわけがないんだ。だから、帰ってきていい。いつ帰ってきてもいいんだ」
「お兄様……」
アリシアは微笑んだ。
「平気よ。私、そういうの平気。きっと大丈夫よ」
そのいじましさに、当人でもないのに涙が滲んでくる。当地での妹の生活の辛さを想像すると、身を切られるような思いがした。
「辛かったら、帰って来いよ」
そう言うと、レオンはそっとアリシアを抱き締めた。
「ありがとお兄様」
妹は、そっと目を伏せた。
見たことも聞いたこともない世界が、すぐそこに迫ってこようとしていた。
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