転生したら前世で好きだった人にそっくりな奴隷少女を見つけてしまった

笹塔五郎

第1話 前世で好きだった人

 ――もしも前世の記憶があったら、何で誰でも一度は考えることなのかもしれない。

 けれど、それが必ずしもいいこととは限らないだろう。

 私――ロエナ・アレグリーには前世の記憶がある。

 それは、かつてとある王国の騎士だった記憶だ。

 時代としては今に比べると随分と古いもので、すでにその王国は現代においては滅びてなくなってしまっている。

 だから、前世の記憶を取り戻したところで、年月が経てばあまり意味のないものなのだと思った。

 実際、私は前世の記憶を取り戻しただけであって、ロエナ・アレグリーとして生まれ育った記憶が消えたわけじゃない。

 ――前世の記憶を取り戻したタイミングは、両親と共に魔物に襲われ、自分だけが助かった時だったが。

 ショックで記憶が混濁しているのだろう、そんな風に診断されたことは覚えている。

 私としても、全く知らない人の記憶が頭の中に流れ込んでくる感覚は、どうにも耐えられないものであった。

 ただ――両親を失った悲しみは、過去の記憶との混濁によって幾分か紛れたのだと思うと、不幸中の幸いではあったのかもしれない。

 十八歳になった今、私は同い年の少女に比べると随分と大人びているのだと思う。

 孤児院に引き取られ、そこから私は――傭兵となった。

 前世の騎士だった記憶を頼りに培った剣術と魔術があれば、戦闘経験も十二分にあると言える。

 だから――生きていく分には困らなかった。

 騎士としての記憶があるのに、どうして騎士を選ばなかったかと言えば――私は、騎士を辞めているからだ。

 私が前世で騎士を辞めた理由も正直に言えば、随分と情けないものだと思う。

 ――近衛兵として仕えていた当時の王女と、私は両想いにあった。

 当然、それは許されない恋であったと思う。

 王女と騎士という立場もそうだが、性別も同じ女性同士であったということもあるだろう。

 王女は私と共にいることを望み、私も彼女と共にいたいと願ったが――結局それは、叶わない願いとなってしまった。

 王女という立場を捨てて、彼女は私と国を出る道を選んだのだ。

 私は最後まで迷っていた――好きな人と共に騎士を辞め、国を出ていくことに。

 それが、本当に彼女にとっての幸せであるのだろうか、と。

 ――きっと、多くの者を悲しませることになるだろう。

 一生、追われる身になるかもしれない。

 それが、私だけであれば耐えられることであったが――愛する人にそんな生活を送らせることはできなかった。

 否、そんな覚悟はなかった、というべきだろう。

 だから――私は騎士を辞めて、一人で国を出ることにした。

 勝手に別れる道を選んで――けれど、私は王女を惑わした罪として結局、刺客に追われ、その命を落としたのだ。

 あるいは、それが私に対する罰だったのかもしれない。

 そう思いながらも、私は死の間際――もしも生まれ変わることができたのなら、今度こそ愛する人を幸せにすると願ってしまった。

 その結果とでも言うべきなのか、前世の記憶だけを宿して、私には愛する人など誰もいない。

 今でもなお、前世の記憶に引っ張られて――目的のない生き方を続けているのだ。

 傭兵としての活動を続けてもう三年以上――それなりに名が知られるようになったのか時折、私の首を狙ってくる者がいる。

 私の知らないところで懸賞金でもかけられたらしい。

 これもまた幸いというべきか、今の私はそれなりに強い。

 だから、今もこうして生き延びているわけだけれど――ただ、生きているだけに過ぎない。

 今日もまた、私は特に目的もなく町中を歩いていた。

 いや、目的を探しているのだろうか――前世の記憶などという、意味のあるかどうかも分からないそれが、私に宿った意味を。

 そんなこと、探したところできっと意味はない――私自身、分かっていたはずなのに。


「――」


 私は思わず、驚きに目を見開いた。

 それは本当に偶然で、視線を向けた先――檻の中に閉じ込められ、枷と鎖で繋がれた少女と目が合った。

 ただ、奴隷の少女が売られていただけで、この世界では珍しいことでもない。

 重要なのは、少女の姿だった。


「……似てる」


 思わず、声に出してしまう。

 金色の髪は少し短いけれど、可愛らしい顔立ちは今でも記憶によく残っている。

 瞳の色は赤色で異なるが、私の心臓が高鳴るほどには本当によく似ていた。

 私が前世で――好きだった人に。

 視線の先の少女もまた、私に気付いたようで、目が合う。

 どこか、諦めたような表情をしていたが――同時に、助けを求めているような気がした。

 ――気付けば、私は彼女の下へと向かっていた。

 そして、前世で好きだった人によく似た少女を、私は買ってしまったのだ。

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