我が儘な妹が何もかも奪っていきます

綾南みか

前編


 私のふたつ下の妹エリザは我が儘な娘だった。いつも人の中心にいたくて、我が儘を押し通し、気に入らないと泣いた。下手な詩を書き、褒めないと癇癪を起こす。見てくれの良いものが好きで、私が買ってもらったばかりのドレスに宝飾品、仲良くなった友人まで奪っていく。


「ヘレナお姉様より、わたくしの方が似合うわ」


 妹のエリザは非常に見目が良かったので、誰もが彼女の我が儘を許した。私はそういうものだと思って育った。エリザの我が儘に手を焼いた両親は、私を妹の生贄にして放置し逃げたのだ。



 十八歳になって学園を卒業する年に、母が同盟国のエーデンブルク王国王太子カール殿下との縁談を持ち帰った。私の家はヴァリア公国を統治する大公家で小国だが相手として妥当であった。

 お見合いは保養地の別荘で行われた。その日、妹はお見合いをする当人の私より美しいドレスで着飾って王太子の前に現れた。


 カール殿下は一目で妹に惹かれた。

「私はこの娘と結婚する」

 妹の手を取り宣言したのだ。


 妹は美しい。流行りのドレスを纏い、化粧も上手く、美容には人一倍熱心だった。それに比べて私は少しきつい顔をして、表情も豊かではなかった。

 実際にカール殿下は私のことを暗いと言った。そうだ私は暗い。眉間に縦皺が常駐するくらい暗い。その所為で齢も上に見られた。殿方にとって、明るくて見目の良い妹の方が側に置くのにいいんだろう。ああ、どんどん暗くなっていく。


「エリザ嬢は何が好きなのだ」

「詩を書くのが好きですわ。みんなとても素敵だと褒めてくれますの」

「そうか、それは素晴らしいな」


 盛り上がっている二人を横目に、お花摘みにとか何とか適当に呟いて私はそっと席を外した。洗面所に行くと目の前の鏡に映る白い顔、しかつめらしい表情、眉間の盾じわ。これでは選ばれないのも当然だ。

 カール殿下は癒されたいのだ。共に仕事をする者ではなく、庭園において眺める薔薇、屋敷で可愛がれるペットが欲しいのだ。


 その日行われた別荘の舞踏会で王太子カールは妹を離さなかった。母は私の為に用意していた結婚相手が妹に夢中になったのを嘆いたが、彼は気持ちを変えることなく妹と結婚すると言い張って、とうとう彼と妹は結婚をすることになった。


 まだ私と王太子が婚約する前で良かったかもしれない。流行りの小説のようにならなくて、何より、もう妹に煩わされることがなくなるのが嬉しい。


 だが私は、妹に結婚相手を奪われた、婚姻相手として相応しくない令嬢という不名誉な烙印を押された。それは形を変え、妹に嫉妬して八つ当たりをして虐げたと面白おかしく尾ひれを付けて社交界に広まった。

 私は社交にすっかり嫌気が差して、父の内政関連の執務を手伝う他は、屋敷で刺繍や読書に明け暮れる引きこもり令嬢になっていた。



 しかし、結婚したカール殿下とエリザは私を放置してはくれなかった。

「お姉様には申し訳ない事をしたわ。だから私たちが見繕ってあげる」

「いえ別にわたくしは……」

 妹には何も期待できない。断りたかったが、同盟国エーデンブルクの王太子と一緒になって勧めてくるものをどうやって断ればいいのだろう。


 二人が私に押し付けたのは、事業でのし上がって侯爵位を手にしたラモラル一族の男で大金持ちであった。父は相手が王族でないことに難色を示した。

「ヴァリア公国は小さいと雖も我らは王族である。王族でない者との婚姻は──」

 だが両親は妹に弱かった。

「お姉様は社交界で暗いとか、直ぐに腹を立てて当たり散らすとか、根も葉もない酷い噂を立てられていらっしゃるのよ。このままでは行き遅れになって、どなたにも娶っていただけなくなりますわよ」

 妹が両親を説得する。まったくどの口がそれを言うのかと思う。私の眉間の縦じわは深くなるばかりだ。

「それにお父様は新しいお城を建てると仰っていらっしゃったのではなくて」

「そ、そうなのだ、もう設計図もできているのだ。美しい湖と緑の山を背景にした白亜の美しい城が──」

 父はあっさり前言を翻した。お城と引き換えに私を売ったのだ。



 私に宛がわれた結婚相手のラモラル侯爵には亡くなった先妻との間にすでに世継ぎがいて、結婚すれば私は三人目の妻となる。おまけに年若い愛人までいたのだ。

 いくら私が妹の結婚とその後の心無い噂に振り回されて、その時すでに二十歳を過ぎていたにしても酷いとしか言えない。同盟国のエーデンブルク王家は赤字財政だったし、父も新たなお城を建てたいという。大金持ちの侯爵からお金を融資してもらう為の縁組かと邪推したくなる。



 結局、何も荷物は持って来るな、身一つで来いと言われて、侍女も付けずにお嫁に行った。簡素な書類上の結婚の後、相手のラモラル侯爵は言い放った。

「押し付けられたから仕方なしに結婚したが、君とは白い結婚だ。二年経ったら出て行ってもらう」

 彼は若い子が好きだった。私のような、妹に嫉妬して八つ当たりをして虐げたと酷い噂のある年増の平凡な女はお気に召さないようだ。


 結婚はしたが彼はエーデンブルクの王都に愛人と住み、私は領地のお城のような広い屋敷に追い払われた。これまでずっと両親と妹に振り回されて生きてきた。それが急に広い屋敷でひとりになってしまった。


 ガランとしてあまり人のいない広い屋敷の客間のひとつを宛がわれ、メイドがひとりついた。食事を頂いた後は何もすることがない。


「暇だわ。何かすることはないかしら」

 暇なので広い屋敷をうろうろと探索する。回り階段を見つけて降りると大理石の柱が幾つも並ぶ回廊に出た。回廊は噴水のある中庭を囲んでいて、美しく手入れされ花が咲き乱れていた。回廊を歩きながら花を眺めていると事務官らしき男が呼び留める。


「新しく入った事務官は君か、中肉中背、菫色の瞳にダークブロンド。名前は?」

「ヘレナです」

「そうか、僕はアントンだ。王都の事業所に誰か事務官を送って欲しいと言ったが女性か、計算はできるか」

「はい」


 私は地味な顔だし地味な服装をしているし、実家では屋敷の管理や領地経営の手伝いをしていた。事務官と間違えられても仕方がない。どうせ暇だし手伝ってやってもいいだろう。

 まだ若い事務官のようだが髪はぼさぼさで目に隈を付けている。寝不足なのか、忙しいのだろう。

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