捨てたもの
なっちゃんが詰めに詰め込んだ茶箪笥から全部おもちゃをひっくり返していたら、日が暮れた。
なっちゃんは久々に出してきたおもちゃで夢中になって遊んでいたが、俺はおもちゃを一つずつ確認して仕分け大掃除し始めていた。
整理整頓に集中していると、後ろから声がかかった。
「おもしろいことになっているね」
「おとさーん!おかえりー!」
なっちゃんが勢いよくおとさんのぽってりしたお腹に飛びつくと、おとさんが丸い声でただいまと笑う。
おとさんは散らかった店の座敷ににんまり笑って、つるつる頭をくるんと手で撫でた。
「こんなにひっくり返して何を探していたのか、聞こうかな」
「幸せだよ!」
「わっはっは!それはいい!」
おとさんがそれは面白いと大笑いするので、俺は今更少し恥ずかしくなった。
「キリヤも幸せを探していたのか?」
「あーいや、俺は今も幸せだけど……俺が小さい時に持っていたものが何かあるかなと思って」
「どうして、そんな前の物が必要になったんだい?」
俺が過去のものを探していると、おとさんに知られるのはバツが悪かった。今の家族に不満があると感じさせるような気がして、言葉がすぼんだ。
でも、身勝手に求めると決めたら。俺は俯きかけた顔を上げて、おとさんをまっすぐ見つめた。
「呪いを、解きたいんだ」
おとさんは小さな目を一瞬だけ大きく見開いてから、ゆっくりと皺を深くして微笑んだ。
「だから手がかりがないかと思って、探してる」
「そうか……夜、私の部屋においでキリヤ」
おとさんが優しく丸く笑うので、俺となっちゃんは顔を見合わせた。
なっちゃんが寝静まったのを確認して、俺はおとさんの部屋に足を運んだ。
おとさんの部屋は、二十畳の和室だ。こんなに広いのに紙が散乱していてお世辞にも片づいているとは言えない。だが、おとさんは物の場所を把握しているらしく、誰にも触らせない。
和照明がいくつも淡く灯る部屋は橙色に包まれていた。部屋の端に置いた書机の前に正座したおとさんが、襖を開けた俺を手招きした。
「おいでキリヤ、これだよ」
おとさんの前に正座した俺に、おとさんが手渡したのは───小さな木箱。
この散らかった部屋で、きちんと収納されていたことがわかる。
「これ何?」
「私がお前を拾ったとき、お前が握り締めていたものだよ」
そんなものの存在を俺は全く知らなかった。
「お前は幼い時から人の気持ちに、とても敏い子だった。拾われたばかりの頃は、私の顔色をよく見ていたよ」
俺が瞬きを忘れて過去を逡巡していると、おとさんは俺の頭を子どもにするみたいに優しく撫でた。
「私に捨てられて、また一人になるんじゃないかと不安に駆られたのだろうね。私に縋りつくあまり……お前は握り締めていたそれを捨てたよ」
おとさんが語る幼い俺の話に、俺は覚えがない。けれど、俺のやりそうなことではあるなと思った。
俺は今の家族と、過去の自分の両方を欲張るようなことをしないだろう。捨てるなら、握り締めていた過去だ。
「そんなの……覚えてないよ」
「覚えてなくても無理はない。小さかったからね。それにお前は私と本当の家族を築こうとして、忘れようと自ら暗示をかけた可能性だってある」
おとさんは俺の狐面をまじまじと見て、遥か昔を想うようにゆっくりと頷きながら語った。
「お前は聞き分けよく手のかからない子でね。明るく見せながらも、我儘を言ったりおねだりしたり、自ら欲しがるのを諦めているような子だった」
おとさんが語る俺は、化けの皮を全部剥がれていた。
「覚えのない過去という曖昧で不明瞭なものは抱え続けるのが、辛くなるのはわかる。でも大事なものを簡単に捨てるなと……怒ったよ」
曖昧なものがもどかく耐えがたい気持ちは、志乃ちゃんとの関係で痛感している。我慢が足りない子どもはどうしても、白黒つけたくなってしまうのだ。
「キリヤに本気で怒ったのは、あの時だけだったかもしれないね」
そういえば怒られた記憶は特にないのに、俺の根底におとさんは怒ると怖いという意識だけはしっかり根付いていた。
「幼いお前の判断は早過ぎた。だから私が探して、それを拾って保管しておいたんだよ」
おとさんは俺がおとさんに捨てられるのに怯えて、浅はかな対策として切り捨てたものまで大事にしてくれていた。
彼は手がかからないと言いつつも常に俺を見てくれていて、必要なときに必要な手をきちんと貸してくれる。そんな影ながらの支えを知って、胸が詰まった。
「お前がいつか、過去を欲しがる時がきて。何も手がかりがなくて困ったら……放っておけないからね」
おとさんが「困った子は放っておけないからね」と言うのを何千回でも聞いて育った。
亀岡に引っ越してきたのは、おとさんが有希さんからの霧の調査依頼を放っておけなかったからだ。
俺もそうやって人のために動くおとさんのようになりたくて、困った子を放っておかないことにした。だからこそ、志乃ちゃんとの縁も繋がったのだ。
「キリヤ、消滅の呪いを解くのは命がけだよ。何か聞きたいことはあるかい?」
おとさんが岐路に立つ俺を気遣ってくれているのを感じた。俺はひとつ、どうしても気になっていたことを問うた。
「消滅の呪いが解けたら、本当の姿に戻るでしょ?もし、俺が臣くんだったとして……どの状態が本当の姿?りっくんに食べられた、後の姿?」
「当然の疑問だね。いいかい、消滅の呪いは解くのがとても難しいだろう?」
姿形を失い、記憶を失い、チャンスは一回。解呪はほぼ不可能と言って良いものだ。俺は静かに頷く。
「その困難さゆえに、万が一に呪いが解けたとき、復元する力も相当に強い。本当の姿とは、記憶が戻り、姿が戻り、半鬼の被害が何もなかった状態のことだよ」
おとさんは丸い頭を撫でた。
「今のキリヤの中に臣くんの時間が戻るという感じだね」
「そっか……そうだと良いなと思ってた。ありがとう、おとさん」
おとさんが柔く笑み、こくりと頷く。ずっと俺を見守り続けてくれたおとさんへの気持ちを、尊敬だとか、感謝だとか。言葉にすると陳腐だ。
ただ、おとさんに拾われたことは本当に幸運だったと、そう思う。おとさんが静かな声をさらに穏やかにした。
「命を懸けてまで過去を求める必要もないと思う。けれどね。わがまま一つ言わなかったお前がやっと……欲しがったのだから」
俺は木箱を握り締めた。
「私は応援するよ……これが呪いを解く鍵になるといいね、キリヤ」
おとさんが俺を育ててくれた丸い笑顔を魅せる。
大好きだ。俺のお父さんの、笑顔。
俺は部屋を出て静かに襖を閉め、手の平に乗った木箱を見つめた。
この箱に何が入っているのかは、明日、志乃ちゃんと一緒に見たいと思った。俺が期待するものが入っていることを願って、眠れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます