苺大福パンケーキ


 すぐに美月さんに連絡を入れて、四人で休憩処にやっと帰りついた。


 朝霧は晴れと言い、休憩処に着く頃には霧はすっかり晴れていた。


 藍色の暖簾をくぐって、休憩処に足を踏み入れるとほっとするバニラビーンスの香り。


「美月さんにゆっくり来てねってお願いしたから、みんなパンケーキできるまで遊んでて」


 キリヤ君はさっそくキッチンで粉を練り始める。私は子どもたちに付き添ってカウンターの左奥にある四畳の座敷に座った。


 あたたかい休憩処に帰って、どっと疲れが出てくる。でもりっくんとなっちゃんはさっきまで寝ていて、帰りは大人におぶさって歩かず帰ってきたので元気だった。


 寒い夜だったが、なっちゃんのもふもふ尻尾と、美月さんが過剰に持たせていたカイロが二人をぬくぬくにしていたという。


 私は座敷の端に座って、二人が遊ぶのをぼんやり眺める。


 キッチンでキリヤ君がフライパンをじゅうと鳴らすと、甘酸っぱい苺の香りが舞った。美味しい予感がし始めるとますますほっとする。


「なっちゃんね、いっぱいおもちゃ持ってるの」

「見せて見せて」


 なっちゃんはりっくんに柔らかい笑みを向け続け、りっくんを丸く包む。


 帰りの道すがら、りっくんはぽつぽつと昨夜起こったことを話してくれた。


 半鬼としての飢餓から本能が暴走しかけてしまって、怖くなったりっくんはなっちゃんに助けを求めた。


 きっと誰よりも心細かっただろうりっくんをなっちゃんは迎え入れて、一緒に考えて、霧のテラスまで一緒に逃げてくれた。


 なっちゃんのあったかい存在にりっくんは昨夜、どれほど救われただろうか。


 りっくんが座敷の端っこに置かれた茶箪笥の引き戸を開けようとした。茶箪笥の中は玩具入れのようだ。


「棚が詰まって開かないよ」

「ふふっ、なっちゃんはここに幸せをいっぱいためてるの」


 なっちゃんの茶目っ気たっぷりの笑いにりっくんもいいねと笑いあう。


 休憩処に差し込む淡い朝の光の中で二人の仲睦まじい様子を見ていると、疲れが抜ける。


 私が壁にもたれてうたた寝し始めてしまい、キリヤ君に肩を揺らされた。


「志乃ちゃん、食べてから寝て」


 はっと目覚めると、りっくんとなっちゃんはすでに檜のカウンター前に並んで座っていた。少し意識が飛んでいたようだ。


 私は立ち上がってりっくんの隣に座る。


 キリヤ君はキッチンに戻り、出来上がったパンケーキの上に塩をひとつまみ振りかけるような仕草をした。


「はい、苺大福パンケーキだよ!」

「わー!可愛いー!」

「え!お餅が乗ってる!」


 パンケーキを見たりっくんとなっちゃんが声を上げる。


 キリヤ君が子どもたちの前に置いた苺大福パンケーキは、一見、大きなお餅かと思ってしまう。


 淡い苺色のスフレパンケーキを二段重ねた上に、生地を包み込むように薄い求肥餅ぎゅうひもちが乗っているのだ。求肥餅は大福の皮になる餅のことだ。


 パンケーキに餡子と白玉が添えられるのは定番なので、パンケーキと餅は相性が良いのだろう。


 スフレパンケーキを包んだもっちり求肥餅の上にはちょんと光沢のある鮮やかな苺が一つ、可愛くお澄まししていた。


 苺大福パンケーキの横には雪色、苺色、抹茶色の三色生クリームが添えられ、春の色彩だ。


 パンケーキを包む柔らかい餅は、子どもたちを包む私たち大人を示しているような気がする。


 キリヤ君の優しい想いが、苺大福パンケーキからは伝わってきた。


「いただきます!」


 なっちゃんが大胆に求肥餅にナイフを入れると、ナイフにびろーんと餅がくっついて伸びた。


 なっちゃんはめげずに餅を切って、苺のふくふくスフレパンケーキに全色生クリームをつけてばくっと口に詰め込む。


 なっちゃんのくりんとした目がらんらんと輝いた。


「おいひぃ!もちもちすっぱい!」


 もっちり求肥餅と苺の酸っぱさが口に広がったのだろう。なっちゃんのほっぺもお餅みたいに膨らんでいる。


 なっちゃんが美味しそうに食べるので、りっくんはそわそわしていた。だがナイフを手に取ろうとしなかった。


 そんな彼を見逃すはずもないキリヤ君が、りっくんにナイフを手渡してにっと笑う。


「りっくん安心して食べて。俺がりっくんを、本当の姿に戻してあげる」


 りっくんはキリヤ君を見つめて目をぱちくりしていたが、ナイフを受け取った。りっくんはナイフを手に、そろそろと求肥餅と苺パンケーキを口に運ぼうとした。


 だが、なっちゃんからダメ出しが飛んだ。


「りっくんもっといっぱい入れて!」

「え」

「キリヤ君のパンケーキは幸せいっぱいなの!だからお口いっぱいに入れて、いっぱい食べるんだよ!」


 なっちゃんは熱弁し、また狸ほっぺたをふっくり膨らませてもぐもぐ幸せを噛みしめる。


「こう?」


 りっくんはなっちゃんに言われた通りに大きめに切った苺パンケーキに求肥餅を乗せて、三色生クリームを全部贅沢につけて大きなお口であんぐと食べた。


 りっくんの目がぱっと開く。


「おいひい!」

「でしょ!」


 りっくんのほっぺもぱんぱんで、ほっぺ限界のなっちゃんと顔を見合わせてうんうん頷く。光が飛び出すように愛らしい光景だった。


 りっくんは食欲に火がついたのか、苺大福パンケーキをばくばく食べていった。


 苺大福パンケーキが減るとともに、りっくんの頭から二本の羊角が生えた。全部食べ終わるとりっくんは半鬼姿だ。なっちゃんもすっかり耳と尻尾が生えていた。


 食べ終わったのを見計らって、キリヤ君がりっくんに話を切り出す。


「休憩処は、本当の姿に戻るところだよ」


 ほっぺたに粉砂糖をつけたりっくんが肩をぴくりと揺らした。


「良かったら、りっくんの話を聞かせてくれない?」


 キリヤ君の包み込むような声を皮切りに、りっくんは目からぼろぼろと涙を零した。


 眉を下げたなっちゃんがりっくんの頭をよしよしと撫でる。


「僕……想太と、なっちゃんを食べちゃった」

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