被害者の証
凍えそうな風が吹く隠れ橋の真ん中で、おとさんがよいしょと橋の欄干に腰かけた。私とキリヤ君はおとさんの前に並んで立った。
「さて、聞きたいことがあると矢の催促だったけど二人とも、何が聞きたい?」
全国を飛び回っていたおとさんが帰ってきたら、半鬼について聞きたかったのだ。
私はおとさんに確認する意味で言葉を紡いだ。
「霧の都の神隠し事件は……十年霧で暴走した半鬼が、臣くんをうっかり全食いしてもうた。その後、消滅の呪いで消したってこと?」
「有希にも詳しい話を聞いたが、それが一番、現実的にありそうな話だと私も思うね」
ついにたどり着いた臣くんの神隠しの全貌を、私は噛みしめる。
半鬼自身も十年霧の被害者かもしれない。けれど、名乗り出ていないのだから、罪は深い。
「警察の有希さんがそこまでわかってるのに、半鬼は見つかってない。もう亀岡にいない可能性は高いんじゃない?」
キリヤ君の鋭い推測におとさんは大きく首を振った。
「半鬼は狩場を変えない。だから屍を消す消滅の呪いを駆使するんだよ」
キリヤ君は納得したと頷いたが、私は理解しきれなかった。
「どういう意味?」
「人を食べたって知られたら、半鬼はその土地を追い出されるでしょ」
「そらそうや」
「消滅の呪いは、いかに人間社会に属しながら内緒で人を食べ続けるかって戦略から生まれたんだ。半鬼は良い人の化けの皮を被ったまま、土地に根付いていたいんだよ」
キリヤ君の説明でもまだぴんと来ないのが伝わったらしく、キリヤ君がさらに短くしてくれた。
「臣くんを全食いした半鬼は、まだ亀岡にいるってこと」
私はやっと賢い二人に追いついて、そういうことかと手を打った。キリヤ君はおとさんに質問を投げる。
「おとさん、他に半鬼について知ってること……そうだな……なるべく、おとさんしか知らないような貴重なことを教えて」
「うまいこと聞いたね」
「おとさんって聞いたことには正確に答えるけど。それ言っといてよ。みたいな、ちょっと気が利かない時、よくあるからね」
「わっはっは!さすがに知られてるね。じゃあ……これを教えておこう」
豪快に笑ったおとさんは、キリヤ君の狐面を指さした。
「キリヤ、お前の狐面。それは消滅の呪いを受けた証だよ」
「え、キリヤ君が?」
私がキリヤ君の顔を見て知っていたのかと目で聞くと、キリヤ君は首を振った。
「有希から聞いていたかい?」
「いや、有希さんは何も。さっきの話で俺の呪いと似てるなと思ったくらい」
「有希は知らなかったのかもしれないね。有希自身が消滅の呪いを使ったことはないから。全食いした相手に印がつくなんて考えもしないだろう」
私が口をあんぐり開けていると、おとさんは続けた。
「キリヤは半鬼に全食いされて消滅の呪いを受けた。どこかで消され、東京に現れたキリヤを私が拾った。十年くらい前の冬のことだね」
臣くんの事件の話をしていたはずなのに、思わぬところでキリヤ君の狐面に繋がってしまった。狐面の呪いは、消滅の呪いだったのだ。
「臣くんもお前と同じ、鼻から上の狐面をつけているはずだよ。どこかでね」
おとさんが掌でつるつる頭をくるんと撫でた。私とキリヤ君が揃って呆然としているのを見てくすっとおとさんが笑う。
「私は戻って祈祷の続きをしよう。十年霧で困った子を放っておけないからね。また何かあったらいつでも聞きに来なさい」
おとさんはあらゆる困った子を放っておけない神様だ。おとさんは丸く穏やかに笑って、隠れ橋を一人で渡って行った。
隠れ橋の真ん中で取り残された私はキリヤ君の狐面をじっと穴が開くほど見つめた。おとさんが教えてくれたことを咀嚼する。
キリヤ君と臣くん。
二人ともが、半鬼に全食いされた被害者。
しかも十年前の、同じ時期に。
こんな偶然が、いくつもあるものだろうか。
こんなこと、一度も考えたことはなかったけれど。
臣くんが、キリヤ君。
なんてことがあるのだろうか。
臣くんが帰ってきますように。
キリヤ君の呪いが解けますように。
ひとつのランタンにかけた二つの願いが、一度に叶うなんてことが起こり得るのか。
これはただの私の──願望だろうか。
「志乃ちゃん、いろいろ考えてるのはわかるんだけど、あんまり見つめられるとその……」
キリヤ君は臣くんと同じ、首筋を指でかく仕草で照れ隠しした。
キリヤ君は私よりずっと賢い。だから、私が考えたことなんてもう当然考えついている。
でも彼はその可能性を口にしない。彼が臣くんかどうか確かめたくても、今すぐ狐面の呪いを解くことはできないからだ。
狐面の呪いを解くチャンスは、一度きり。
呪いにかかった時期が同じ。そんな情報だけで『見つけた』はできない。
だから彼は言及しない。私を混乱させないよう慮る。私も、そうありたい。
「臣くんを全食いしたうっかり半鬼を探そう。明日は常連さんたちが店に集まってくれるから聞き込み。まずはそこから、でしょ?」
私は口を噤んで、静かに頷いた。
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