バルーンフェスティバル


 年末にかけて美月さんと手合わせをしたり、河童の河合さんや、算盤小僧の酒井さんと年忘れ御背中拝見フィーバーをした。


 他の化け暮らしのお客さんから臣くんの新情報はないまま年は明けた。情報収集は地道に行くしかない。


 新年の騒ぎは終わり、日常の落ち着きを取り戻した卯月の暮れ。


 私とキリヤ君はやっとデートの約束を果たすことになった。キリヤ君がバルーンフェスティバルに行きたいと張り切っていたのだ。


 亀岡では冬から春にかけて熱気球が頻繁に空を舞う。亀岡盆地は霧をなす一方で気流が安定し、熱気球が飛ぶための良い条件がそろっているのだ。


 バルーンフェスティバルは保津川のほとりにある水辺公園で行われる。見渡す限り広々とした草の広場だ。


 真冬の夜、高く星が見え始めるとともに凍えるほど冷たい風が頬を刺した。水辺なので吹きすさぶ風にはさらに冷気がこもっている。


 バルーンフェスティバル会場へ向かって、キリヤ君と一緒に保津川沿いの河原を歩きながら私は手をこすり合わせて白い息を吹きかけていた。


 大勢の人がぞくぞくと水辺公園へと歩いていく途中なので、寒くても走って体を温めるわけにはいかない。


「志乃ちゃん、その恰好ダメでしょ」

「今日は羽織り着てきたやん」


 普段なら白い道着だけだが、さすがにと思って紺色の羽織りで防寒してきた。だが、キリヤ君の合格はもらえなかった。


 キリヤ君は人がぞろぞろ歩く道を少し横に寄って、私をぐいと引っ張った。


「それでも薄着過ぎるよ合気道着じゃ」

「昔はみんなこうやったやん」

「令和生きてんの俺たちは」


 キリヤ君は自分が巻いていた藍色のマフラーを私の防御力が低い首元にぐるぐる巻きつけた。


 藍色のマフラーからは、バニラビーンスの香り。まだキリヤ君の温度が残るマフラーが首筋や頬に触れると、身体が熱くなる気がした。


「これでまだマシかな」

「キリヤ君は心配し過ぎ」

「志乃ちゃんは無防備過ぎ」

 

 二人でいーと歯を見せ合ってふふっと笑ってから、また薄暗い道を歩き始める。


 遠くに見える会場ではライトアップされた大きな熱気球がいくつも上がったり下がったりしている。


 熱気球を楽しんでもらうためのバルーンフェスティバルが開催され始めたのは三年前のため、私は臣くんとこのフェスティバルに来たことはない。


 バルーンフェスティバルの催しの中で、地元民に特に人気なのが最後に行うランタン飛ばしだ。


「ランタンって事前購入なんだよ。買っておいた二つ」

「準備ええな。ランタンって空に飛ばす提灯みたいなやつやろ?」

「だいたい合ってるけど。願い事をしながらランタンを空に飛ばしたら、願いが叶うってところがロマンチックなんじゃない?」


 私よりキリヤ君の方がずっとロマンチック思想だと笑ってしまう。


 水辺公園の会場についてみると夜市が開催され、各店ののぼりが立ち並んでいた。寒い夜にあったかい香りと湯気があちこちから立っていて、子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくる。


 私の禁欲生活は続いており、キリヤ君の作ったものしか甘い物を食べない縛りは健在だ。


 だが今日はお祭り。


 今日は外で買ったものを食べても良いことにすると、キリヤ君に宣言してある。キリヤ君は無理しなくていいよと言ったが、私はそうしたかった。


 少しずつ、柔らかくあろうと決めたから。


 夜市の飲食エリアに一歩足を踏み入れると、亀岡黒鶏のカリカリからあげ、亀岡米粉のふわふわ鈴カステラ、亀岡牛のジューシー串焼きに、亀岡酒造の甘酒屋さん。


 どこをみても亀岡名産の素材を用いた逸品飲食ブースが並んでいた。


「うわー!おいしそう!志乃ちゃん、何食べる?!」

「迷うなぁ」


 あっちこっちと目移りしながら、飲食ブースの間の道をのろのろ歩く。


 亀岡の食材が大好きのキリヤ君には、たまらない場所だろう。店に添う道なりを奥まで歩くと、待ち構えていたようにその商品に出会ってしまった。


「亀岡京野菜のスープパンケーキ!?」

「スープにパンケーキ入れるとか、どういうことやねん。絶対キリヤ君が好きなやつやん」

「俺これにするー!」


 キリヤ君の心をくすぐったスープ屋さんのキッチンカーには、同じように心くすぐられた方がたくさんいたようだ。行列ができていた。


「ほなキリヤ君これ並んでな」

「志乃ちゃんどこ行くの?」

「私はあっちで甘酒を買って来るわ。飲み物、欲しいやろ?」

「一緒に並ぼうよ。迷子になるよ」

「子どもやないんやから。お互い買ったらあっちのテーブル並んでたところ集合な」

「でも……」


 何か言いかけたキリヤ君を置いて、私は甘酒屋さんへ足を運んだ。


 大人が二人いるのだから、別の場所へ買いに行った方が合理的だ。亀岡産甘酒のブースに並んでいると、遠くに見た影があった。私は彼らを呼び止めた。


「りっくん、なっちゃん!」

「あー!」

「志乃ちゃんだー!」


 りっくんとなっちゃんは列に並ぶ私のところへ突撃してきて、二人で腰に抱きついた。美月さんに相談して、今夜はなっちゃんを預かってもらったのだ。


 二人の後ろから美月さんがやってきた。


「りっくん、想太さんは一緒ちゃうん?」

「想太は誘ったけど来なかった。いつもの『私の食べるところなんて教育に悪いですから』だよ」

「あはは!言ってた!似てる~!」


 想太さんの低い声と丁寧な口調をモノマネするりっくんに、なっちゃんがケラケラ笑う。想太さんが誰とも一緒にご飯を食べないのはいつものことだ。


「こら、りっくん。想太さんの真似しないの」


 美月さんはりっくんを諫めつつ、きょろきょろ私の周りを見回した。


「志乃ちゃん、今日はキリヤ君とおでかけでしょ?一人?」

「デート中に彼女を一人にするなんて、キリヤ兄ちゃん全然ダメ」


 はぁと大げさにため息をついて、両手の平で夜空を持ち上げるりっくんに苦笑する。


「彼女ちゃうから。今、別行動してるだけや」

「もう志乃ちゃんたら、りっくんじゃないけどデートなんだから一緒にいるものよ?」


 私がきょとんと目を丸くしてしまった。美月さんが私の頭をふわっと撫でた。


「仲良くね」


 美月さんは邪魔しちゃいけないからと、子どもたちを連れてすぐにどこかへ行った。


 そういえばさっきキリヤ君が何か言いかけていたなと思い返す。不満だったのだろうか。


 デートの心得はわかっていなかった。そういえば、臣くんは何をするにも一緒にいてくれたような気がする。彼女には、なりそこなったが。考えているうちに列は進み、私の番になった。


「ご注文は何にしますか?」

「……生姜甘酒のホットココア二つ」


 私一人ならシンプルな甘酒を注文する。でもキリヤ君は甘いものが大好きだから、さっき損ねたご機嫌はこの甘い飲み物で直してもらおう。


 すぐ冷めないようにと紙のホットカップに入れてもらって、私は人ごみの中でキリヤ君を探し始めた。


 集合場所にしたテーブルエリアでは人がごった返していて、もう空席もなさそうだった。ぐるんと見回すと、テーブルエリアの端で頭一つ飛び出て立っているキリヤ君が目に入った。


 キリヤ君は背が高くて、あの狐面なのでよく目立った。私は両手にカップを持ったままキリヤ君の背後に立つ。


「キリヤ君、みーつけた」


 かくれんぼではないが、見つけたことに気分が上がって声をかけると勢いよくキリヤ君が振り向いた。


「あ、志乃ちゃん……びっくり、した」


 キリヤ君が予想以上に焦った声を出したので、私はまたやらかしたことに気がついた。


 キリヤ君は手を握って、本当の名前を呼んで「見つけた」と言ってもらうと呪いが解けるのだ。


 うっかり見つけたなんて言ってしまった。私は肩を落とす。


「ごめん、キリヤ君。私、無神経なことばっかりしてるな……」

「え、あ、さっきのこと?一緒に並びたかったって俺のわがままなだけで、今のだって怒ってないよ。見つけてもらうのは、嬉しいから」


 キリヤ君は何もなかったようにくすくす笑って許してくれる。私が何を反省しているのかも全部お見通しだ。


 つくづくキリヤ君の察し力とフォロー力の高さに救われてしまう。今日はキリヤ君のストレス解消の名目だったはずなのに、もてなされてどうする。


 娯楽も人間関係も何もかも排除した暮らしをしてきた私は、人生経験が足りない。


 キリヤ君だってその狐面のせいで友だちがいない暮らしをしてきた。なのに、彼はすごく人に気を使える。この差は人間力の差だろうか。


「あそこ空いたから座ろうよ志乃ちゃん」


 キリヤ君がさっと席に座って、私に隣をすすめてくれる。エスコートもできるのか。私はパイプ椅子に腰を下ろしてため息をついた。


「キリヤ君が何でもできて腹立つわ」

「褒められてるってことで」


 私の嫌味もふんわり返して真意をくみ取る。私だけ子どもみたいだ。

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