謎の神社と

 こんな、夢を見た。


 ゆったりした時間が漂う黄色い空の昼下がり、突然外が騒がしくなり玄関のドアを開けると多くの人が逃げ惑っていた。

 男の声がした。

「津波が来るぞ!」

 家にいた母と兄と私は、人波に揉まれながらいつ来るやもわからぬ津波から逃げた。

 次の瞬間、私達はどこかの家の和室に寝転んでいた。


 重い体を起こすと、真っ暗な部屋には私達と一人の老婆、江戸川乱歩がいた。

 外を見ると、閑散とした都会の街には猫一匹おらず、すっかり夜になっていた。

 何故ここにいるのか、ここはどこなのかと思い頭で考えるが、夢の中ではうまく思考できず、頭が疲れたので途中で考えるのをやめた。私が考え事をしている間に、私と江戸川乱歩を除いた三人は、まるで以前からの知り合いのように楽しく談笑していた。

 老婆は突然家に入り込んだ私達を咎めもせず、湯気の立つ緑茶を飲みながら優しい笑顔をしている。会話に興味のない江戸川乱歩は、黙って天井を見つめている。

 私は老婆と江戸川乱歩に尋ねた。

「津波はどうなりましたか?」

 老婆は首を傾げて知らないと言った。江戸川乱歩だけで無く、共に逃げた母と兄でさえ知らなかった。ますますわけのわからなくなった私は、少し崩した座り方でぼうっと三人の会話を聞いていた。正確に言えば、聞こえているものの脳が理解することができず、ただ音を感知するだけだった。


 すると、突然襖が開き一人の男が入ってきた。顔は黒くて見えなかったが、背が高く帽子からは癖毛がはみ出し、書生服の上に外套を着ていた。名は「宮沢久作」と言った。宮沢賢治と夢野久作を混ぜたような名前だと思った。

 男は息をするように会話へ混ざり、楽しげに話し出す。

 静かにお茶を飲んでいた老婆は、思い出したかのように両手を打ってこう言った。

「アルバムを探さないと、手伝ってくれる?」

 面倒臭がった乱歩以外はアルバムを探し出した。正直なところ私も面倒臭かったが、母にせっつかれ渋々探すこととした。屋敷の中を探してもアルバムは見つからず、私が諦めていると母が「神社の方の蔵に行くよ」と言った。

 なぜ母がこの屋敷の表に神社があることを知っているのか疑問に思いつつも、私は屋敷の裏庭から一足だけあったサンダルを履いて神社の方へと向かう。

 後からきた人はぬかるんだ土の上を靴下で歩いており、少々申し訳ない気持ちを抱えたまま、右回りにぐるりと表に回る。

 電灯のない神社の中は屋敷よりも暗い。荒れた神社を見ていると、なんとなくだがここに神はいないだろうと感じた。


 賽銭箱の前にある階段には、黄色い立ち入り禁止のテープが貼ってあった。参拝場は上からライトで照らされており、賽銭箱へ視線を移すと乱歩が座っていた。

「何故、そこに居るんですか?」と私が聞くと、「なんとなく」と乱歩は言った。彼の行動はつくづく理解ができない。

 賽銭箱の上から乱歩が飛び降りようとした瞬間、古い賽銭箱は崩れ去り、彼は逆さまに滑り落ちた。安否を確認しようと声をかけると、少し驚いた顔で目を見開きながら、仰向けの状態で平気だと答える。

「僕はいいからアルバムを探してきなよ」と、寝そべったまま乱歩が言い、私は少し心配だったが皆と蔵の中を探しに行った。探している途中で、私はどうしても乱歩が気になり、皆に黙って彼の様子を見に行くと、鳥居の方から一人の男性が登ってくるのが見えた。私は咄嗟に、賽銭箱に続く階段のボロい手すりの影に隠れて様子を伺う。


 その人物は、エドガー・アラン・ポオだった。まだ仰向け状態である彼の頭上にポオが立つと、乱歩は「やぁ」と軽い調子で挨拶をする。

 ポオは乱歩を見下し、どうしてそうなっている?と問いかける。手短に説明すると、ポオは軽く相槌を打つ。

 暗い面持ちのポオは、酷く冷たい目で足元に寝転がる乱歩を見つめる。しかし、乱歩はその目に怖気付くこともなく微笑みかけた。

 しばらくの間お互いに無言で見つめあった後、乱歩がポツリと言った。


「殺したければ、殺せばいいだろう」

 笑いながらも冷たい目をポオに向ける乱歩。ポオはゆっくりと膝まづき、彼の男性らしい首を両手で握り、じわじわと、確実に、少しずつ力を込める。水が浸透する布のように息苦しさが脳を支配し、乱歩は顔を顰め食いしばった声を小さく漏らす。

 私はその状況を黙って見ていた。明らかに異様なその情景に、私は魅了させられるようにじっと見つめ、体が動かなかった。同時に、私の喉も締め付けられていくような感覚がした。

 しかし、乱歩の嗚咽を聞くと意識が戻り、「何をする!」と声を上げ飛び出る。私の存在に気づいていなかったポオは驚き、咄嗟に彼の首から手を離し立ち上がる。

 蔵にいた母達が何事かと集まりだし、先程までの威勢がどこかへ行ってしまったポオは、おどおどした様子で慌てて弁解を始める。


 その瞬間、消えていたはずの電灯が神社の中を一瞬で照らした。先ほどまではボロボロに廃れていた神社は、朱色の鮮やかな壁や手すり、金の装飾がされた美しい姿へと変わっていた。魔法にかけられたように本来の姿を取り戻した神社は、宵の中に神の存在を強く主張していた。

 今は夏のはずだが、空からは雪がちらちらと降り始め、少し肌寒くなった空気へ息を吐くと白くなって宙を舞う。

 朱色の鳥居の下から、コートを着た人々がぞろぞろと現れ、まるで大晦日のようだった。

 老婆は巫女服を着て、髪を結い、凛とした顔立ちで私の隣に立っていた。

 意味がわからず困惑していると、世界はじわじわと真っ白になり      夢が覚めた。

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水無月ハル @HaruMinaduki

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