第7話 再び開かれる本

拓斗は店に戻った。厨房の空気は落ち着きを取り戻し、スタッフたちはいつも通り仕事に取りかかっていた。篠原も普段の穏やかな表情を取り戻し、拓斗に「昨日のことは全然覚えていない」と笑いながら言った。


「みんな無事でよかった……」

拓斗は胸をなでおろし、冷静さを装って仕事を始めた。しかし、心の奥底にはまだ不安が渦巻いていた。呪いは本当に終わったのか?それとも、ただ一時的に収まっただけなのか?


その夜、仕事を終えて家に帰った拓斗は、机の上に置かれたレシピ本を見つめた。呪いの始まりであり、怒りの連鎖を引き起こした元凶の本――だが、あの経験を経て、この本に対する感情は少しだけ変わっていた。


「この本が全部悪いわけじゃない。俺が向き合い方を間違えただけだ……」


拓斗は意を決し、再び本を開いた。最初の数ページは以前と変わらない内容だったが、新しいレシピが現れていた。


「黄金の静寂リゾット――怒りの彼方に見える希望」


「リゾット……?」

タイトルには不気味さはないが、なぜこのタイミングで現れたのか。これが呪いの終わりを示しているのか、それとも新たな試練の始まりなのか――拓斗には判断がつかなかった。


「試すしかないか……」


翌朝、拓斗はレシピに従い、リゾットを作り始めた。普通の材料ばかりだったが、途中で記された一文に目が止まる。


「最後に、心を込めて静寂を注げ。」


「静寂を注げ……?何だよそれ。」

拓斗は意味が分からず苦笑いした。しかし、言葉の通り心を落ち着け、慎重に最後の仕上げを行った。


完成したリゾットは、これまでの料理とは全く異なっていた。黄金色に輝き、香りは穏やかで心を落ち着けるものだった。


「こんなに美しい料理、初めてだ……」


その日、リストランテ・カルマの特別メニューとして「黄金の静寂リゾット」が提供された。最初に注文したのは篠原だった。


「お前が作ったのか?また怒りが湧いたりしないだろうな?」

「多分、大丈夫です。」拓斗は苦笑いしながら皿を渡した。


篠原が一口食べた瞬間、その顔に驚きと感動が広がった。

「これは……不思議だ……心がすっと軽くなるような味だな。」


他のスタッフや客たちも次々とリゾットを注文し、そのたびに同じような反応が返ってきた。誰もが心を落ち着け、満たされた表情を浮かべる。


その夜、店を閉めた後、藤堂が拓斗に声をかけた。

「お前、本当に腕を上げたな。あのリゾット、一体どうやって作ったんだ?」

「特別なことはしていません。ただ……心を込めたというか。」


拓斗の答えに藤堂はうなずき、こう続けた。

「料理ってのは、作る人の感情が伝わるものだ。お前はそれを覚えたんだろうな。」


その言葉に、拓斗は初めて心から安堵を感じた。呪いを恐れるのではなく、自分の心と向き合いながら料理を作る。それこそが、この本の本当の教えだったのかもしれない。


次回予告

新しいレシピが現れる中、レシピ本の正体とその起源が明らかに。料理に込められた「怒り」と「癒し」の狭間で、拓斗は新たな道を切り開く――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る