暴虐邪道天使ルシフェラちゃんが往く

@JULIA_JULIA

第1話 地上と天上

 今日も地上では争いが起きている。至るところで起きている。小さなモノから大きなモノまで様々だ。そんな地上とは異なり、天上はなんとも穏やかである。


「ふぅ・・・。このカモミールティー、美味しいわね」


「ありがとう。このシナモンクッキーも美味しいわよ」


 燦々と陽射ひざしが降り注ぐ広大な天上の一角。それなりに広い庭園の中にあるきらびやかな西洋風の東屋あずまや───いわゆるガゼポにて、茶で喉を潤しつつ、菓子を口にして、優雅な一時ひとときを過ごしているのは、二人の天使───ラファエラとウリエラである。


 二人は共に、見目麗しい美貌と淑女の如き佇まいを誇っている。誇ってはいるが、しかしおごってはいない。それはそうだ。天使はみな、美しいのだから。そういう風に造られたのだから。


 ラファエラとウリエラの仲は睦まじく、毎日のように、こうしてささやかな茶会を開いている。仲良く隣同士に座り、キャッキャ、ウフフッ、と意味深なやり取りを繰り広げている。互いを褒め合い、軽いボディタッチを交わし合い、そして見つめ合う。そうするうちに、二人の周りには甘美にして淫靡な雰囲気がかもされる。そんな意味深なやり取りを飽きることもなく、ほぼほぼ毎日、繰り広げているのだ。


 そして今日も今日とて、そんな甘いやり取りをラファエラとウリエラがしていると、遠くの方から別の天使が駆けてくる。天使だから翼があるのに、どういうワケか駆けてくる。


「ちょっと、二人とも! なにを呑気にお茶なんて飲んでるの! 相変わらず地上は大変なことになってるのに!」


 現れたのは、ルシフェラだ。彼女もまた、見目麗しい容姿を有している。しかしながらラファエラとウリエラのような淑女の如き佇まいは、持ち合わせていない。ルシフェラが持っているのは、いわゆる活発さであろうか。そんな彼女は、慈悲深くもある。日々、地上の人々のことを思いやり、苦心しているのだ。そういう彼女からすれば、毎日のように茶会を楽しんでいるラファエラとウリエラの姿は、とても信じられないモノである。


「そうは言っても、ルシフェラ。地上のことには、ワタシたちは干渉してはいけないのよ?」


 ラファエラが言った。シナモンクッキーを噛りつつ、言った。


「そうそう。あるじさまの言い付けで、そうなっているじゃないの」


 ウリエラが言った。カモミールティーをすすったあと、言った。


 二人の言うとおりである。天使は無闇に地上に降りてはいけないし、気軽に人間たちと関わってはいけない。よって、如何に地上が荒れていようとも、すさんでいようとも、彼女たちが介入するワケにはいかないのだ。それは、天使たちのあるじであるヤヴァイネによって、固く禁じられているのだ。


 ちなみに天使は、みなが女性である。いや、美しい女性たちである。そしてあるじであるヤヴァイネには、性別の区別などというモノはない。更にいえば、その他の天上の生物たちもまた、その全てがメスである。鳥や虫、草花に至るまで、その全てがメスであったり、メスの機能しか有していなかったりする。よって天上には、男性やオスの類いは一つとして存在しないのである。あしからず。


「そうだけど! でも、でも・・・。なんとかしないと、人間たちが可哀想だよ!」


 ラファエラとウリエラから正論でぶっ叩かれ、思わず心情を吐露したルシフェラ。そんな彼女の姿を見て、ラファエラとウリエラは優雅な笑みを浮かべる。


「可哀想? なにが可哀想なの? 人間たちは、あるじさまのために存在しているのよ?」


「そうよ。人間が生きようとも死のうとも、栄えようとも滅ぼうとも、それはあるじさまのご意向でしょ?」


 天上では、あるじであるヤヴァイネが絶対的な存在として君臨している。その意思に天使たちは従わなければいけない。そして地上というのはヤヴァイネにとっての実験場であり、天使たちが勝手に手出しをして良い場所ではないのだ。


「バカッ! ラファエラとウリエラの、バカッ! アンタたちなんて、お茶の飲みすぎで夜間頻尿になればイイのよ! 夜中に目が覚めればイイのよ!」


 目に涙を浮かべながら、悪口らしきモノを口にしたルシフェラ。しかし彼女は悪口を言うことに慣れていないため、上手くいかなかった。よって、ラファエラとウリエラはノーダメージである。そんな二人はルシフェラを嘲笑あざわらうかのように、茶会の続きを楽しむ。一方のルシフェラはというと、苦虫を噛み潰したような顔でその場から立ち去っていった。翼があるのに、またしても飛ぶことはなく、駆けていった。






 やがて落ち着いたルシフェラは、あるじであるヤヴァイネの館へと赴き、取り分け豪華な両開きの扉を持つ部屋の前へと来ていた。


 コンッ! コンッ! コンッ!


 ルシフェラが三度のノックをすると、部屋の中から声がする。


「誰だ?」


「ルシフェラです。少し、お話があるのですが」


「入れ」


 ヤヴァイネの許可のあと、扉が独りでに開く。そうしてルシフェラは部屋の中へと歩を進めた。そんな彼女の目には、程なくして輝かしい光が飛び込んでくる。その光こそが、ヤヴァイネの姿である。


 ヤヴァイネは唯一無二の存在であり、絶対的な存在である。そして、なによりも尊く、美しい。そのため、その姿は他の者たちには光のようにしか見えない。あまりの神々こうごうしさに、煌々こうこうと輝いて見えるのだ。ヤヴァイネの真の姿を目にすることが出来るのは、ヤヴァイネ自身のみである。


 ヤヴァイネの輝く姿を一瞥したルシフェラは部屋の中を進み、床に両膝をつき、こうべを垂れた。


「話とは、なんだ?」


「・・・地上の者たちを、助けたいのですが」


 恐る恐るといった感じで伺いを立てたルシフェラ。あるじであるヤヴァイネに上申をすることは、かなりの覚悟を要するのだ。


「助ける? 助けなければならぬことなど、起きてはいないぞ?」


「病や争いにより、多くの人間が苦しみ、死んでいます。そんな状況を見過ごす───」


「それは、予測の範囲内である。別に助けるようなことではない」


「しかし───」


「くどい。真に救済が必要なときは、ワレの方から告げる。この話は、もう終わりだ」


「・・・・・・・」


 ルシフェラはそれ以上の言葉を発することが出来ず、ヤヴァイネの館をあとにした。その後、ルシフェラが肩を落としてトボトボと森の中を歩いていると、一人の天使が現れた。天使たちのまとめ役───ミカエラである。


 ルシフェラが活発さと慈悲深さを、ラファエラとウリエラが淑女の如き佇まいを有しているならば、ミカエラの特徴は勇壮さといえるだろう。見目麗しく勇壮な天使。それが、ミカエラである。


「ん? どうしたんだ、ルシフェラ? なんだか元気がなさそうだが」


「・・・別に、なんでもないよ」


 ミカエラは天使たちのまとめ役であり、頼れる存在である。しかし彼女とて、天使の一員である。よってあるじであるヤヴァイネの意向を覆すことなど、できる筈がない。だからルシフェラは、事の次第を伝えようとはしなかった。






 およそ一週間後、ルシフェラは悩んでいた。いや、この一週間、悩み続けていた。あるじであるヤヴァイネに釘を刺されたものの、やはり地上のことが気になっているのだ。人間たちのことが気になっているのだ。そうして今も自宅にて、イスに座って悩んでいる。テーブルに両肘を突き、文字どおり頭を抱えている。


「どうしたら・・・、どうしたら、人間を助けられるの・・・」


「オマエが地上に降りて、人間たちを救ってやればイイ」

 

 ふと漏れたルシフェラの独り言に、答えた声。その声は少し低く、更には幾分、太かった。なんだか威厳を感じさせる声。そんな声につられ、ルシフェラは伏せていた顔を上げる。すると目の前に、一匹の蛇がいた。真っ黒の体に黄金の瞳を持つ蛇が、いつの間にやらテーブルの上に現れていたのだ。


 天上において、言葉を発するのは基本的にはヤヴァイネと天使のみである。しかし他にも、会話ができるモノはたまにいる。だから言葉を発する蛇を目の当たりしても、ルシフェラは別段驚かない。しかし蛇の言ったことには少し驚く。


「地上に? だけど、それはあるじさまに禁じられて───」


「ヤヴァイネが従えているのは、この天上にいる天使だけだろう。だったら天上を去ればイイ。そうすればヤヴァイネは、オマエのあるじではなくなる。そうなれば、オマエはヤヴァイネのめいに従う必要などなくなるじゃあないか」


「そんな・・・、そんなこと、許される筈が・・・」


「だったら、どうするんだ? ここでそうして嘆いていても、一人の人間を救うことすら出来ないぞ?」


 言ったあと、真っ黒な蛇は真っ赤な舌を突き出して、チロチロと細かく動かした。まるで、ルシフェラの意思を刺激するかのように。


「・・・分かったわ。ワタシ、地上に降りる!」


 こうしてルシフェラは、地上に降り立つことを決意したのだった。



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