暴虐邪道天使ルシフェラちゃんが往く

@JULIA_JULIA

第1話 地上と天上

 今日も地上では争いが起きている。至るところで起きている。小さなモノから大きなモノまで様々だ。そんな地上とは異なり、天上はなんとも穏やかである。


「ふぅ・・・。このカモミールティー、美味しいわね」


「ありがとう。このシナモンクッキーも美味しいわよ」


 茶で喉を潤しつつ、菓子を口にして、優雅な一時ひとときを過ごしているのは、二人の天使────ラファエラとウリエラである。彼女たちは仲睦まじく、毎日のように、こうしてささやかな茶会を開いている。仲良く隣同士に座り、キャッキャ、ウフフッ、と意味深なやり取りを繰り広げている。互いを褒め合い、軽いボディタッチを交わし合い、そして見つめ合う。そんな意味深なやり取りを、ほぼほぼ毎日、繰り広げているのだ。


 今日も今日とて、そんな甘いやり取りをラファエラとウリエラがしていると、遠くの方から別の天使が駆けてくる。天使だから翼があるのに、どういうワケか駆けてくる。


「ちょっと、二人とも! なにを呑気にお茶なんて飲んでるの! 相変わらず地上は、大変なことになってるのに!」


 現れたのは、ルシフェラだ。彼女は日々、地上の人々のことを思いやり、苦心している。そんな彼女からすれば、毎日のように茶会を楽しんでいるラファエラとウリエラの姿は、とても信じられないモノである。


「そうは言っても、ルシフェラ。地上のことには、ワタシたちは干渉してはいけないのよ?」


 ラファエラが言った。シナモンクッキーを噛りつつ、言った。


「そうそう。あるじさまの言い付けで、そうなっているじゃないの」


 ウリエラが言った。カモミールティーをすすったあと、言った。


 二人の言うとおりである。天使たちは無闇に地上に降りてはいけないし、気軽に人間たちと関わってはいけない。よって、如何に地上が荒れていようとも、すさんでいようとも、彼女たちが介入するワケにはいかないのだ。それは、天使たちのあるじであるヤヴァイネによって、固く禁じられているのだ。


 ちなみに天使たちは皆、女性である。そしてあるじであるヤヴァイネには、性別の区別などというモノはない。だから天上には、男性は一人としていない。あしからず。


「そうだけど! でも、でも・・・。なんとかしないと、人間たちが可哀想だよ!」


 ラファエラとウリエラから正論でぶっ叩かれ、思わず心情を吐露したルシフェラ。そんな彼女のことをラファエラとウリエラは笑う。


「可哀想? なにが可哀想なの? 人間たちは、あるじさまのために存在しているのよ?」


「そうよ。人間が生きようとも死のうとも、栄えようとも滅ぼうとも、それはあるじさまのご意向でしょ?」


 天上では、あるじであるヤヴァイネが絶対的な存在として君臨している。その意思に天使たちは従わなければいけない。そして地上というのはヤヴァイネにとっての実験場であり、天使たちが勝手に手出しをして良い場所ではないのだ。


「バカッ! ラファエラとウリエラの、バカッ! アンタたちなんて、お茶の飲みすぎで夜間頻尿になればイイのよ! 夜中に目が覚めればイイのよ!」


 目に涙を浮かべながら、悪口らしきモノを口にしたルシフェラ。しかし彼女は悪口を言うことに慣れていないため、上手くいかなかった。よって、ラファエラとウリエラはノーダメージである。そんな二人はルシフェラを嘲笑あざわらうかのように、茶会の続きを楽しむ。一方のルシフェラはというと、苦虫を噛み潰したような顔でその場から立ち去っていった。翼があるのに、またしても飛ぶことはなく、駆けていった。






 やがて落ち着いたルシフェラは、あるじであるヤヴァイネの部屋の前へと来ていた。


 コンッ! コンッ! コンッ!


 ルシフェラが三度のノックをすると、部屋の中から声がする。


「誰だ?」


「ルシフェラです。少し、お話があるのですが」


「入れ」


 ヤヴァイネの許可のあと、扉がひとりでに開く。そうしてルシフェラは部屋の中へと歩を進めた。そんな彼女の目には、程なくして輝かしい光が飛び込んでくる。その光こそが、ヤヴァイネの姿である。


 ヤヴァイネは唯一無二の存在であり、絶対的な存在である。そして、なによりも尊く、美しい。そのため、その姿は他の者たちには光のようにしか見えない。あまりの神々こうごうしさに、煌々こうこうと輝いて見えるのだ。ヤヴァイネの真の姿を目にすることが出来るのは、ヤヴァイネ自身のみである。


 ヤヴァイネの輝く姿を一瞥したルシフェラは部屋の中を進み、膝をつき、こうべを垂れた。


「話とは、なんだ?」


「・・・地上の者たちを、助けたいのですが」


 恐る恐るといった感じで伺いを立てたルシフェラ。あるじであるヤヴァイネに上申をすることは、かなりの覚悟を要するのだ。


「助ける? 助けなければならぬことなど、起きてはいないぞ?」


「病や争いにより、多くの人間が苦しみ、死んでいます。そんな状況を見過ごす───」


「それは、予測の範囲内である。別に助けるようなことではない」


「しかし───」


「くどい。真に救済が必要なときは、ワレの方から告げる。この話は、もう終わりだ」


「・・・・・・・」


 ルシフェラはそれ以上の言葉を発することが出来ず、ヤヴァイネの部屋をあとにした。その後、肩を落としてトボトボと歩いていると、一人の天使が現れた。天使たちのまとめ役───ミカエラである。


「ん? どうしたんだ、ルシフェラ? なんだか元気がなさそうだが」


「・・・別に、なんでもないよ」


 ミカエラは天使たちのまとめ役であり、頼れる存在である。しかし彼女とて、天使の一員である。よってあるじであるヤヴァイネの意向を覆すことなど、出来る筈がない。だからルシフェラは、事の次第を伝えようとはしなかった。






 およそ一週間後、ルシフェラは悩んでいた。いや、この一週間、悩み続けていた。あるじであるヤヴァイネに釘を刺されたものの、やはり地上のことが気になっていたのだ。人間たちのことが気になっていたのだ。


「どうすれば・・・、どうすれば、人間を助けられるのだろう」


「オマエが地上に降りて、人間たちを救ってやればイイ」


 ふと漏れたルシフェラの独り言に、答えるモノがいた。それは蛇だった。真っ黒の体に黄金の瞳を持つ、一匹の蛇だった。


「地上に? けれども、それはあるじさまに禁じられて───」


「ヤヴァイネが従えているのは、この天上にいる天使だけだろう。だったら天上を去ればイイ。そうすればヤヴァイネは、オマエのあるじではなくなる。そうなれば、オマエはヤヴァイネのめいに従う必要などなくなるじゃあないか」


「そんな・・・、そんなこと、許される筈が・・・」


「だったら、どうするんだ? ここでそうして嘆いていても、一人の人間を救うことすら出来ないぞ?」


 言ったあと、真っ黒な蛇は真っ赤な舌を突き出して、チロチロと細かく動かした。まるで、ルシフェラの意思を刺激するかのように。


「・・・分かったわ。ワタシ、地上に降りる!」


 そうして、ルシフェラは天上を去ることを決意した。



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