第5話 月光

「ということでまた下僕になってくれることになった雑魚ウサギよ。よろしく」

「カメリアちゃんはそれでいいのかい?」

「逃げればあいつの大好きな花川さんが酷い目に遭うし、死ぬ気でやるんじゃない」

 カメリアは僕のことを射抜くように睨む。




「もう逃げません」

「君はカメリアちゃんに相当な苦労をさせているんだ。はぐれ怪物になった君を守るためにどれだけ彼女が……」

「赤熊。あんたはあの人の下僕でしょ。それ以上しやしゃってこないで」


「いや。ここは一ファンとして」

「喋るな。ちくるぞ」

「そっ、それだけは勘弁してくれカメリアちゃん」

 と赤熊君はカメリアの足元にすがりついた。



「さぁ。無様な告白タイムよ。雑魚ウサギ」


 僕はカメリアと赤入君に全て話した。



「なるほど。突然体の動きが悪くなって太刀打ちできなくなったと」

「おそらくスキルだな」

 と赤熊君は言う。

 それにカメリアも頷く。


「スキルってあのゲームとかで言うやつ? それが僕らにも使えるってこと?」

「怪物は超教師に拾われた後、いくつかの教育課程を経ることになる。それの最終課程がスキルの習得よ」



「待ってよ。それじゃあ獅子島側にもカメリアみたいな人がいるかもしれないってこと?」

「いるかもしれないし、勝手に使えるようになってたかもしれない。そんなのわからないわ」

 とカメリアは言う。



「僕もそのスキルってのを取得すればいいってこと?」

「そうしなければ話にならない」

「後一週間でスキルを習得すればいいんだね」





「スキルの習得には連想力が必要になる。連想ゲームの要領でウサギと結びつくことを考えてみなさい」

 カメリアにそう言われた僕はウサギに関することを書き出してみる。

 ウサギ。餅つき。月。木槌。飛び跳ねる。

 このくらいしか思いつかない。


「これで強い能力を思いつく?」

「いや思いつかない」

「それならもっと考えなさい。後能力は一つに絞らなくていい」

「何個でも考えてもいいってこと?」

「そう。最悪獅子島に勝つためだけの能力を考えるっていうのもありよ」

 カメリアの助言に僕は頷いた。



「俺との修行は組み手だ。俺はカメリアちゃんに寵愛されている貴様が嫌いだ。死ぬ方がマシだと思う程しごいてやる」

 と言って赤入君は三メートルを超える熊に変身した。

「赤入君も怪物だったの?」

「ああ。ご主人様はカメリアちゃんとは別の人だけどね」

 カメリアコンプレックスを拗らせている赤入君のご主人様のことは正直気になる。



「どうでもいいんだよ。そんなことは」

「そっ、そうだ。僕は一刻も早く強くならなきゃいけないんだ」

「ああ。絶対に強くしてやる。任せろ」

「ありがとう赤入君」

 僕と赤入君は怪物の姿になってガチで組み手をした。けど僕は一度も勝てなかった。それどころか一撃も当てられずに意識を失うまでボコボコにされた。


 目を覚ました僕が言われたことは一言。

「パワーが足りない。悲しいくらいにな」

「うう……でも僕だって筋トレしてるんだよ」

「動物的なスペックとか……まぁその他諸々だな」

「それって色々な原因が絡んでいるから解決するのが難しいってことでは?」

「自分の力を上げるスキルとかどうだ?」

「ウサギとパワーアップが絡まないんだけど」

「猿だったらほら。月を見て変身とかあるんだが……ウサギが巨大化して大暴れするというのはなぁ……」

「いや。それだ。あいつとの戦いは夜なんだから月っていう外部のエネルギーを借りてパワーアップするっていうのはありかもしれない」

「月から力を借りる? そんなことが可能なのか?」

「わかんない。けどなんとなく行けそうな気がする」

「確かに能力は発動条件を絞ると強くはなるが……月から力を借りるというのは具体的に?」

「それは……」

 そう言われると答えに詰まる。



「とりあえず月の光を浴びてこようと思う」

 そう言って僕は月の光を浴びに小瓶山へと向かう。

 小瓶山の頂上から月の光を浴び続けるが、なにも感じない。

「月から力を借りるなんて……無理な話だよな」

「あんたはそうやってすぐに諦めるわけ?」

 僕が悩んでいると後ろからカメリアがやってくる。



「諦めないよ。僕は絶対に獅子島に勝つんだ。じゃないと花川さんが」

「ふん。花川さんねぇ」

「なんだよ」

「別に」

 とは言うがカメリアは不機嫌そうだ。


「あんたさぁ。花川さんに惚れたきっかけとかあるわけ?」

「だから僕は花川さんが好きってわけじゃないって。ただ……」

「ただ?」

「授業中に答えに詰まった時に助けてくれたり、自分も別れててしんどい時に僕と会話してくれたりとか……それで……」

「それだけの理由で自分の一生を懸けたってこと?」

 とカメリアの目は点になっていた。僕に呆れたのだろう。



「そうだよ。それのなにが悪い」

「愛想のいい奴なら誰にだってするじゃない」

「誰にでもするやさしさでも十分だよ。僕には」

「そう。それじゃ私はあんたに理不尽を強いる暴君ってことね」

 カメリアはそっぽを向きながら言う。



「そうだね。君はとんでもない暴君だよ」

「なによ。そこは否定するのが普通なんじゃないの?」

「でも……感謝してる。君が取り入ってくれなかったら今のように特訓するなんてできなかったから」

 カメリアはなにも答えない。つまらなそうな顔で沈黙を貫き通している。

「あんたも私も……この選択に悔いがないようにしましょう。あんたが獅子島に勝って私に気持ちよく一生を捧げるの。いい?」


「やっぱり一生って重いな。この死ねない体なら猶更」

「もう契約書は作ったから。今度は縛りを超きつくした奴」

 と言ってカメリアが僕に契約書を突き付けてくる。

 一つ目。『人を襲ったら熊などの害獣と認定して殺処分します』

 二つ目。『怪物の能力を使って犯罪した場合、通常より重い刑罰が採用されます』

 三つ目。『超教師に粗相をした場合、調教師の判断で罰を下すことができます。

     またその裁量は超教師側に委ねられます』

 四つ目。『カメリア舞をよく敬い、全てのことをカメリア舞に優先し、

      一生を捧げること』

 五つ目。『主人もまた下僕を敬愛し、ともに支え合っていくこと』


 契約書を読んで驚いた。カメリアが僕に歩み寄ってきているのだ。


「これって」

「橋の上であんたをボコったことは謝るわ」

「えっ? 今日、僕は死ぬの?」

「茶化さないで最後まで聞いて」

 カメリアの目はいつになく真剣だった。


「うっ、うん」

「私。あんたのこと好き」

「えっ? いや、意味が分からないんだけど。好きな人をボコるの?」

「ボコボコにされれば私にムカついて歯向かってくるかなって。実際に効果があったし。それに……」

「それに?」

「スカウトするにしても倒すにしても力量を測らなきゃいけないと思ったから」

「それと僕を殴るのになんの関係が?」

「私は自分の力をインビジブルパワードスーツで強化してるの。最初は最低出力の一パーセント。次は五パーセント。そして拳銃と同等レベルの二十パーセント。それをくらってもあんたは耐えた」

「僕の耐久力をテストしたってこと?」

「それであんたをスカウトしようって思ったわけ。でもあんたには嫌われちゃったわね」

 カメリアは自分のした行いを心底後悔しているようだ。



「もういいけどさ……他の人には止めてよ」

「それは無理ね。敵の能力を調べるのは当たり前だと思っているし」

 とカメリアは冷静に返す。



「僕を好きになった理由は?」

「顔。苦痛で歪ませたら可愛いかなって」

「君。イかれてるよ」

 思わず本音がポロリ。


「くふっ。あんたも大概よ」

 カメリアの返しに僕はなにも言えなくなってしまう。


「獅子島に勝ってここに帰ってきたらご褒美あげるわよ」

「ご褒美?」

「勝つまでの秘密よ。だからあんたは死ぬ気でスキルを開発しなさい」

 カメリアの笑顔がとても可愛い。女神と一瞬見間違えた。



「女神が力を与えるんだ」

 僕は月の力を自分に取り込む方法を思いついたのだった。




 僕のアイディアは成功した。赤入君がスキルを使っていないとはいえ、圧勝するほどの力を手に入れることができたのだった。



「この能力かなり強いな。もう一撃喰らえば俺が負けていた」

「いっ、一瞬使うだけでも体が壊れそうです」

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