第2話 怪物

 凡人は超人に勝てない。だけど超人対怪物は?

 超人は凄いが人の域を出ない。例えば超人と称される格闘家が猛獣と戦って勝つことはあるけれど、急所を思い切り叩いたからとかそういう理由なのだ。

 超人はフィジカルで比較された時、猛獣より強い怪物に勝てない。




 普段は弱い僕だけど、これでカメリア舞に勝てる。

 まず考えることは襲うポイント。そしてポイントに誘い出す方法だ。

 襲うポイントに関しては見当がついている。

 ウサギは夜目が効く。それに加えて人間と比べて人間より身軽。



 このメリットを活かせるポイントは夜中の山中だ。

 けどどうやって誘い出すんだよ……

「あ〜。難し過ぎる。どうすればいいんだよ。弱みを握るとか? そんなことできてたらこんなことを考える必要はないんだよ〜」

 頭を抱えていた時、Rineの通知が鳴った。

「誰だろう」

 友達のいない僕が唯一やり取りしている相手はパートに出ている母さんだけど……通知には母さんの名前は示されていない。



 本当に誰?

 通知をタッチしようとする指が震える。

「いや。ビビっても仕方ない」

 意を決して開く。



「明日の午前一時。地元にある小瓶山で待つ』

 という文章だった。

 誰だろうと思い、プロフィールをタッチする。

 プロフ画像には椿が咲いている写真がある。

 椿……色の方じゃなくて花の方のカメリアか。



 見透かされているような感じがして気持ち悪いと思ったが、相手が最善の選択肢に乗っかってくれているのだから乗らない手はない。




 午前一時。小瓶山。

 辺りはすっかり暗くなっている。鬱蒼とした木々がわずかな月明かりすら遮断している。

 普通の人間には間違いなく、不利なフィールドだ。



 だけど僕は違う。ウサギと人間の特性を備えている僕にはこの暗がりもよく見える。それに普段よりも視野が広い。

 とはいえウサギみたいにほとんど三百六十度見えるというわけではないが。


 



 木々に素早く飛び乗りながらカメリアを探す。しかし彼女の姿は見えない。

 よほど上手く隠れているようだ。

 こんなところでもハイスペックを発揮するなんて嫌味なやつだ。



 カメリアの居場所に目処が立たずに腹を立てていた時、爆破音が聞こえてくる。それとほぼ同時に脇腹に体験したことのない衝撃と痛みが走る。




 まさか……ありえないけど狙撃銃?

「あらら? 悪さをする雑魚ウサギが捕れたみたいね」

「お前……なんでそんなもの持ってるんだ?」

「私はカメリア舞よ。ウサギに変身して記憶力が落ちちゃったかしら」

「僕の質問に答えろよ。なんでそんなもの持ってるんだよ」

「これくらい持ってないと人間は勝てないもの」

「そういうことじゃない。なんで……」

「私は超教師。怪物の捕獲、討伐、あるいは躾けのためにありとあらゆる武器の使用が許可されている。名前くらい聞いたことはあるでしょう?」






「ないよそんなの」

「あんたはレベル1。しかもウサギっていう弱い動物なのにライフルを撃たれても生きているくらいフィジカルが強い。つまりあんたは訓練すればかなりいい下僕になる」 

 なんだこの女。平気で撃ってきたかと思ってきたら下僕にするだと?



「なに? あんたと私にとってウィンウィンな提案だと思うんだけど」

「かっ、勝手に決めつけるなよ」

 僕は脇腹に入った銃弾を肉ごと抉った。それと同時に傷口が人間ではありえないほどの速度で塞がっていく。


「僕が社会的に害悪なのは分かってるよ。人目につかないところでひっそりと静かに死ぬから関わらないでくれよ」

「本気で抵抗して勝ち取ってみたら? 傷は十分回復したでしょ」

「ああ」

 痛みは残っているが、傷口は完全に塞がっている。怪物の回復能力は恐ろしい。



「お前にだけは僕の生き方は決めさせない」

 それを見たカメリアは嗜虐的な喜びを含んだ笑みを浮かべる。

 彼女は腰に付けた拳銃を構えて僕を狙う。

 



 僕の想定の上を行く。カメリア舞は超人じゃなくて化け物だな。

 まともに戦うんじゃなくて逃げ切るのが正解だな。


 一刻も早く小瓶山から出よう。あいつの下僕になるなら死んでやる。

 そう思った矢先、銃弾がまた飛んでくる。


 僕は本能のままにそれを躱す。

 スゴイ。漫画の世界に入った気分だ。喜んだのもつかの間。

 何発だ? 複数の銃弾が僕の体を貫いた。


 流石の怪物モードも現代兵器の集中砲火には耐えられないようだ。



 そうか。死因が銃殺になるとはな……

 しかも日本で……


「雑魚ウサギ捕獲完了」

 最後に聞いたのはカメリアの喜んでいる声だった。




 数時間後。


 僕は目を覚ました。

 どうやら死ねなかったらしい。

 辺りを見回す。


 見知らぬ天井。病院とかで見るようなリクライニング機能付きのベッドとロール付きのカーテン。

 保健室や病院でよく見るような感じのベッドだ。


 どこだよ。ここ。

 外に出ようと思ったが、体は拘束具でガチガチに縛られている。


「なんなんだよ。畜生」

 と僕は独り言をつぶやいた。




「どう? 体調は」

 そう言いながらロールカーテンを開けてきたのは女医のコスプレをしたカメリアだった。



「僕をこんなところに監禁してなにを考えているんだ。僕を殺したいなら殺せよ」


「あんたの生殺与奪は私が握っている。命令されなきゃあんたは死ねないってこと」

「だからなんでお前が!」

「あんたは下僕になったの。この契約を破ったら……あんたの親族にも累が及ぶのよ」

「そんなっ……なんでそういう話になるんだよ」


「超教師から逃げ出したハグレとノラは国で駆除する。そのために超教師が設立されたのよ」

「でも。僕が死んでしまえば問題はないんじゃないのか?」


 と言う僕の言葉を聞いてカメリアは肩を竦めた。

「それなら一回死んでみる?」

「はぁ?」





 僕が先ほどまでいたところはカメリアの家の医務室らしい。

 医務室から出た後、地下部屋に降りた僕は驚愕する。

 その一室にはロープ、ギロチン、磔用の巨大な十字架、作業用のテーブルやベッドなどが揃っていた。



「何をする」

「首を吊ってみなさい」

「いや……え?」

「早くしろ」

 カメリアはどこから取り出したか分からない鞭で僕の尻を叩いた。

 鞭で尻を打たれるのがこんなに苦痛だとは思わなかった。



「百叩きと一首吊り。どっちがいい?」

「なんだよ。その単位は」

 僕は促されるままに首を吊った。




「死亡確定に十五分弱」

 カメリアはスマホのストップウォッチを起動させた。



 十五分後。

 僕は死ねなかった。


「どうする? 追加で三十分?」

「いや。もう勘弁して」

「ふふん。じゃあ諦めて下僕になって」

「はい」

「よろしい」



 こうして僕は怪物すら超える超教師こと超人カメリア舞の下僕になったのだった。

 結局同時に撃たれたのは何だったのだろう。

 怪奇現象?


「その答え教えてあげましょうか?」

「なんのこと?」

「撃たれた時のこと考えてたでしょ」

 なんでわかるんだ?



「部下にも手伝ってもらっていたの」

「ということは最初から1人だけじゃなかったってこと?」

「正解」



 カメリア舞という女は完璧超人の化け物で、悪魔を超えるくらい凶暴な女であった。

「くふっ」

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